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 3.おまえは俺に逆らえない 3

 このご時世に『悪魔』を信じろと言われても信じる方がどうかしている。

 人は箒のかわりに飛行機で空を飛ぶし、魔術を使わずともスイッチ一つで明かりを点けることが出来る。遠く離れた友人にも手紙を書かずとも携帯電話一つで数秒後には会話をすることも可能だ。

 アマーリエがいくら信じないと言ったところで、屋敷の外に連れ出された瞬間、信じないわけにはいかなかった。

 外観こそ変わりはすれ、そこはシュヴァルツ城の敷地内で、かつてはこのようは外観をしていたことを知らされた。つまり、崩れていたはずの城が完全に復旧されていたのだ。

 石を積み上げられた城壁に、色鮮やかなカーテン。玄関があっただろう場所には流麗なレリーフで飾られた木製の扉。その扉もアマーリエの身長の二倍はありそうな程高く、幅もアパートの玄関の扉の三倍はありそうだった。

 再び部屋に戻って来たアマーリエは呆然としたまま、アルトリートやヨハンが語った内容を聞かされていた。

 詳しいことは理解できなかったが、大雑把にまとめるとアルトリートはかつてメレディス家の人間に呼び出され、メレディス家の治める領地の繁栄を約束させられたらしい。だが、ある時そのメレディス家の人間によって封じられてしまい、数百年という長い間、瓶に閉じ込められてしまった。その瓶というのが、アマーリエが地下で蹴った瓶で、しかもあの瓶はメレディス家の血を引く者でないと開けられないようになっていて、不運にもアマーリエが開けてしまったというのだ。



 先ほどと寸分違わず同じ位置に座ってふんぞり返っているアルトリートは楽しげに告げる。

「おまえを埋まった地下から助けたのは復讐するためだ」

 言われてアマーリエは首を傾げた。

「私はあなたに恨まれるようなことをした覚えはないのですけど?」

 良く考えれば、おかしな話である。

 封じ込めた人間は大昔に死んでいるのだ。メレディス家がいくら断絶したといっても、細々とこうして生き延びていた子孫はいたわけで、封じ込めた人間を恨んでいるとはいえ、その子孫に復讐しようなどお門違いもいいところだ。第一、復讐の為とはいえ死にかけていた人間を助けたりするものだろうか。それでは完全に人助けだ。悪魔のすることではない。

 まるでアマーリエの心の中を読んだようにアルトリートは言い放った。

「お前が直系のメレディスなのだろう? 他の子孫を探すのも面倒なだけだ。だからやつの代わりだ」

 直系という言葉に、この城のある土地を引き継いだことを思い出す。ついでに相続税のことも。

 突如として現実的なことを思い出し渋面を作る。それをどう勘違いしたのか、アルトリートは身を乗り出すようにして、さらにアマーリエに衝撃を与えた。

「というわけで、おまえは今日からここに住むんだ。簡単に死ねると思うなよ。充分いたぶってやるから覚悟しておくんだな」

 悪魔に恨まれるほどの所業をしたご先祖様を恨みたいのはアマーリエである。第一、見知らぬご先祖様のツケを払う義理はない。

「そんなの時効よ。何百年前の話をしてるのよ」

「昨日のことだろう」

「っ馬鹿言わないでよ!」

 確かにここに住めばアパート代はかからないかも、と考えていたことは認めるが、どこまでも中世の造りをしている建物に住めるほどアマーリエは不便さに慣れていない。というか、絶対に無理だ。電気のない生活なんて。

「ここに住まないのなら、隣の部屋にいる二人がどうなってもいいのか?」

 悪びれもせず言われ、アマーリエは堪らずソファから立ち上がる。

「っていうか、ここは私の土地よ! 勝手に決めないでよ!」

「おまえは俺に逆らえない」

 勝ち誇った顔で、しかも鼻先で笑われ、先ほどの意識外の身体の動きを思い出し血の気が引く。

 さらに自分の言った言葉が自らに追い打ちをかけたことに気づき、青ざめながら力なく首を横に振った。

 この土地の相続税さえ払えないアマーリエに、自分の土地だと言える資格はない。

「――あなたには逆らえないかもしれないけど、この土地の相続税が払えなかったらここを売らないといけなくなるわ」

 つまりアルトリートの住むところはないのだ。最悪、アマーリエのいる狭いアパートに来る可能性が高くなる。いや、絶対ついてくるだろう。そうなると、ご近所さんの目が痛すぎる。親が亡くなったばかりの若い独身の女が、男を連れ込むなんて噂されればアマーリエは確実にお嫁にいけない。

 売る、の言葉に反応したアルトリートは、嫌そうな顔をした。

「税? 金がないのか? いつのまにメレディス家は貧乏になったんだ……。まあ仕方ない。だったら、そこらに転がっているものを売ればいい。住むところが無くなるのは都合が悪い」

 悪魔に都合が悪いことなどあるのだろうか。悪くなるとするなら、それはきっと復讐に差し触りが出るからに違いない。

 だが、確かこの部屋にある装飾品は全て品の良いものばかりだ。きっと売れば高く売れるに違いない。

 本物の悪魔の囁きはアマーリエの心の隙を上手い具合につき、どこまでも甘く、アマーリエは相続税の支払いに何とか目途がつきそうで知らずにやけてしまった。

 それを不思議なものでも見るようにヨハンが見ていたことを気づきもしなかった。



 こうしてアマーリエの非日常は幕をあけた。

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