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 1.おまえは俺に逆らえない 1

 私は今お城で暮らしている――。


 別にお姫様というわけではない。ドレスも着ていないし、扇を片手にうふふと笑って過ごしているわけでもない。服は市販品――しかもバーゲン品で、手は一年中荒れている。だからといって召使いというわけでもないのだ。



 これでも一応、城主なのだから。



*****



 レルヒ家の土地の端、それも山を一つ越えた川沿いの断崖絶壁の上に、朽ち果てた古城があると聞いた。

 遺産として引き継ぐまで全く知らなかった。


 

 子供の頃から聞かされたお伽噺の舞台が、そんな身近にあると誰が思うだろう。まるで夢のようだと思ったのは一瞬のこと。弁護士の口から『相続税』という破壊力のある現実的な言葉を聞くまでは。

 しかもそれを両親の葬儀の真っ最中に聞かされたのだ。潤んでいた瞳は一瞬にして砂漠と化しても、棺の中にいる両親は文句も言うまい。むしろ棺に向かって文句を言いたい。なぜ死ぬ前に売っておいてくれなかったのか、と。

 今更死んだ人間に何を言っても仕方がない。こぶしをハンカチごと握り締めて涙をのんだ。



 葬儀も無事に終わり、遺品の片付けも粗方済んだ頃、城というものをこの目で見てみるべきだと思い立った。

 売るとしてもどのような状態なのか。万に一つでも住めるものなら、家賃のかかるアパートなど出て、そこで暮らすのも悪くないかも、という下心もあった。のちに、それがいかに無知で安易な考えだったのか嫌でも思い知ることになるとは、その時は全くもって予期していなかった。



 町から一つ山を越え――ない山の中腹に、ほぼ瓦礫と化した状態の城はあった。

 あえて控え目に言うなら、半壊した壁の上にかろうじて天井が残っているといった状態だ。

 いつ崩れてもおかしくない城中に入る勇気は、生憎持ち合わせていない。

 窓は当然ガラスもなく、風雨にさらされたカーテンは色が抜けて朽ちた状態でぶら下がっている。石を積み上げて造られた外壁は濃い灰色で、所々に絡んだ蔦が長い年月と重々しい雰囲気を醸し出している。

 ――そう、いかにも何かが出てきそうな雰囲気だ。

 幼馴染のクルトとアマーリエの仕事先であるパン屋の娘で、先月十歳になったばかりのアンナと共にピクニックをかねて古城を見に来ていたのだが……。



「うわぁ、ホントにお城がある」

 アマーリエたちが住んでいる町シリングスの住民も、一体どれほどの人がこの山に城があること知っているのだろうか。

 感嘆の声を上げたアンナの手を握り、とりあえず城の周囲を一周してみようと提案した。

「図書館でちょっと調べてきたんだけどさ、この城が建てられたのは十三世紀ぐらいらしいよ?」

 先頭を行くクルトが大学生らしいことを言う。

「十三世紀って、今から八百年ぐらい前ってこと?」

 足場は崩れた外壁の残骸や、人の手が入っていない庭には草どころか木まで生えている。アンナを気づかいながら歩くアマーリエを、何度も振り返りながらゆっくりと歩を進めているクルトに尋ねた。

「そうなるね。で、実際に人が住んでいたのは十八世紀ぐらいまでらしいけど」

「ってことは、人がいなくなってから、かなり経つってことよね」

 三百年ぐらいか、とざっと計算する。

「いや、僕もここにくるまではそう思っていたんだけど、ちょっと違うかも」

 クルトの声に、顔を上げた。

「どういうこと?」

「確かに崩れてはいるけど、それだともっと庭に木が生えていてもいいと思わない? だけど実際生えているのは細い木ばかりだし、多分誰かがある程度の手入れをしてたんじゃないかな?」

 言われてみれば、確かに城自体は崩れているが城壁に囲まれた庭は、城壁の外と比べると格段と生えている木の数が少ない。それに城までの道が完全に無くなっていなかったようにも思える。季節的にも枯葉が地面を覆う時期である為、草木の茂りが悪いということもあって、この城までの道を見つけるのは思いのほか容易だった。それは誰かがここに来ていたということではないだろうか。

