男、消失。
「・・・嘘だ」
おかしい。
たった10分前まではいつもと一緒だった。
いや、“こんなこと”になる1分前までは特になんとも思わなかった。
「なんなんだよアンタ」
昼間うるさいこの街が別の雰囲気を持ち始めたころ、いつもの場所に足を運ぶ。
今日は俺が一番遅かったらしい。
今日も仲間とダラダラ喋り、「遊び」をやって。
「いくら?」
「18」
「あんまねーじゃん。カネ持ってそうだったのに」
「いやー、あのオッサンの顔みたか?笑い堪えるの必死だったわ」
「ンなことよりさぁ、どっか遊びにいかね?」
「じゃあ、早速使っちゃいますか!」
「いいねぇ!どこ行く?」
「俺、行きたいとこあるんだわ!」
そう、いつもと同じ“だった”。
「ねえねえ、キミ達」
「なんだよ!?」
振り向くと女がいた。
それもとびきりの女。
すらっと伸びる足に美しすぎるスタイル、綺麗な茶色に染め上げられたポニーテール、見るものを魅了する目。
十人中八人ぐらいは振り返るであろうその美貌に思わず唾を飲み込む。
「マジ綺麗じゃん!」
「ヤベー、なんかヤベー!」
「もしかして逆ナンって奴じゃね~の!?」
その女は近づく仲間を無視して、俺の前に来る。
「キミ達が、最近悪さをしているイケナイ子かな?」
この女、そういう奴か。
まぁ、俺達の「遊び」を快く思ってない奴も多い。
だから、たまにそういう奴らの下っ端が来たりもしたし、俺らと同じ数の相手をしたことだってある。
「なんだよ、またかよ」
「まあまあ、このネエチャンを“説得”してイイコトしてもらうってのも」
「マジで!?ヤベー、ヤベーよ」
「やる気出てきちゃったわ!」
「やる気ってかヤル気でしょ」
「うまくねーよ、ニヤニヤすんなっての!」
俺も、少しにやけてしまった。
けど、油断はしない。
女3人相手にやられかけたこともあるし、一人相手に苦戦もした。
ナメていたら終わる。
それが、この世界だった。
「キミ達で勝てるかな??」
「やってみたらいいんじゃねぇの、よ!」
仲間の内でも3番目に強い奴が女に殴りかかる。
と、その女は避けるでもなく、防ぐでもなく、“逃げた”。
「な!?待ちやがれェ!」
俺達は追う。
だが女は、俺達の誰よりも速かった。
「ハァハァ・・・クソ、行き止まりだ。」
「あの女、どこ行きやがった!?」
「クソが!・・・もういいや、帰ろうぜ?」
「まあ俺らが追う必要も無かったしな。しっかし、どこ行きやがったんだ?」
踵を返す。
「帰ってもらっちゃ困るよ」
あの女の声がしたから振り返るが、居ない。
「いったいどこから・・・!?」
居た。居た。
俺たちが来た道に。
「・・・え?」
「い、いつの間に!?」
訳が分からなかった。
いや、分かりたくなかった。
誰も気づかずに後ろをとられたこと、その現実に。
「嘘だろ・・・」
ふと、音が聞こえた。
音は、少しずつ近づいて来る。
誰かの足音だった。
「あ、遅いッスよアニキ~」
「お前の足が速すぎるんだっての。途中から歩いたし」
「とりあえず行っとかないとあいつら帰るじゃないスか」
足音の正体は女の上司のようなものらしい。
「お前腕っ節強くもなんともねぇのに先に行くなっての」
「変な口調で時間稼いだんスからこっからはアニキの仕事ッス。サクッとやっちゃってください!」
「変な口調ってどんなのよ?」
「それは・・・この容姿に合うような」
「どんなのよ?」
「・・・キミ達が、最近悪さをしているイケナイ子かな?」
「なんかウゼェな。ウゼェわ。ウザイでしか表せないっての」
「ヒドイッス・・・」
「・・・こいつら、俺達をなめてるのか?」
