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 5.馬鹿なことを言わないで 2

「マーレ?」

 ふと背後から聞き覚えのある声が耳に届き、アマーリエはサンドイッチを頬ばったまま振り返った。

「ふるふぉ」

 幼馴染の姿を認め、サンドイッチを持っていない方の手を挨拶がてら上げる。

 今日は休日だ。クルトも週末はシリングスの実家に帰ってきていることを思い出す。わざわざ電車を二時間も乗り継いで帰ってくるとはご苦労なことだと思いつつ、大抵の休日はよく二人で遊びに出かけていた。だが最近、アマーリエが城に引っ越してからはそれもなくなっていたので、偶然とはいえ休日にこうして会うのは久しぶりだった。

 クルトは空いている席に座ってもいいかと確認すると、サンドイッチを手に戻って来た。

「久しぶりですね。メレディスさん」

 クルトはアルトリートに向かってにこやかに挨拶をする。

 アマーリエはクルトの様子をじっと見つめた。

 あの日、シュヴァルツ城を復活させたアルトリートは、クルトとアンナをどのように言いくるめたのか、二人を日が暮れる前に帰したのだ。城から帰る道は綺麗に整えられ、車が通れるほどの道幅に整備されていた。二人はそれを不思議にも思っていなかったようで、門前でアマーリエに笑顔で手を振ったのだ。二人の中ではどうやらアマーリエがシュヴァルツ城に住むことが確定されていて、簡単に挨拶をされたアマーリエにはそれが寂しくて仕方がなかったのだが……。

 それ以来、クルトには会っていなかった。アンナとは仕事が終わってから何度か顔を合わせたが、あの日のピクニックや古城での探検の話しは一切していない。単に忘れているのか、故意に記憶を消されたのか。だから、クルトもそうに違いなく、代わりにどんな記憶が植えつけられているのか怖かった。

「元気でやってる?」

「うん」

 不便だけどね、と最近口癖になりつつある言葉をかろうじて飲み込む。

「大学の方はどうなの?」

「変わりないね。課題が山ほど出てるから、これから図書館に行く予定」

 肩をすくめて見せるクルトに、大学生も大変だねと告げる。

 クルトはちらりとアルトリートを見てからアマーリエに声を潜めて話しかける。

「それよりも、いつまであの城にいる予定?」

「え?」

 クルトにつられて身を乗り出し、声を潜めて聞き返す。

 どうやらこのあたりがクルトが記憶操作された辺りらしい。慎重にならなければならない。

 それに先ほども言っていたが、メレディスさんとはアルトリートのことだろうか。

「メレディスさんって……アルトリートのこと?」

 確認を込めて尋ねると、クルトは視線をアルトリートに向けたまま頷く。見られている方は気づいているだろうに、知らんふりをしてくれているらしい。どうせ聞こえているのに。

「メレディスっていうからには先祖はシュヴァルツ城のかつての持ち主なんだろう?何でも昔、臣下として功績を立てたレルヒ家に褒賞として与えて、現在金銭的に窮地に立たされているアマーリエから城を買い戻す算段をつけているって聞いたけど?」

 クルトに違うのかと視線で問われ、思わずアルトリートを振り返る。

 そんな話、聞いていない。それに買い戻すつもりがないことも知っている。大体悪魔に買い戻せるはずがない。それに、クルトの話からすると、アマーリエがいずれあの城から出ると思っている。それは今のところ有り得ない話だろう。

「今はメレディスさんとの話がつくまでの間、あの城に住んでいるだけだと聞いたけど……危なくないかな」

「危ない?」

 何故、目をえぐられそうになったことを知っているのだろうか。

 だが、命の危険にはさらされたことはない。何を考えているのか、まだアルトリートの復讐とやらは始まっていないのだから。

 取りあえず笑顔で大丈夫と告げる。

「でも、仮にも若い男女があんな人気のない場所で……。それにメレディスさんは格好いいし、お金持ちだし……」

 頬を赤くして言い淀むクルトが何を言いたいのか察して、何の心配をしているのだと呆然とする。

 相手は悪魔だ。確かに容貌はすばらしくいい。クルトの話からすると、きっと彼の中では出来すぎた人物像が出来ているに違いない。でも、悪魔なのだ。

「なに馬鹿なことを……」

 心配しているのだと言いかけたところで、アマーリエの手に冷やりとしたものが触れた。

 ふと顔を上げると、笑みを浮かべたアルトリートに手をつかまれていた。それは決して握られていたのではない。なぜならそんな甘いものではなく、触れられた瞬間、アマーリエの口から言葉が出なくなったからだ。

