表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

美奈子ちゃんの憂鬱

美奈子ちゃんの憂鬱 野球と騎士とマサカリと

作者: 綿屋 伊織

桜井美奈子の日記より


 お昼休み、野球部が地区予選一回戦に勝ったことが校内テレビで報じていた。

 あの万年一回戦敗退の野球部が勝てたんだから、相手はよほどのことがあったんだろう。


 でも、私が驚いたのはそこじゃない。


「野球って、何人でやるの?」


 今時、そう聞いてきた人がいたことだ。


 しかも同じクラス。


 ……そう。水瀬君だ。


「あのね?」

 私は信じられないモノを見る目で水瀬君に尋ねた。


「男の子なんだから、やったことあるでしょう?野球くらい」


「ないよ?」


 そのあっさりとした言い方に思わずコケた。

 世間知らずとは思っていたけど、これは重傷だ。


「な、なんで!?」


「だって……」

 水瀬君は申し訳ないという顔で言った。

「僕の回りで騎士は僕だけだもん」


 そうか。

 騎士の身体能力を考えれば、出来る話じゃない。

 悪いこと聞いたな。


 そうだ。

 いい事思いついた。

 私は机で寝ていた羽山君を起こしに席を立った。



 明光の野球部は弱いクセに体育系部活のかなりの予算を分捕るせいで、体育系の部活からは常に睨まれている。

 全国大会3年連続制覇の空手部を筆頭とする格闘技系、オリンピック出場選手を抱える卓球部……他の部活はかなりの実績をあげているのに、何故か野球部だけは弱い。

 他の部活が10年活動できる予算を野球部が1年で消費してのけても、地区予選の一回戦を勝ち抜いたら『夏に雪が降る』と語られる始末。

 他の部活がプレハブで頑張っているのに、プロ野球の公式戦に貸し出されるほどの立派なドーム球場まで与えられている優遇ぶりも他の部活から恨まれる理由の一つだろう。

 

「で、野球部は?」

 放課後、サッカーグラウンドではサッカー部の熱心な練習が繰り広げられているのに、ドーム球場の中は閑散としている。

「一回戦突破したから大丈夫って、今日は休みなんだと」

 羽山君がストレッチしながら何でもないって顔で言うけど……。

 そんなんだから、弱いんじゃないの?


 野球部顧問の先生にお願いして、ドームを借りた私達は野球をすることにした。

 私は観客兼解説。

 アナウンサー希望として当然だ。

 参加?冗談。

 当たり前でしょう?

 参加者は全員騎士。そこで運動音痴の私に何をしろというの?


「そういえば、ルシフェルさんは野球って」

「テレビで見た」

 広いドームを興味深そうに眺めるルシフェルさんはそう答えた。

 つまり、ここにも水瀬君の同類がいたんだ。

「やったこと、ないんだ」

「サッカーとバスケットはある」

「ルシフェ、バスケットは上手いんだよ?」

 野球道具の入ったカートを押しながら水瀬君が言った。

「ラフプレイやらせたら天才だもん」

 水瀬君。それ褒めてない。


 試合は騎士養成コースの生徒有志計20名で行われ、くじ引きでチームが割り当てられた。

 羽山君率いるAチームと、秋篠君率いるBチーム。

 ルシフェルさんと水瀬君は共にAチーム。

 審判は南雲先生と野球のわかる先生達。賞品は試合後のラーメン代と決まった。


 広いドーム球場。観客は私を始め、ヒマな(といっては失礼か)生徒達が見守る中、騎士の野球という前代未聞のイベントが始まった。


 先発はBチーム。

 じゃんけんに立って負けた水瀬君、羽山君にコブラツイストをかけられた。


 公式戦では一流のアナウンサーが解説するマイクを使う。

 それだけで感動モノだ。

 観客は少ないけど、ドームに響く自分の声に感動しつつ、私は試合進行を努めた。

 長年の○○ファンをなめないで欲しい。私はあのチームの選手ならデータすべてを暗唱しているんだ。

 だから、野球解説なんてお手の物だ。


 対するAチームのピッチャーはルシフェルさん。

 羽山君によると、試合前に冗談でやった測定で一番『弾』が速かったんだそうだ。

 弾?

