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12.あなたって過保護だったのね 1

 その部屋の前に辿り着くと、確かにポロンポロンとピアノの音が聞こえてきた。曲というよりも指ならしをしているといった感じで、迷い込んだ子供が遊んでいるようにも聞こえる。

 アルトリートはノックも何もなしに扉を開け放ち、さっさと部屋に入っていく。気遅れしながらも、アマーリエは恐る恐る扉から部屋の中をのぞきこんだ。

 日差しが入り込む部屋は思っていたよりも明るくて、内装をクリーム色に統一された室内は温かみを感じさせた。唯一ピアノの黒が部屋の中で目を引く。だが生活感を感じさせない室内はやはり寒々としていて、足を踏み入れることを躊躇わせた。

「早く入って扉を閉めろ」

 アルトリートは暖炉の前にかがみ、どこかからか用意した薪を無造作に放っている。ヨハンから教えてもらった暖炉のつけ方からすると、それではあまりにも時間がかかり過ぎる。そう思っているとポロンとピアノが音を立てた。

 ぎくりとして振り返る。そう言えば、さっきまでピアノの音がしていたはず。しかし、部屋にはアルトリート以外誰も存在せず、そのアルトリートは暖炉の前にいる。


 だとすると――。


 確かにピアノに蓋はされていない。鍵盤が見える状態で、椅子も引かれている。

 今この場にツェツィーリアがいるのだろうか。

「アルトリート……」

 無様にも呼ぶ声は震えていた。怖くないと思ったのは間違いだ。やはり見えないものは怖い。

「ちょっと待て」

 そう言って立ちあがったアルトリートの側で薪に火がついているのが見えた。どうやってつけたのかはこの際気にしない。側に一段と冷たい空気の塊を感じて、一歩下がる。

「ちょっと待てと言っただろう、ツェツィーリア」

 アルトリートが手をはたきながら近づいてくるのと、空気が震えるのは同時だった。


 彼女は笑ったのだろうか。

 何となくそう感じ、肩から少しだけ力が抜ける。

 すぐ背後に立ったアルトリートが何を思ったのか両肩をつかんだ。ビクリと身体が慄いたのと、視界がぶれるのは同時だった。一瞬、眩暈を感じ、次にゆっくりと目を開けた瞬間、アマーリエは息をすることさえ忘れた。


「はじめまして、アマーリエ」


 そう言って差し出しされた手を呆然と見つめる。

 先ほどまで全く見えなかった彼女は、実体としてその場にいる。

 目の覚めるような青いドレスは首まで覆い隠し清楚さを一層引き立て、軽く結いあげた髪は白金で、どこまでも上品でこれぞお姫様という女性だった。肌は透き通るように白く、頬はほんのりとバラ色に染まり、ドレスと同じ青い瞳は澄んだ夏空のように力強い輝きをもっている。差し出された手はすらりと指が長く、アマーリエのようにささくれ一つ出来ていない。

「は、じめまし、て……」

 こわごわと手を握ると、確かに感触がある。

 どうしてだろうとアルトリートを見上げると、悪魔はアマーリエの反応に満足げにニヤリと笑った。

「俺は、通訳などしない。そんな面倒なことをしなくても直接話せばいい」

 どうやらアルトリートが何かしたようだ。

 確かに、半透明な幽霊が見えるよりは実体となって話せるほうが、アマーリエも怖くはない。

「あいかわらず、意地悪な言い方しか出来ないのね」

 鈴の音のような笑い声を上げ、ツェツィーリアは口元を手で覆った。そして、視線をアマーリエに向け、ふわりと微笑む。

「ツェツィーリアよ。よろしくね」

 歳の頃はアマーリエとそれほど変わらないように見える。実際は幽霊なのだから、実年齢がいくらなのか分からないが。


 落ち着きを取り戻すと、両肩にいまだに乗っているアルトリートの手に気づいた。

 怪訝に思って見上げて尋ねる。

「肩から手を離すとツェツィーリアさんが見えなくなるの?」

 単純に聞いただけだった。だが、アルトリートは眉間に皺を寄せると不機嫌そう肩から手を離す。

「見えないかしら?」

 ツェツィーリアに話しかけられて、首を横に振る。しっかりと見える。

 ムッとしてアルトリートを睨むと、再びツェツィーリアが笑い声を上げた。そして意味深な笑みをアルトリートに向ける。

「意外だわ。あなたって過保護だったのね」

「どこがだ」

「ふふ、気づいてないの?」

 ますます不機嫌さを増していくアルトリートと、明らかに楽しんでいるツェツィーリアの間に流れる雰囲気の悪さに、この二人は仲が良かったのではなかったのだろうかと訝しむ。

「それよりも、こいつはおまえのピアノを聞きたいそうだ。早くひけ」

 どこまでも高飛車な態度を崩さず、ツェツィーリアに命じたアルトリートにアマーリエはくるりと振り返ると脛を蹴飛ばした。

「なんて言い方するのよ。それが人にものを頼む態度なの!」

「いいのよ、アマーリエ。この人の性格は分かっているから」

 それよりもと、ツェツィーリアに手を取られピアノの側に連れていかれる。さすがに体温を感じさせない手だったが、ゆるくつかむ手はどこまでも優しい。

「あの人のことは放っておいて。わたくしのピアノを聞いてくれるのでしょう?」

 青く煌めく瞳に見つめられて、思わず頬が熱くなる。

 ご先祖様がこんな美人だったなんて。その血を継いでいるはずなのに、この美貌の差はなんなのだろう。

 ツェツィーリアとアルトリートが並ぶと一枚の絵のように、この世のものとは思えないほど美しい。

 ピアノの前に座って弾き始めたツェツィーリアの姿も、その指から奏でられる音楽も鳥肌が立つほど美しく、神様は二物を与えないというがそれは絶対に嘘だと思った。

 そう、この世に悪魔はいても、神様なんていないのだと改めて思い知った。

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