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6.悪魔に人間の理屈は通用しない 1

 この冬、はじめての雪が降った日の朝、アマーリエは毛布から出ていた鼻先が冷たくて目を覚ました。思わず寝がえりをうちながら毛布を頭からかぶる。

「アマーリエさん、朝ですよ」

 まるで見計らったように声をかけられ、それでもモゾモゾと悪あがきをしてみる。

 ヨハンは暖炉の灰をかきわけ、残っていた熾火を確認すると、薪を入れて火をつけようとしてくれているに違いない。


 実はアマーリエよりも年上らしい使い魔だが、見た目十歳の少年に毎朝そこまでさせるにはさすがに良心が咎めて、仕方なく毛布をのけて身を起こす。

「おはよ、ヨハン」

 吐く息は白い。

 石造りの建物はさすがに冷える。これでも暖炉に熾火を残していたというのに、冷えの方が圧倒的に強いらしい。

 パジャマの上にガウンを羽織り、足が冷えないように靴下を履く。それでも底冷えがするような気がして両手で腕をさすりながらヨハンに近寄る。

「魔法を使ったら早いんじゃないの?」


 最近は彼らの存在自体に慣れてきた為か、信じられないような魔法にも恐ろしいことに耐性がついてきていたらしい。昔ながらの方法で火をおこそうとする使い魔にアマーリエはより暖炉に近づいて問う。まだ薪に火は移っていないが、それでもほんのりと暖かく感じる。

 ヨハンは火をおこすことをまるで楽しんでいるんだ、というような笑顔を向けた。

「電気と一緒ですよ。使いすぎると必要な時に使えなくなります」

 何を例えて言われているのか気づき、思わず呻った。


 念願の電気は、なぜか自然に優しい太陽光発電ということになった。だが肝心の電気は、アマーリエの生活空間に使われるだけで、悪魔と使い魔の生活空間には使われていない。台所もパンを焼く窯は昔ながらの石やき窯なので電気は必要ない。つまるところアマーリエの生活はそれほど便利にはなっておらず、自分の部屋にのみ明かりがスイッチ一つでつくようになったくらいだ。それでも夜更かしは出来るし、携帯電話の充電も出来る。テレビもなんとか見れるので以前に比べると格段と娯楽は増えた。

 娯楽が増えると無駄に電気を使うことに慣れている現代人のアマーリエは、発電源が太陽だということをすっかり忘れていたのだ。


 秋も深まり、晴れ間の少ない日が続いていた。日が落ちる時刻も早くなり、蓄電率を確認していなかったのも悪かった。

 お風呂も電気で沸かせるようになっていた為、テレビを見ながら湯船にお湯をためていた時だ。突如、部屋の電気が消えたのだ。

 周囲は森に囲まれているため、部屋は暗闇に包まれ、一瞬身動きが取れなくなる。


「え?」


 浴室から勢いよく出る水の音だけが響く。

 自分の手のひらさえ見えないほどの暗闇に、心臓が大きく脈打つ。落ち着いてと呪文のように唱えながら、何をしなければならないのか必死で考え、慎重に寝台から降り立つ。

 取りあえず、手さぐり足さぐりで何とか壁に行きつくと、壁沿いをなんとか伝ってスイッチのところまで辿り着くが、何度スイッチを押しても当然明かりはつかない。仕方なく、先ほどから聞こえる水音を止めなければならないと思い、また壁沿いに浴室まで進む。

 扉を開けて、また手さぐり足さぐりで浴槽まで何とか辿り着くが、肝心の蛇口がわからなくて浴槽の縁に手を掛けた時だった。蒸気で濡れていた縁に手を滑らせ、思いきり暗闇の中、浴槽にダイブしてしまったのだ。


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 暗闇と浮力でどちらが上なのか下なのか分からず、突然のことに混乱もしていた。

 思いきり水を吸い込み鼻の奥に激痛が走る。おかげで涙も出て口で息を吸おうにも、気管の中にも水が入り込む。

 本気で浴槽で溺れかけた時、わずかな明かりと共に首を背後から引っ張られた。


「なにやってる」

 盛大に咳き込みながら、肺に入り込んできた空気を水と共に再び吐き出す。

 喉がひりひりして、生理的な涙が流れる。

「ヨハン、タオル」

 浴室の床に蹲り、声を出そうにも喉の奥からヒューヒューと音がするだけで声にならない。

 バサリと背中からタオルがかけられ、ゆっくりと背中を撫でられた。

「残念だったな。自殺する気なら俺の目の届かないところでしろ」

 違う、と言おうとしてまだ声が出ず、咳だけが零れる。

 タオルで口元を押さえ、どうにか身を起こす。涙で滲む視界が、この城で生活を始めた頃に、夜には欠かせなかった蝋燭の明かりが揺らめく。

 また馬鹿にされると思いながらアルトリートを見上げると、案の定、腕を組んだ悪魔に見下ろされていた。

「どうして電気が切れたのかと言いたいのか?」

 何とはなしに、アルトリートが何かをしたのではないのかと思った。

 視線でそれに気付いたのか、目の前の悪魔はわずかな明かりでさえその濃金髪を煌めかせながら鼻で笑った。

「何でも俺のせいにするな。調べておいてやるから、おまえはそのまま風呂に入れ。あいにくと湯は沸いてるようだな」

 浴槽に手を浸して温度を確認したアルトリートはヨハンを伴って浴室から出ていく。ヨハンは手に持っていた燭台を湯のかからない場所に置くと、アルトリートの後をついて出ていった。


 その後、電気の使いすぎだと判明し、それ以来電気の使い方には気をつけるようになった。蓄電率にも注意を払い、暖房もこうして暖炉という方法を取っているのだ。ヨハンの手を煩わせるのは申し訳ないが、冬の間は特にこの地方の気候から蓄電率には注意が必要なので仕方がない。


「魔法にも底があるんだ?」

 薪に火がうつり、少しだけ肩から力を抜く。ゆっくりとだが部屋が暖まりつつある。

 赤々と燃える薪の様子をしばらく見ていたヨハンは、ニコリと笑って頷いた。

「僕の場合はですけどね。ご主人さまはそんなことないですよ、多分」

 ヨハンの言葉を借りるなら、どんなことも大抵のことは出来てしまうアルトリートらしい。しかしながら、日頃アルトリートが何をしているのかアマーリエは知らない。大抵書庫にいるか、それでなければまったく姿を見せない時もある。何をしているかは謎であるが、一つ言えることは未だにアマーリエに対して復讐をしようとしていないことだ。だが、アマーリエが溺れそうになると馬鹿にしつつも助けてくれたりもした。これで二度も命を助けられたと思うと、一体、あの悪魔が何を考えているのか本当に分からない。

「ねえヨハン。アルトリートは本当に復讐をするつもりがあるのかしら?」

 首を傾げると、同様、ヨハンも首を傾げた。

「さあ、僕には何とも。あ、でも悪魔は本当のことは言いませんから」

「悪魔はって……あなたも使い魔なのだから悪魔なのでしょう?」

「そうですよ。だから僕も信用してはいけませんよ?」

 始終ニコニコしているヨハンは、薪に上手く火がついたことを確認すると立ち上がった。

「着替えたら朝食を食べに来て下さいね。今日は雪が降ってますから、町に下りるのに時間がかかるかもしれませんね」

 そう言って、部屋から出ていった。

 本当によく気のきく使い魔だ。窓の外をながめながら、確かに仕事に行くのは一苦労しそうだと溜息を落とした。


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