 球じゃなくて?

「見てればわかる」

 羽山君はそういうけど……。


 ちなみにキャッチャーは水瀬君。

 サイズの関係もあって、なんだかプロテクターが歩いてるみたいだけど。

 こっちも羽山君曰く。

「止められるのはあいつだけ」

 ……聞くだけで恐ろしくなる理由による選抜により組まれたバッテリーを前に、一番打者は……。


「ワッハッハァ!」

 独特な笑い声をあげながらバッターボックスに立つのは、草薙君だ。

 しっかりホームラン予告までしてくれた。

「さぁルシフェちゃん!?相手してやるで!」

 浅黒い肌の草薙君、多分、野球部から分捕って来たんだろうウェアで余裕の表情。


 対するルシフェルさんは相変わらずのポーカーフェイス。

 そのルシフェルさんに、セカンドに入った羽山君が声援を送る。

「行け!マサカリ投法を見せてやれ!」

「―――いいの?」

 わざわざ後ろを振り返ったルシフェルさんが確かめる。

「ああ!キャッチャーは水瀬だ!何があっても問題はない!」

「うん」


「納得するなよ……」

 審判の南雲先生の文句は正しいと思う。

「その後ろにいるの、俺なんだぞ?」


 ふりかぶった際に、グラブを高く上げるのがマサカリ投法。ルシフェルさんのフォームは、まさにそれなのだけど……。


「第一級、投げた!」

 私は叫んだ途端に絶句した。


 がんっ!

 ドームにいい音が響きわたる。


「……」

「……」

 スゴイスピード。

 それは認める。

 バッターの草薙君もキャッチャーを見て顔を引きつらせているくらいだもん。

 理由は、スピードだけじゃない。

 問題は、水瀬君のマスク。何かがめり込んでいる。


「……」

「お、おい水瀬?」

 心配そうに水瀬君をのぞき込む草薙君と南雲先生。

 水瀬君のマスクにめりこんだものは、ボールにしてはヘンだ。

 何故かボールに柄がついている。


「―――タイム」

 水瀬君はそういうと、マスクにめり込んだソレをひっぺがし、羽山君に言った。

「僕、ピッチャーやっていい?」


 というわけでピッチャーとキャッチャーが入れ替わった。


「サブマリン投法!」

 叫びつつ水瀬君がキャッチャーに投げつけたのは……

 どこから持ってきたんだろう。


「タイム!」

 霊刃を振り回すルシフェルさんと、追いかけ回される水瀬君を後目に、ソレの下敷きになった草薙君が呻いている。

「これ……何の試合やねん」


「このバカモノ!」

 南雲先生が正座させられたルシフェルさんと水瀬君を前に怒鳴る。

「マサカリ投法といわれて、本当にマサカリを投げつけるな!」

「す……すみません」

 横でやーいやーいとはやし立てていた水瀬君の後頭部めがけてルシフェルさんのマサカリが襲う。

「お前もだ水瀬!」

「ぼ……僕も!?」

「サブマリン投法といって―――どこから魚雷なんて持ってきた!」

 そう。球場に転がっている物体。

 それは間違いなく魚雷そのものだ。

「魚雷じゃないもん」水瀬君は小声でそう言った。

「じゃあなんだ!」

「トマホーク巡航ミサイルだもん」

「魚雷で十分だ!」



 結局、ピッチャーは羽山君。

 水瀬君は「下手に動かすと問題がある」という理由でキャッチャーのまま。ルシフェルさんは二塁手だ。

 


 騎士。

 その運動能力のすさまじさは体育の時間にたくさん見てきたけど、球技となると全く性格が異なることがわかった。

 ボールが見えない!

 スピードガンは大体450キロ位を示している。

 それをみんな投げて打っている。

 動きがわかんないから解説が出来ない!

