一章-10
「――ねぇ、なんでそんなにつまんなそうなの?」
弾ける様に彼はその瞳に僕を映した。けれどそれは僕を決して映してはいない。
わざと彼の興味を引く言葉を出した僕も歪んでいるけれど、彼は本当に素直な人だ。言葉に触発され、ある出会いを思い出したのだろう。彼と彼の出会いはその言葉から始まったのだから。僕は知っている。彼を、かつて彼が友とともにいたことを。その友を探していることを。そしてその友との出会いはこの言葉から始まった。
喜びと祈りと怒りと嘆きが引き起こされた今がある。僕は彼に手を差し出した。
「なぁ、一緒にジェミニをやらないか?」
四年前と同じように。僕は四年前、彼と出会った。僕と彼と、アイツ。三人でギルドを作り、日々を過ごし、けれど二年前突如崩れた。楽園は永遠でなく、僕は停止者となった。重ねる年月の意味を問う日々に懺悔者と出会い、僕はここに戻った。物語が動き出した以上、止まっていられなかったのだ。
「前のデータが壊れたから新しいログで始めたんだ。僕はリスタ、よろしく」
握った手に嘯く。接触で送られるデータが光の粒子となって周囲に広がる。情報の伝達が幻想的なグラフィックとなって表現され、微弱な生命として空を漂って空間の狭間に消えた。一瞬だけの儚い生命が物悲しく感じるなんて僕は変だろうか。ゲームの世界に命を見ることはおかしい?けれど、僕はそれを肯定したい。ここには命がある。NPCでも、人格がなくても、そこに生命がある。だからこそ、人はここに生きている。そして人は死ぬ。仮想現実は、ジェミニは僕にとって真実。ゲームでもそこに真実はあると思う。
「俺は――」
二年がたった。
僕は変わっただろうか。名前が変わった。新しいロールで再構築している。だが、職業は同じだし、僕は僕だ。身体に染みついた行動も技術もその性格も、何も変わらない。
彼は性格も職業も技術も変わった。魔道士だった頃とは違い、剣士。けれど、名前は、――
『紹介したい奴がいるって呼び出しといて、何で遅れてきてるのかな?』
『まあな、いろいろあったんだ』
『その色々が知りたいんだけど……そっちが?』
『え、あ、俺?ヴィオっていいます?』
『ぶっ!』
『……?』
『こいつに敬語かよ!』
『初対面なら普通じゃない』
『なにが“普通”だよ、同い年だぜっ!?それに――』
『『うるさい』』
『ぷっくくくっ被ってる』
『……気が合いそうだね』
『互いに世話が焼ける友人を持ったものだな』
『まったくだよ』
『改めて――自分はフォックス。これからよろしく』
『俺は――』
「――ヴィオだ」
(――知ってるよ)
その名は愛しさを持って、残酷を伴って僕の脳裏に届く。
僕とアイツと、もう一人がいた。あの頃の記憶、初めての思い出。始まりの日。歯車が揃い、動き出した日。あの頃はまだ、何も、誰も知らなかった、物語の最初のページ。序章というには真に迫りすぎていて、本編とするには平和すぎた。
胸を締め付ける思いがそこにある。抱き着きたいほどの嬉しさが身体を廻る。名前を呼びたかった。傍にいたかった。もう、離れたくない。けれど、無理だ。今の僕はリスタ。ヴィオとは初対面。名乗り出る権利も勇気もない。こんなにも近くにいるのに、伝えられない。それはなんて切なく、胸を焦がすか。会いたかった、それだけの想いが胸に広がる。
「やあ、久しぶり」「ただいま、帰ってきたよ」と心の中だけで言葉を返す。だって僕はうそつきだ。本当のことを言ったら壊れてしまう。僕も、君も、現在も。――かつての想いは、未だ捨てられずにいるのにあくまで平然と、燻る熱を抑えた。
「――行くぞ。一人で帰れないんだから、さっさとしろ」
ぶっきらぼうに言って背を向けるヴィオ。その視線が一瞬、僕を通して背後へと向かった。エリアの切れ目、エリアの衝突地点だ。こんなところに用のある者は、めったにない。
(……ああ、ヴィオは、道を探していたのかもしれない)
境目、というのは上手く構成されており、この荒野のエリアでは断崖絶壁。水のあるエリアでは滝つぼ。街のエリアでは工事や封鎖、壁。そんなもので区切っている。けれど、それには“抜け道”というのが用意されている場合がある。エリア内のどこかへ繋ぐ通路や外部エリアへ直接渡れる道。そして、禁猟区域。隠された場所たちだ。無限にあるエリアの中で、五〇分の一にも満たない確立で存在するそれ。イベントエリアは一度イベントが終わると公開されるので、モンスターも出ないそこに“抜け道”はできる、という噂がある。――何も無いはずがない。だからこそ、何もないそこに意味を、抜け道を付け足す。
(……希望的観測だな)
けれど、それに縋るほかに、もはや何も抱けないだろう。絶望でさえ抱かない、虚無。それから抗いたいのならば、続けなければならない。求め続けなければならない。立ち止まれば、闇に飲み込まれるから。
心の中で謝る、押し付けることに。縋るしかできない僕はそれでも――取り戻したい。