 そう考えるとクルトの言うことは一理ある。

「じゃ、誰がそんなことをしてたの?」

 アンナと顔を見あわせて呟くと、クルトは溜息を零しながら言った。

「ここの地主なんじゃない?」

「え? 地主なんていたの?」

 真顔で尋ねると、手を軽く引っ張られる。アンナを見下ろすと、にっこりと笑みを返された。

「マーレお姉ちゃんでしょう?」

「あ、そっか」

 頷いたものの、アマーリエはこんな場所に来たことは断じてない。と言うことは、両親も知らなかった可能性が高い。ならば祖父母はどうだろう。

 彼らは父親が幼少の頃亡くなったと聞いている。そうとすると、この城のことが上手く伝わらなかったと考えればいいのか。

 祖父母がかつて手入れをしていたのだとすると、確かにこれぐらいの荒れようになるのかもしれない。

「でもさ、なんでレルヒ家にこの城が引き継がれて来たんだろうね」

「あ、それは私も思った。えっと何だっけ? シュヴァルツ城だったっけ?」

 クルトの説明を思い出し、城の名を口にする。

 この城は、この辺りを治めていた領主の城だったらしい。シュヴァルツ城というのは別名で、本来の城の名前はメレディス城と言う。単にメレディス家が住んでいたからだ。

 幾世代にも渡って治めていたメレディス家は十八世紀、断絶した。その後、誰もこの城に住む者はおらず、荒れていったという。

「レルヒ家なんて一般庶民でしょ? 山一つ持っていたことにも驚きなんだけど」

 不意に湧いた遺産に戸惑わなかったわけではない。呟くのと、アンナが転びそうになって手を引っ張られたのは同時だった。

 慌てて手を引っ張った瞬間、目の端で前を歩いていたクルトが叫び声を上げて姿を消した。

 正確には、地面が陥没してその穴に落ちたのだ。

「ちょっとっ、クルト!」

「お兄ちゃん!」

 慌てて駆け寄ろうとしたアンナを、とりあえず引き止め、絶対に穴に近づかないように言い含める。

 恐る恐る穴に近づき中を覗き込むと、意外にも深さはなく、人の背丈よりも少しだけあるぐらいの人工的な空間が広がっていた。

「クルト! 大丈夫? 怪我は?」

「ん、大丈夫」

 土埃を払いながら周囲を見渡し、クルトは一瞬ポカンとした表情を浮かべた。

「ここは、ワインセラーか?」

「もしかして年代物のワインでも見つかった!?」

 売れば相続税の足しになるかも、と勝手に頭の中で計算する。

 少なくとも三百年は人の手が入っていなかったのだから、三百年前のワインということになる。ネットでオークションにでもかければ、いい値がつくのではないだろうか。

 思わずその穴の中に飛び降りる。

「マーレお姉ちゃん!」

 上から不安そうなアンナの声が聞こえ、しまった、と思う。

「大丈夫よ。アンナもおいで」

 一人で残しておくよりは一緒の方がいいかもしれないと外に向かって声をかけた。

 しかし良く考えてみれば、天井が抜けるような場所なのだ。穴の中に三人で生き埋めになる可能性の方が高いことに遅まきながら気づく。アンナに手を貸しながらクルトを見ると、明らかに呆れた顔をしていた。

「とりあえず、そこから動かない方がいいと思うよ」

 少なくとも天井はすでに崩れているのだ。生き埋めになる確率は低いはず。素直に頷いて再びアンナの手を握った。

「すごいね。ここ隠し部屋かな?」

 アンナは大きな目をさらに大きくして、クルトが向かっている奥に目を凝らしている。

 奥は薄暗く、頭上から入り込んでくる陽光で埃が舞っている。クルトが言うように、もともとは貯蔵庫か何かだったのだろう。空気はひんやりとしていて、湿度もあるようだ。かつては積み重ねてあっただろう木箱が腐って床に散乱していた。

「奥に出入り口がある。ちょっと見てくるからそこにいて」

 あまり大きな声を出して崩れてはいけないと思ったのだろう。アマーリエもそれには無言で手を振って応えた。

「ちょっとした冒険だね」

 アンナを見下ろしてウインクすると、アンナも楽しげに頷く。

「楽しいね」

 そう言ってもらえると誘った甲斐があるというもの。

 手をぶらぶらさせながら顔を見合わせてエヘヘと笑っていると、奥からクルトが戻って来た。

「行けそうだけど、どうする? そこから一度外に出て、外からの入り口を探す? それともこのまま行ってみる?」

 危険なことはアンナがいるから避けたかったが、そのアンナが手を引っ張って先を促してきた。

「ね。行こうよ」

「うーん、……だね。よし! 行こう!」

 アンナのキラキラした眼差しを受け止め、迷いは消える。アマーリエだって本当は行ってみたかったのだ。

「じゃ、静かに行こうね。足元も気を付けてね」

 ぎゅっと手を握ると、子供らしい柔らかな手に握り返される。

「うん」

 真剣な顔で返事をしたアンナを見たあと、クルトを見やる。諦めたような顔で笑うクルトを見ながら一歩を踏み出した。

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