一章-9
(……はい、死にました)
(……はい、死にました)
(……はい、生き返りました)
危うく三度目の正直も無理になりそうな展開だった。一度目は間違って高レベルエリアに行って、モンスターの大群に即死。二度目は他プレイヤーと組み、後ろから殺された。ロストで現実に意識が戻った時に揺り返しが来て洗面台に急行した。三度目の挑戦は同じ轍は踏まない、とパーティ勧誘を断ってフィールドに立ち、なぜかPKたちと追いかけっこが始まった。無我夢中に走って途中合流したモンスターも追走、僕・PK・モンスターと三列で大地を掛けた。目前の彼がパーティを組んでくれるのが一瞬でも遅ければ僕は死んで吐いて街に立ったところからやり直しだった。
とりあえずはフィールドを散策、マップを埋めて行こうと思う。それからダンジョンの順。戦闘行為が好きなわけでもないけど、レベルも修練度も上げるため経験値が欲しい。
ところで、隣にいる救世主へと声をかける。僕を生き返らしてくれた恩人だ。
「えーと、ありがとうございました。僕はリスタ、友達になってくれませんか?」
戦場で戦いながら言う。敵に襲われながら言う。攻撃を受けながら言う。かなり間抜けだった。
「何で初心者がこんな高位ランクエリアにいる」
(……え?ランクエリアだったっけ)
エリアにはクリアの条件とモンスターの強さを鑑みた難易度設定がされている。ほとんどのエリアで要求されるのはマッピングとボスモンスターの討伐。報酬はモンスターの持ち物。だがランクエリアの報酬はポイントだ。技能ポイントの獲得はゲームの進行を有利にする。ポイントを報酬として得ることのできるランクエリアは通常エリアから隠され、プレイヤーはそれを競って踏破しようとする。ダンジョンはないがフィールドには無数のイベントが設置され、その達成度がポイント獲得数となる。イベントの回避はできるがイベント発生領域に入れば強制的に発動するため、現在の状況は僕がそれをことごとく踏んでしまったからなのだろう。
そしてランクエリアは通常エリアとレベルが同じでもモンスターのパラメータが強い。ランカーと呼ばれるランク歴戦者たちでもないレベル1の僕が、どうして高位ランクフィールドを制覇できるだろう、いや無理だ。また転送ミスか。
以前はそれでも行き当たりばったりでやっていけたのだが、今回は最弱レベル・仲間無しというダブル失点を受けている。無理だろう。この運の悪さも加えれば当然、ゲームオーバー。“やり直しのきく人生”が醍醐味のジェミニだとしても何も始まってないところからこのようでは人生が進められない。いつまで経っても変わらない最弱、レベル1のプレイヤーになってしまう。そんなのはゲームとして些かいただけないものがあるだろう。
「あー……間違えました転送ミスです」
「――バカか?」
……選択ミスだった。
狂っていたのは何も戦闘の勘だけじゃなく、操作も会話もだ。初対面で呆れられることは僕にとっては珍しいことでもないのだが。しかしこの遭遇率、厄介なことに現実世界と変わらず高い。不運体質はゲームの中でも操作が出来ない部類なのか。
今は戦闘中。あっという間に大型モンスター数体と小型モンスターの群に囲まれた。ほとんどあり得ない程度の危機。玄人でさえ圧倒的なレベルの差異がなければ一人で乗り切ることのできない危機。もはやプレイヤーに対しての配慮など無。三体の群をなすモンスターはそれなりにいる。けれど、だからと言ってその戦闘中にフィールド放浪型の大型の敵が来なくてもいいと思う。そして戦闘中に移動していて他の敵地に突っ込むほどの災厄もないと思われる。しかもそれが隣り合って二つある巣窟だった。総勢、二〇は越える。
しかし、その状況をすべて彼に任せきり、僕は攻撃を躱すのみに徹底。彼のレベルが高いとはいえ、自分の実力と適度なレベルのエリアを選んで行動しているだろうし、僕といえば攻撃の一撃でも掠れば死んでしまうだろう。
僕の職業・傀儡士の持つ最強アイテム“代行くん”は初期装備にはない。消耗品なのでお金で買えるものだが、高く設定されているのでプレイ初期にはどうしたって手に入れられない。ゲームの鉄則“苦労は買ってもすること”が発揮されてしまっている。
傀儡士という職業は己の指先技術で糸を操ることこそ本分なので、そこに文句はないが以前のロールでも同じ職業だったので僕はすでに技能を習得している。
だから意味はない。さっさと買ってしまいたい。だが、お金はない。やはり、ゲーム序盤は単体で何とかしていかなければならないのだろう。もしくは親切な誰かにお金を貸してもらうか、プレゼントされるか。
「転送ミスの上、PKに遭って、更にモンスターに追い掛け回されてるのか?」
「ええ、そんなもんです」
まさにその通りだった。彼は頭がいいのにこう、不良な感じの人だ。いや、頭が良くて現実に飽きたのか。それにしても意外としゃべる人だ。同情だろうか、素直なのだろうか。
攻撃を受けるのは痛いから願い下げたいところだ。しかし彼は今だ苦戦中。囲まれて尚、死なない彼は尊敬に値するがジリ貧である。僕も戦闘状態から抜けられないので、彼が死ぬ前に何とかしなければ。そんな事態に陥ってしまえばそれこそ、生き抜く手段がゼロになる。彼には盛大に注目を集めていてもらわなくてはならないのだ。
それに、恩人を戦わせて自分だけ退避というのもどうかと思う次第なのである。
「僕は後衛なんです。よかった、君に会えて」
腕を振う。それに追従するように糸も軌跡を描く。それは腕よりも数倍加速され、増力され、目標に届く。それが敵を嬲った。レベル差がまるで関係ないように一撃に敵を伏す。一歩も動くことなく、ただ手の動作のみで経験値回収という作業をしながら、僕は感謝した。君に会えたことを心の底から嬉しく思う。
「別に、助けようと思ったわけじゃない。気が向いただけだ」
顔を背け、拗ねたように、照れたように、ひねくれた台詞を吐く人物を、僕は知っている。すべての敵を排除した僕は立ち止まり、光の泡が天に昇るのを見送りながら、無邪気を装って、問いかけた。