四章-11
「僕がこの二年何もせずにいたとでも思うのか?」
僕は、自分を捨てた。晩になりきった。その行動、思考、口調から癖、何から何まで僕は晩をトレースした。それはすべて、この日のためだ。――攻撃を終えて間髪なく放った糸が捉えたロキに語りかける。その手に、武器はない。弾き飛ばした。
「晩。大切な弟、掛け替えのない存在だよ」
語りかける。僕ももう、武器はいらない。手にしたのは、ジェミニ接続端子。それは押し当てればすぐさま僕の意識をジェミニへと飛ばしてくれるだろう。そして、意識を失った体は、晩が使う。それで、いいじゃないか。
「でもね、誰かを犠牲にした上の幸せなんていらないと、ルッツは言ったよ。他人に期待しては意味がない、そうレティスは言った。自分が正しいなんて絶対に言えない、そうマチルダは言った。何かための死は、悲しいだけじゃないとシェリーは言った」
僕は彼らを仲間と思った。同志と呼んでくれた彼らを、僕は失いたくはない。
(だから、もう止めよう。誰かを犠牲にするのも、すべてを運命や世界のせいにするのも)
「晩。僕はこの二年、君のために生きてきた」
示崎杏は二年前に死んでいる。晩は生きている。誰かを犠牲にしたのでもなければ、だれを犠牲にするでもない、ただ真実だけを述べよう。
「おい、何する気だよ……っ!」
驚愕に見開くロキがやけに幼く見えて、笑みが浮かんだ。さぁ、別れの言葉を告げよう。
「晩。君の生を、やりなおそう?」
これで、すべてが終わる。だから僕はリスタ、再びを夢見た僕は再出発と名乗った。
僕は手に持った接続端子を自らの首に押し当て――
「双子の力なめんじゃねぇよッ!」
聞こえた声とともに、手に握っていたはずのそれが、無くなっていた。
「――なんでっ!」
拘束しておいたのに、そんな言葉が出る前に怒声でかき消される。
「お前はだから馬鹿だって言ってんだ!こんなところでそんなことをしたらどうなるかぐらい、わかるだろう!」
「わかってるさ!わかってるからだろう!」
「僕の体は倒れて精神を飛ばす。はれて意識不明の昏睡状態、晩は意識のないこの身体を使って生きて、それで終わりだ!」
体が震えた。怒りで、悲しみで。晩の言葉が悪いんじゃない。ただ、自分がやはり何も成し遂げられないことを自覚させられる。
伸ばしていた髪の毛を切った。服も男性服を着て、物言いを変えた。生活もがらりと変わって、それまでの友人も付き合いもすべて断ち切った。性別を偽って、戸籍を消去して、過去の経歴を偽造して、僕は晩を演じて生きてきた。それだけの二年間。壊れた架火を支えるための晩。いつか戻ってくる晩の居場所として現在を作り上げた。
「そうすれば、ジェミニの必要はなくなる。みんな目が覚めて、架火も糸闇も幸せに――」
パンッと頬を張られて、言葉は続けられなかった。一瞬驚いて、そして晩を睨みあげた。けれど、僕よりももっと激しく冷たい怒りが、晩の眼には宿っていた。
「昔っから、変わらないな。相変わらず、自己犠牲が激しい。でもさ、お前のそれはエゴだよ。傲慢すぎんだよ」
高圧的、傲慢な口調。人を叱るにもいつだって上から目線。そんな晩が僕に傲慢という。僕の行動をエゴという。反論したいのに、晩の怒りが強いから、何も言えなくなる。
「お前がいなくて、どうする?」
嘆きと祈りと怒りと、悲しいくらいの喜びが交じっているのに、それをすべて押さえ込んだ表情だ。――ぎこちない微笑なんて君には似合わない。いつでも勝気で自分に自信があって、それでいて他人の事もちゃんと見てる。寛容で慈愛で偉大で傲慢な晩。
(――何故そんな顔を浮かべるの?)