地下室のメロディー
お暇なかたは読んでください。
一
蘭の目の前には地下81階へと降りる階段がある。
その奥から断末魔の悲鳴が聞こえてきた。複数。
「さっき降りてった勇者様ご一行か。悲鳴の数からすると全滅っぽいな。気の毒に」
すると、地下81階から大量の瘴気をまとって三体の魔物が姿を見せた。三体とも2メートル近い巨躯で、立っているだけでも圧倒的な威圧感がある。
だが、特筆すべき外観は体格だけでなく――。
魔物の一体は水牛のような巨大な角を頭に生やしたギャルだった。
「おー。いつものやつ持ってきたぞー。おけー?」
ギャルだが魔物だ。魔物だがギャルだ。
ヘソ丈オフショルダーのセーターにデニムのホットパンツを合わせている。
足元を飾るのはエアマックスヘイローだった。身長に見合うデカサイの靴をどこで調達しているのかは謎である。
アッシュブロンドに染められたゆるふわパーマの狭間から飛び出す長い耳は尖った鱗に覆われており、如何にも邪悪な形状だ。
パール系のルージュが彩る唇はギザギザに裂けている。開けば人間の太腿くらいは簡単に食いちぎれるだろう。
「おっけーです。なんとなく察してましたし」
「なんでウチらに喧嘩売るかねー。弱ぇーのによー」
フルプレートアーマーを着込んだ人間を小脇に抱えている。ぴくりとも動かない様子からするに、どうやら彼に息はない。勇者一行の成れの果てである。
「人間のっていうか、この人たちみたく武力で成り上がったひとのサガみたいなものだと思いますよ。周りからの期待もあるだろうし」
「周りから、ねー。ウチらには想像つかねー感覚だわ。なー?」
ギャル魔物が、もう一体の魔物に声をかけた。
「その感覚はたしかに分からん。だが、より強いものに挑みたくなる感覚はよく分かる」
こちらは言うなれば武士娘魔物である。
清楚な黒髪と振袖に包まれた、すらりと姿勢のいい身体は武士そのものの凛とした佇まいなのだ。
その姿勢のよさが強調する、しなやかなカーヴを描く優美で女性的なボディライン。衣装から見える肌はしっとりと滑らかで雪のように美しい。ただし、腰に佩いた極太の野太刀の凶悪さが、武士娘的な清楚を帳消しにしている。
さらに、彼女の口は昆虫の大顎のようにギザギザと尖った攻撃的な形状である。眼球は白黒が反転しており、一見して人類とは別種の存在だと分かった。
武士娘魔物は両脇に僧衣の男と、道着の男を抱えている。どちらも身体の大部分が欠損しており、絶息しているのは明らかだった。
「はー? マジかー? それはアトラスが特殊なだけだべ」
「そんなことはない。ベリアルだって私と同じだろう?」
「……」
ベリアルと呼ばれた魔物はスーツ姿の女だった。メリハリのきいたグラマラスな肢体である。タイトなスーツに無理やり押し込まれた肉体からは彼女が動くたびにむちむちと音が聞こえそうなほどだった。
ただし、女性的なのは胴体だけである。
ベリアルの頭部に目鼻はなく、ただ牙の生えた口があるばかりである。全体がつるりとした外骨格で覆われているのだ。スーツの袖から伸びる手も、昆虫の脚のように禍々しく尖っている。
ベリアルがなにか言ったようには聞こえなかったが、アトラスは小さく頷いた。
「ほら見ろ。ベリアルも私と同意見だ。つまりパズズのほうがおかしい」
「うっそ。マジかー。みんなそんな戦いてぇーのか」
「……」
「そうだな。そういう考え方もあるな」
「マジかぁー? お前らが特殊なだけってことはねーかー?」
やはり蘭の耳にはベリアルの声は聞こえない。それでもアトラスとパズズの反応を見る限り、きちんと応答しているのだろう。
そのベリアルが片手にぶら下げるのは、ボストンバッグほどのサイズの消し炭だった。かろうじて四肢と思しき突起と頭部らしき丸みが見える。
(消去法でいくとあれがリーダーだったひとだな。素早さに全振りしてるから、どんな攻撃も全部かわせるなんて言ってたけど、丸焼けにされちゃったのか。気の毒に)
ベリアルの使う『じごくのごうか+8』は連続八回の炎攻撃である。一回二回は避けられても、素早さだけで全部をかわすのは不可能だった。
蘭が内心でそんなことを考えていると、三体の女性型魔物は各々が手にした遺体を蘭の前に転がした。
「完全に実力不足ではあったが、我らに挑戦した勇気だけは評価して、肉は喰らってやった」
アトラスがとても猟奇的なことを言った。蘭はにこにこするしかなかった。
「なるほどっすね。たぶん、あの世で喜んでると思います。はい」
「はーん? 人間の感覚ってぜんぜん分かんねーわ。それよっかさー」
「そうだ。前回のぶんはどうなっている。早く出すんだ」
「……」
愛想笑いを浮かべる蘭を、パズズとアトラスが急かす。ベリアルが無言のまま目のない顔で凝視してくる。
「ああ、あれですね。用意してありますから、すぐとってきます!」
蘭は慌てて背後の自宅兼仕事場へとって返す。冷蔵庫から紙箱を取り出す。中身は洋菓子なので揺らさないように気をつけつつ、再び女性型魔物の元へと急ぐ。
「どうも、お待たせしました。これが前回のぶんです」
「うおー。キルフェボンじゃんかー。イチゴかー?」
「いえ、なんか季節限定だそうなんで、桃です」
