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16.これでお別れです 1

改行なしの説明が長いです。

 時計の針の音だけが、ソファに座った三人の間を流れていく。

 テーブルの上に置かれたカップの中のコーヒーは一口も飲まれることなく冷めきっていた。

 会話の一切ない、気づまりの夕食が終わった後、三人で居間に移ってきてからというもの、すでに二時間が経過しようとしていた。アマーリエの隣にアルトリートが座り、その正面にヨハンが腰を下ろしている。アルトリートは始終不機嫌を隠すこともなく黙り込み、ヨハンは余裕の笑みさえ浮かべている始末だ。アマーリエはその場の雰囲気に本気で逃げ出したかったが、アルトリートにがっちりと手首を握られているためそれも出来ない。



 シリングスの町で、ヨハンが言い放った台詞は、主人であるアルトリートに対して告げられた言葉だった。

 周囲の目もあることから帰る道すがら、それが何を意味しているのかをアルトリートは話してくれた。ヨハンは夕食の支度をすると言って先に帰ってしまっていた。

「以前話した、メレディス家にかけられた呪いのことを覚えているか?」

 城の地下室で聞いた話だ。

 今現在もメレディス家の血を引くアマーリエに引き継がれていると言っていたはずだ。

「生に死がつきまとうっていう呪いの方?」

「ああ。あの呪いをかけた悪魔は、ヨハンだ」

 あっさりと告げられた重大な内容を、思わず聞き落としそうになった。

 隣を歩く濃金髪の悪魔を見上げ、口を開くが言葉が出てこない。

「俺はあいつと賭けをした。負けた方は勝った方の下僕となることを条件とした」

 結果は見ての通りだとアルトリートは告げた。現在、ヨハンはアルトリートの使い魔として契約に縛られている。

「どんな賭けをしたの?」

「あいつの呪いを無効に出来れば俺の勝ち。出来なければあいつの勝ち」

 アルトリートは、自分を呼び出したメレディス家の、当時の当主の願いなど叶えてやるつもりはさらさらなかったらしい。だが、ヨハンの鼻持ちならない絶対的な自信を見て気が変わった。どんな方法を使っても良いという条件をもぎ取り、賭けはアルトリートの勝ちとなったわけだが、ヨハンが使い魔となってどれぐらいたった頃か。ある提案をしてきた。


「僕を使い魔から解放してくれるのならば、メレディス家にかけた呪いを解いてあげますよ」


 魅力的な提案かと言われれば、当時のアルトリートにとってそれは大した効力を持たなかった。

「あいつは悪魔の中でも力は強い方だ。そんなあいつを契約で縛れるなど滅多にないことだ。あいつとメレディス家を秤にかけた時、どちらが得かなど分かり切っている」

 当初は、メレディス家の人間が早世だろうがなんだろうが、アルトリートには関わりがないことであった。だが、何十年、何百年とメレディス家の人間と関わるうちに、アルトリートの方は変わったつもりはなかったが、メレディス家の人間の方がアルトリートに対して変わっていった。最初の頃こそ悪魔と恐れていたものを繁栄をもたらす存在となっては神と呼び、崇め、身近に感じ、最後には何の見返りも求めない友人と呼ぶものまで出てきた。それでも、アルトリートにとってメレディス家は親しい人間ではあったが、ヨハンを解放してまで呪いを解いてやろうと思える存在ではなかった。所詮、その程度だったのだ。