「すまない。話が聞こえてね」

 アルトリートがクルトに謝罪の言葉を述べている。それは決して話を聞いていたことに対してではない。そんなことで、この悪魔が謝罪するはずないのだ。

 クルトの視線はアマーリエの手に重ねられたアルトリートの手に釘づけになっている。そして視線をアマーリエと合わすとゆっくりと息をのんだ。

 言葉を奪われたアマーリエは何も言えずにその瞳を見返す。クルトの瞳の中に何か恐れるようなものを見つけて、彼が完全に何かを誤解してしまったことを知った。

 だが、言葉が出せないのでは説明も誤解を解くことも出来ない。

 アルトリートが何を企んでいるのかと、ちらりと視線を移すと、面白そうに意地の悪い笑みを浮かべた顔と出会う。そして、悪魔は口を開いた。

「心配は無用だよ。確かにアマーリエは魅力的な女性だ。俺もずっと口説いているが、中々頑固でね。だからといって無理強いするのは好みではないから、彼女が心を開いてくれるのを待つつもりだ」

「……口説くって――」

 クルトが思わずと言ったように口を開く。

「結婚を申し込んでいるんだ」

 さらりと言い放つ悪魔を、息を呑み込んでから睨む。

 アマーリエは心の中で悲鳴を上げていた。

 何の拷問だ、これは。

 隣の席を見ると、目を見開いた女性二人と目が合った。聞こえていたのか、今の話は。

 アマーリエは意を決してアルトリートの手を振りほどくと、思いのほか呆気なくその手は離れた。

「ば、馬鹿なことを言わないで!」

 上ずる声で反論するが、その声が妙に嘘くさい。事実を認めているようにも聞こえ、クルトを見ると青ざめた顔をし、目が合ったと思うとすぐにそらされた。

「僕、邪魔しちゃったかな」

 そう言ってそそくさと席を立つ幼馴染の態度に、思わず手を伸ばしかけるがクルトが席を離れる方が早かった。

 クルトはもうアマーリエの方を見ようともせず、アルトリートに簡単な挨拶をすませるとさっさと離れていった。

 図書館の方に向かって歩いていくクルトの後ろ姿を見て、思い切り息を吐き出す。文句の一つでも言ってやらねば気が済まない。

「ちょっと、アルトリート」

「おまえは俺のものだ」

 普通の女性なら顔を赤くするところだろうが、アマーリエは違った。悪魔に人間と同じ感情があるとは思えないため、その言葉の意味は、言葉通り『物』扱いだ。

「私はあなたの物ではないし、クルトに手出ししない約束だったはずよ」

 城に住むことを決めた時、周囲の人間を巻き込まないことだけは約束させた。復讐はアマーリエ一人のみ。

「放っておけば、あいつは勝手に巻き込まれに来ただろう。おまえに気があるようだったからな」

「クルトは幼馴染だから心配してくれていただけ。きちんと話せば分かってくれたわ」

「幼馴染だと思っているのはお前だけだ。それに、このほうが手っ取り早い」

 その言葉からは律儀にもアルトリートがアマーリエの周囲の人間を巻き込まないという約束を守ってくれようとしていることが窺えて意外だった。

 それにしても、だ。

 こんな衆人環視の場で、結婚の申し込みとか言わないで欲しかった。

 シリングスは小さな町だ。明日には町中に噂が広まっているに違いない。噂好きのアンナの母親イルマの耳でも入れば、明日は根掘り葉掘り聞かれて、仕事にはならないかもしれない。

 怒りにぷるぷると震えながらサンドイッチにかぶりつく。もう味など分からなかった。

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