 私が解説を止めて観客に成り下がったのは、そういう理由からだ。


 試合は結構、混乱した。

 理由は簡単。

 実はみんな、野球をしたことがないのだ。

 特にヒドイのが水瀬君で―――。

「水瀬!行ったぞ!」

打球は簡単なフライ。

「えっと……よいしょ」

 水瀬君はそれをキャッチしたのはいいけど―――。

 なんと水瀬君、ボールをもったままわざわざ一塁まで歩いて来て、

「はいこれ」

「投げればいいんだよ!」


 塁に出たら出たで……。

 2アウト1、2塁のチャンス。

 2塁は水瀬君。

 7回裏。239-240でBチームリードの場面。

 バッターはルシフェルさんだ。

 Bチームピッチャーの草薙君の甘めの球を見逃さず、左中間を抜ける一撃を放ったルシフェルさん。

 秋篠君が打球をとり、一気にセカンドに送球しようとして―――。


「てめぇ、恋人の苦労の一撃をなんだと思っている!」

 羽山君からの罵声を受けた。


「なっ!?こ、これは試合だろうが!」


「大目に見てやるのが愛情だろう!?テメエ、ルシフェルさんを愛してないな!?」


「そんなことあるか!」


「そや!」

 草薙君もおもしろがって参戦。


「ここで止めるなんざ男じゃねぇ!」


「こんなことで男が決められてたまるか!」


 動揺する秋篠君を見た羽山君が叫んだ。

「行け水瀬!まっすぐ行け!」

 ボールはもう秋篠君の手を放れた。

 狙いは三塁。

 そう!ここで水瀬君が帰れば同点だ!

 観客もいやでも盛り上がる。



「う、うんっ!」

 水瀬君はその途端に走り出した。


 言われたとおりにまっすぐ!!


 そう!


 水瀬君は、まっすぐに走った!


 セカンドから―――


 ホームへ……。


「バカやってんじゃねぇ!正気かテメぇ!」

「アウト!アウトだ馬鹿野郎っ!!」

 キャッチャーに文字通り叩きのめされ、南雲先生が叫ぶ中、ベンチからはAチームのほぼ全員が飛び出してきて―――。


 チームメイトに袋だたきにされた水瀬君がスコアボードにつるし上げられた中、結局最後の一人は三振に倒れてしまった……。


「全く、あのアホが!」

「……ねぇ」

 ルシフェルさんが怒りまくる羽山君にそっと聞いたらしい。

「まっすぐ走るのって……ダメなの?」

「……何のために三塁があるんでしょう?」


「存在自体に問題がある」という理由で水瀬君はついに外され、さっきの暴走のバツとしてベンチ入り。

 しょげているかと思ったら、これ幸いにベンチに入ったのは……。


「元気出してください」


「うん」


「お弁当、作ってきましたからね?」

 そういって、ベンチにお弁当を広げだしたのは、言うまでもない。瀬戸さんだ。


「……瀬戸さん、いつ、どこで作ってきたの?」

 私の問いかけに、瀬戸さんは微笑んだ。

「禁則事項です」


 自分達が頑張っているのに、自分達の足を引っ張りまくった張本人がベンチでアイドル手作りのお弁当を、「はい。あーん」で食べている。

 人として許せないのはわかる。

 嫉妬に駆られたバッターボックスに立つほとんどの選手がファウルを装ってなんとかベンチに球を打ち込もうとするのも当然だ。


 そして―――


 「あ。いけね」

 わざとらしい声で大きく空振ったのは草薙君だ。

 すっぽ抜けたといわんばかりにベンチめがけて飛んでいくバッド。

 だが、それは若干コースを外れ、


「えっ!?ち、ちょっと!」

 その弾道を見た私は青くなった。

 それは、ベンチの脇に転がっていた『アレ』の弾頭にめりこみ―――。



 その日の夕方のニュース。

『葉月市内明光ドームで発生した原因不明の爆発は』

 よくみんな無事だったと思う。

 ドームは吹き飛び、当然、試合は無効試合。

 消防や警察が来る大騒ぎになったのは言うまでもない。


 この後、騎士養成コースの教習課程にしっかりと「野球」が加えられたのは、これから半年後の春からのことだけど……いいのかなぁ。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