 だが三百年前、ツェツィーリアが生まれ、彼女が成長するにつれ全てが変わった。

 彼女は子供のころから一風変わったところのある少女だった。貴族の令嬢としても、庶民の娘としても目線が違うとでもいうのだろうか。今にして思えば、当時の時代にあっていない現代的な思考を持っていたといえる。アルトリートのことを人間と変わらない存在として扱い、友人の一人としてあらゆるパーティに連れ歩いた。当然、アルトリートとツェツィーリアの容貌から周囲の視線はおのずと集中することとなったが、それでもツェツィーリアはピアノの腕前を皆の前で披露し、その容貌と人とは違う目線で多くの友人を得ていた。そんな彼女が十七歳になった時、一人の男性と恋に落ちる。相手は、貴族や金持ちの家を渡り歩き、当日のパーティの余興で日銭を稼ぐ音楽家だった。その時、すでにツェツィーリアの両親は呪いの影響で他界していたが、後見である年若い従兄が当然、身分もお金もないような相手をメレディス家に入れるわけにはいかないと、それを許さなかった。普通の貴族の令嬢なら、ここで諦めようもののツェツィーリアはメレディス家を捨てることを選んだ。後継である従兄も母方の貴族の後継ぎであるため、唯一の後継ぎであるツェツィーリアが出奔すれば、メレディス家など断絶する他ない。それでも、ツェツィーリアは人生が短いのなら尚更のことと、愛する人と生きることを選んだのだ。だが、そうするとメレディス家が無くなるなら、アルトリートは呪いをかける必要を失う。当時の当主と交わした契約は、『メレディス家の領地』から呪いを無くすことだったのだから。そのメレディス家がなくなるのなら、契約は終わりを迎えたことになる。が、だからといって死がつきまとう呪いが完全に消えるわけでもない。たとえメレディス家がなくなろうとも、その血を受け継ぐものに呪いが引き継がれることに、その時になってようやくアルトリートは気づいたのだ。


 城への坂道を登りながら、息を切らせることなく喋り続けるアルトリートの横顔を見、そこに表情がないことを認める。

 アマーリエは、濃金髪の悪魔がツェツィーリアとパーティに揃って出席していた話を聞いた時、わずかだが心の中に黒い何かが沸き上がった。嫌な感情だと俯きながらアルトリートの話に耳を傾ける。アルトリートはアマーリエを自分のものだと言ったが、それがどういう意味で使ったのかは、謎だ。多分、人扱いはしてくれているはずであるが、単純にアマーリエがアルトリートに向ける感情と同じものであるとは思えなかった。そして、アマーリエもアルトリートに対して向ける感情が、アンナが言っていたようなものであるのかが分からない。

 それよりも、と今の話しの中になかったことを尋ねた。

「アルトリートは、その……、その時はまだ封じられていなかったの?」

 ツェツィーリアは確か最後のメレディス家の人間だったはずだ。だとしたら、アルトリートはいつ封じられたのか。

「この時はまだだ。だが、俺を封じたのはツェツィーリアの後継だった従兄だ。俺はあいつが出奔した後でも、呪いを辿ればどこにいるかぐらいわかっていたから、あいつを連れ戻そうとした人間には便利だったのだろう。もちろん俺が悪魔だということはメレディス家の極秘事項だ。だが、どこからか漏れ聞いたのだろう。油断してたのもあって簡単に封じられた」

 忌々しげに言い放つ。

 それにはアマーリエの方が苦々しくなる。

「それで言うなら、復讐する相手はその従兄の子孫じゃないの」

「……あいつはわざわざ封を解く方法をメレディス家の子孫とした。その時はメレディスがあいつに屈して戻って来たと思って間違いないだろう。ならば、屈したメレディスに復讐してもおかしくはないはずだ」

 とんだ屁理屈を言うアルトリートに絶句する。

 なんとなく、アルトリートがいつまでたっても復讐をしなかった訳がわかったような気がした。アマーリエが封を解いたのは偶然で、実際にアルトリートを封じた相手はどこにもいなかったのだ。それがわかったから、アルトリートは何もしなかったのだ。

「それで、ヨハンは……」

「ああ。あいつの言ったことか。俺が言うのもおかしいが、悪魔は嘘つきだからな」

 つまり、信用していないのだ。

 今はまだ契約に縛られているが、それを解いた時、自由になったヨハンが本当にこの地にかけた呪いを解いてくれるのか分からないのだ。

「……ん?だったら契約を解く前にあなたがヨハンに命令すればいいんじゃないの?」

 全て解決じゃないと手を合わせると、横から呆れたような溜息が聞こえた。

「出来るなら最初からやっている。あいつは俺との賭けで自分が負けた場合のことを考えて賭けを持ちかけていた。それに使い魔となった時に、あいつの力が強いことが癪に障ったから、同じ契約で半分に封じることにしたんだ。だからあいつは今の力では呪いをどうにもできない」