俺達を無視して話している内に、歩いてきた男の姿が見えた。
肩にかかるほどの黒髪、しっかりとした筋肉で包まれた体に180後半はあるだろう長身の男(中々に良い顔立ちをしているのを見ると少々腹が立つ)。
しかし、今まで相手をした奴らのような雰囲気とは違う、優しい雰囲気を持っていて、少々この場には場違いだった。
「ってか、こんなこと言ってる場合じゃなかったっての」
男は、女に顔を向けたまま言った。
「おいオッサン、痛い目に会いてぇってのか?」
「オッサン・・・俺はまだ24だっての」
「ンなことどーでもいいンだよ!あんま調子に乗ってンじゃねぇぞオイィ!」
「調子に乗ってんのはどっちだっての。あぁ一応言っとくけどさ、もしやめるってんなら見逃してあげてもいいっての」
「見逃してやるだと?」
もし男に強い威圧感があったら、もし説得する気があったら、首を縦に振ったのかもしれない。
だが、馬鹿にしたように、見下したように言えば答えは決まっている。
苛立ち。
恐らく俺達全員が感じているもの。
そうなればもちろん・・・
「ふざけンじゃねぇぞオラァ!」
「殺してやんよ!!」
ほら。
仲間が一斉に襲いかかる。
それを見て、女は下がり、男は
「しかたないなぁ。それじゃあ―――――
―――――死んでよ」
“わらった”
「・・・嘘だ」
おかしい。
たった10分前まではいつもと一緒だった。
いや、“こんなこと”になる1分前までは特になんとも思わなかった。
「なんなんだよアンタ」
たった一分。
一人は脳天から血を噴き出し、一人は関節があらぬ方向へ向いている。
たった一分。
頭に血が上っていたとはいえ、油断は、油断だけはしなかった19人。
その19人が、たった一人に殺された。
痛めつけて終わるような優しいものじゃなかった。
わざわざ一人ずつ、殺し方を変えて。
ずっと、笑顔で。
今までこれほど笑顔が怖いと、恐いと思ったことは無かった。
俺は強い。
仲間の中でも段違いに強く、10人を相手にしても負ける気はしなかった。
でも。
”たった一分”
それだけで俺は殺されるだろう。
男は笑う。
笑い続ける。
女も、笑顔だった。
悲鳴すらも聞こえない。
死んだのだから。
ただ男の声だけが聞こえていた。
本当は、今後悔したりするのが普通なのだと思う。
でも、なぜか。
不思議だ。
さっきまで取り乱していたのに、今はなぜかすっきりしていた。
そうだ、どうせ死ぬのなら。
「名前を、聞かせてくれ。」
「「え?」」
「アタシに言ったんスよ、アニキ~」
「いんや、俺だっての」
そのやり取りを見ていると、少し、笑ってしまった。
俺は、少しおかしくなったのかもしれない。
俺の目の前には、無惨に殺された仲間が居る。
なのに、何も感じない。
ついさっきまで、おかしい、異常だと思った光景。
ついさっきまで、逃げ出したいと、絶望した光景。
その場所で、笑っているのだから。
「二人とも、教えてくれないか」
「ユウッスよ、ユウ」
「ジンだっての。いやー、しかし、初めてだねぇ、名前聞かれるってゆーのは」
「ゆー、なんて馬鹿みたいな言い方っスね」
「お前の名前は馬鹿なんだよ」
「ヒドイッス・・・」
犯罪しかやってないけど。
顔良くないけど。
最後ぐらい、カッコいいこと言っても良い、と思う。
―――――俺の分まで、生きてくれ―――――
敵だけど。
「りょーかい!」
そして、男――ジン――の拳が顔面に―――――
「「え???」」
ジンが居なくなった。
ユウが居なくなった。
「え・・・嘘だろ?」
彼は主人公じゃないです!
出るかもしれないですけど。