8.呪いなど誰が解いてやるか 1
メレディス城には約三十の客室がある。
城の規模としては大きくない。一階に食堂や書斎、居間などがあり、二階から四階までが客室となっている。玄関を入ってすぐエントランスとなった吹きぬけは正面に二階へと上がる大階段がある。
二階の端にアマーリエの部屋があり、テラスからは裏庭に下りられるようになっている。反対端にはアルトリートの部屋があり、その隣はヨハンの部屋だ。ヨハンは大抵屋敷のことを取り仕切っているため部屋にいることは少ない。主に台所か、一階にいることが多い。
アルトリートも大抵一階にいる。主に書斎か、居間にいる。いなければこの城にいることはほとんどないとヨハンから聞いた。つまりアルトリートにとって部屋は眠る為にあるものらしい。
二階のその他の部屋はヨハンが定期的に掃除をしているようだった。三階と四階は、実際のところ使ってはいない。アルトリートの魔力によって復旧された為、部屋自体がひどく汚れているとかクモの巣がかかっているような状態ではないが、窓を開けたりしていない為、ひどく空気が淀んでいるように感じてしまう。
あとは地下があるが、実のところアマーリエは地下に降りるのが怖かった。
台所と食堂の間にある通路から地下へと続く階段があることは知っていたが、その扉を開けるとひんやりとした空気が顔を撫でていく。
初めてこの城にピクニックで来た時に感じたあの冒険心は不思議と起こらない。この地下に貯蔵庫と、謎の礼拝堂があるのを見たせいかもしれない。
礼拝堂――。
すごく小さくて、本来の礼拝堂とは言い難い雰囲気を出していた部屋。
地下にあるというだけで不自然さを醸し出している。
ヨハンやアルトリートなら、かつてどんな目的で使っていたか知っているにちがいないのだが、聞いてみたいと思っても返ってくる内容が恐ろしくて聞くに聞けない。
以前、ふざけてヨハンに聞いたことがあった。
「ね、このお城って昔と変わらないんでしょう?」
アルトリートの魔力で再建されているため、昔と寸分違わない造りだと聞いていた。それならばそれなりの歴史のある建物と見てもおかしくないはずで、そういう建物には曰くがついていてあたり前だろう。
「ええ。ご主人さまは昔のままを再現なさってますよ」
アマーリエの寝台のシーツを剥ぎ、ヨハンは洗濯したシーツを広げていた。アマーリエも反対側から手伝いながら、その返事にずっと聞きたくてウズウズしていたことを口にする。
「だったら、やっぱり出たりするの?」
「出る?」
ヨハンは首を傾げて手を止める。
「幽霊とか……」
「ああ……、--聞きたいのですか?」
ニコリと笑って問い返され、少し後悔する。その笑みは少し意地悪で、こういう時ヨハンも悪魔なのだと思い知る。
もしかして聞かない方がよかったのかもしれない。ごくりと唾を飲み込むのと、ヨハンが口を開くのは同時だった。
「もちろんいますよ。アマーリエさんは見えない体質のようですからあえて言いませんでしたけど。どんな方たちがいらっしゃるのかお教えしましょうか?」
「複数いるの!?」
「ええ。もちろんですよ。ご主人様が害のある凶悪な者たちは排除しましたから、今いる方たちは比較的穏やかな方たちばかりですよ」
比較的穏やかと言われても、比較的という言葉に引っかかりを覚える。
「なにかしたりするの?」
「アマーリエさんは大丈夫ですよ。ご主人様の獲物ですから」
獲物なの、と思わず頬が引きつる。つまり弱肉強食の世界なのか。強者のものには手を出せないという。
それにしても獲物という立場がいいことなのか悪いことなのか。だが一つ分かったことはここでの一番の弱者がアマーリエということになる。思わずガクリと頭を垂れる。だから気づかなかった。ヨハンが少し思案げな様子をみせたことに。
「四階の一室にピアノがあるのをご存知ですか?」
突然聞かれ、びっくりしながら首を横に振る。
「……あるの?」
「はい。そこで時々音楽会が開かれるので、今度行ってみられたらどうですか?」
それは昼間のことだろうか。アマーリエが城にいる時にピアノの音など聞いたことが無かった。四階だから聞こえないだけなのかもしれないが。だが今の会話の流れからいくと、ピアノを弾いているのは幽霊ということになるのではないだろうか。
躊躇いながらも恐々と聞く。
「……ちなみに、誰が弾くのか聞いても?」
「ツェツィーリア様です」
初めて聞く名前だ。思わず首を傾げる。
幽霊ではないのか。
「ツェツィーリア様は最後のメレディス家の人間です。とてもピアノを弾くのが好きな方で、時々ご主人様のためだけにピアノを弾いていらっしゃいました」
過去形の言い方に、やはり幽霊なのかと眉をひそめる。
「でも私には見えないし……」
「大丈夫ですよ。音は聞こえると思いますし、ツェツィーリア様もアマーリエさんと会ってみたいとおっしゃってましたから」
「えっと……?その人は、私のこと知ってるの?」
「はい。アルトリート様がお話ししていましたよ」
つまり、ヨハンもアルトリートも彼女とは会っているのか。
知らない間の出来ごとに、なんとなく釈然としない感情がわき上がる。それはあまり認めたくない感情だ。
「う……ん。じゃ、ヨハンも一緒に行ってくれる?私じゃ彼女と話せないし」
「はい。では今度、音楽会がある時は行きましょう」
と言うような話をしてから、まだツェツィーリアのピアノを聞いてはいない。なかなか昼間にアマーリエがいることが少なく、聞く機会がないのだ。
それに、ヨハンがあまりにも簡単に幽霊の存在を認めた為に、余計にでも地下へおり難くなった。
台所と食堂の間の通路のつきあたりにある地下への扉の前で、しばらく立ちつくしていると背後に気配を感じて振り返る。
ヨハンだったら一緒に地下へと下りてみようと思っていたのだが、予想外にそこにいたのは薄暗い廊下でも濃金髪を輝かしている悪魔だった。