「ば……」

 思わず馬鹿と言いかけて口を閉ざす。

 チラリとこちらに向けられたチョコレート色の瞳に険呑な色が混ざる。

 でも言いたい。癪に障っただなんて、どんな嫉妬だ。

「じゃあ、ヨハンがかけた呪いを解くには、あなたが契約を解かなければ『無理』なのね?」

「引っかかる言い方だな」

 気に食わなかったらしいアルトリートは、それでもそれが間違っていなかったのだろう。反論はしなかった。

 しかしそれはいいとして、アマーリエにはもう一つ気になったことがあった。

「どうして今になってヨハンはあんな提案をしてきたのかしら?」

 先ほどのアルトリートの話を聞いてアマーリエは腑に落ちなかった。誰よりもヨハンはアルトリートの側に長くいたはずだ。そしてその提案を比較的早くアルトリートにしている。ならばアルトリートが今回も提案を受け入れる筈がないことぐらい分かりそうなものなのに。

 坂道を登るっている為、切れてきた息を大きく一つ吐き、いつまでたっても返事のない隣を見る。

 と――。

 先ほどまで隣にいたはずのアルトリートの姿が消えていた。

「え?あれ……?」

 思わず振り返ると、何とも言えない顔をして立っている悪魔がいた。それはどこか途方に暮れているような、呆れているような、怒っているような、そんな顔だ。

「アルトリート?」

「おまえは……、呪いを解きたくはないのか?」

 思いがけない言葉に、驚きに目を瞬くと、アルトリートはゆっくりと歩を進める。

 アマーリエの一歩手前で止まったが、それでもアルトリートの方が背が高い。いつもよりも目線の位置が低いせいか、表情がいつもと違って見える。

「解くのも取引なんでしょう?でも私はなにも差し出すものはないし、それにアルトリートはヨハンを使い魔として側に置いておく方がいいって、さっき……」

 言いながら混乱してきた。しかも以前、呪いなど解いてやらないと言っていたような気がする。

 それに、もしも――、アマーリエがヨハンのかけた呪いを解いて欲しいと言ったとしたら、アルトリートがメレディス家と交わした契約は呪いを退けることだ。その時点で契約の終了を意味する。つまり、ヨハンは解放されていなくなるし、アルトリートもいなくなる可能性があるということではないだろうか。

 チョコレート色の瞳がじっとこちらを見ているのが落ち着かない。

 混乱する頭を頑張って動かすが、結局、アマーリエは一つの答えに行きつく。

「よく分からない。ヨハンのことはあなたに任せる」

 赤くなりつつある頬を隠すように顔を反らし、アルトリートの視線から逃れる。

 だがすぐに、顎を掴まれ顔の向きを変えられる。

 正面に整った美しい顔の悪魔のチョコレート色の瞳を見つけ、心臓が大きく脈打つ。

「取引のことは気にするな。だから、おまえの本心を言え」

 正視にたえないとはまさにこのことを言うのだと、アマーリエは思い知った。

 軽く顎と持ち上げられるようにして視線を上向かされ、逃げ場を完全に失う。息がかかるほど近くにアルトリートの顔があり、必要以上の距離に勝手に鼓動が早まる。それと共に頬も上気していく。

「――近い!」

 悲鳴のような声と同時に、両手を突き出してアルトリートの胸を押す。

 顎をつかむ手が離れた隙をついて、アマーリエは大きくアルトリートから離れた。

「の、呪いは解いて欲しいわよ。当然じゃない。出来れば長生きしたいし……」

 照れ隠しに早口になる。顔をアルトリートから背けて、両腕で身体を抱きしめる。

「でも、あなたがヨハンを必要だと言うなら、このままで構わない。私が死んだら、呪いは消えるんでしょう?」

 いつかアルトリートは言っていたではないか。確かにメレディス家の子孫はアマーリエ以外にもいるのかもしれない。だが、呪うべき存在がいなくなったら呪いも消滅すると。だから話しを聞いてから、ずっと考えていた。アマーリエが取るべき方法は一つしかない。子供を作らなければいい。子孫を絶やすならば、呪いは消える。

「わかった」

 土を踏みしめる音がして、アルトリートがアマーリエの横を通り過ぎた。

 アルトリートが出した答えが一体何なのか、そこからは何も窺えない。アマーリエは両腕を解くと、アルトリートの後を追った。

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