「桃! 桃か! 桃のタルトか!」
「……」
蘭が差し出した紙箱を受け取ると、パズズとアトラスがはしゃいだ声をあげた。ベリアルは表情がないのでどんな感情なのか分からないものの、そわそわしていることは分かった。
「そんじゃよー。今回のやつも頼んだぜー」
「期待しているぞ」
「あっはい」
「……」
「分かってますって」
ケーキの箱を抱えた三体の魔物はいそいそと階段を降りて行った。残された蘭は溜息を吐く。
「ああ、おっかなかった! 魔物って書いてるけど、あれ魔神だから!」
超高位の生命体であるがゆえに、魔神は一種族につき一個体しか存在しないという。種を絶やすに足る天敵がいないので繁殖の必要がないのだ。
「そんな連中と、よくもまあ取引なんてできてると思うよ」
蘭は改めて足元の遺体に目を向けた。
いまから彼らの装備品を剥ぎとらねばならないのだ。
二
蘭の本来の職業は『ラストダンジョンの最終回復ポイントの管理人』である。
ラスダンを踏破しようとする挑戦者たちに最後の休息をもたらすのが本来の仕事だ。
しかし、いつしか世間の経済状況は変化し、管理人の仕事だけではやっていけなくなったのだ。そこで蘭はラスダンに敗れて生命を落とした挑戦者たちの装備品に目をつけた。当然ながら彼らの装備品はどれもバッチバチの最強装備である。仮に中古品だったとしても高額買取間違いなしの代物なのだ。蘭は死体からガメた最強装備を闇の武器市場へと流した。もはやただの犯罪である。
どれだけ排除しようともSUPREMEやガンプラの転売ヤーが無限湧きするように、入手困難なつよつよ装備を財力でどうにかしようする人間もまた絶えない。市場では供給サイドが圧倒的に強かったのだ。結果として、蘭の奪衣婆行為は彼の懐をとても温かくした。
しかし、それは一瞬の栄光だった。
最初に現れたのはベリアルである。
その日、蘭は奪衣婆行為で手に入れたあぶく銭で骨付きサーロインを買った。いわゆる『Tボーンステーキ』である。それをBBQ用のグリルで焼いていたところ――。
「……」
「うわあっ!」
そろそろ食いごろか、と胸を弾ませる蘭の背後にベリアルが立っていたのだ。
その当時の蘭はベリアルという魔神の存在は知らない。単純に『ラスダンでエンカするヤバい魔物』という認識だった。
「えっ、あの、ええと……」
目鼻がないものの、ベリアルがグリルの中で強烈にいい匂いをさせるTボーンを凝視していることは分かった。
(こいつ、俺のステーキ肉を狙ってやがる!)
「……」凝視。
(絶対にやらねえよ! お前ら魔物はネズミやカナブンでも食ってりゃいいんだ!)
「……」凝視。
「ええと、あの、良かったら食べますか。いい肉なんですよ。みんなで食べたほうが絶対美味しいし」
本心とは裏腹に、蘭はいとも容易くベリアルの圧に屈していた。ここで選択を誤ると目の前の魔物が食べるのはTボーンステーキではなく蘭自身ということになりかねないと思ったからだ。
がっがっがっ!
と、ベリアルはえらい勢いでTボーンステーキにかじりついた。用意しておいたちょっと高いソースを全部使われた挙句、付け合わせのポテサラまで食べられた。残ったのはボーンだけだった。
「……」
最後にベリアルはこっくりと頷くと、地下81階に向かって降りていってしまった。
「嘘だろおい。まじかあいつ。つぎに顔見たら刻んでシチューにしてやる!」
するとつぎの日、ベリアルは再び現れたのだ。
今度はアトラスとパズズを伴っていた。
「……」
「ええ、なんですか! なんの用ですか!」
「ベリアルから聞いたぞ。なんでも、お前はとても美味いものを食っているそうだな」
「ウチらにもよぉー。ちょっと食わせろや。カナブンばっか食ってても力が出ねーし」
(ううっ! こいつ、味を占めやがった! 三対一という状況なら俺に言うことを聞かせられると思ってんだな)
さすが魔物は汚い、と思った。
「早く食わせるんだ。私は腹が減っているぞ」
ぐいぐい、と腕を掴まれた。アトラスの容貌は凶悪だったが、振袖の奥の肉体はふんわりとやわらかだった。ふたつの膨らみの狭間に腕を押し込められ、蘭の脳は一気に沸点に到達した。
「ベリアルにだけいいもん食わせんのはズリぃーぞー」
パズズがぐっと顔を寄せた。蘭とはニ十センチ近い身長差があるために、やや前傾姿勢である。ゆったりとしたカットソーの襟元がわずかに弛み、胸元がしどけなく開いた。そこから香る甘い女体のフレグランス。蘭の脳が溶解するのに時間はかからなかった。
「あの、ええと、昨日の肉はもうないんです。でも、オヤツだったらあるんで、いま持ってきますよ」
「ほう。オヤツか。面白い。人間の文化だな」
「早く早くぅー」
「……」
(こいつら数の暴力で調子に乗りやがって!)
それでも、彼女たちが少し暴れたら蘭の仕事場などは簡単に破壊されるだろう。蘭自身も破壊されるかもしれない。そう思うと逆らう気にはなれなかった。
「どうぞ召し上がって下さい」
と、蘭が差し出したのはカントリーマァムのファミリーパックである。
「おおー、なんだこれ超いい匂いじゃんかー」
「ふむ。見た目は堅そうなのに、中はしっとり柔らかだな。これはハマる味だ」
「……」
三体の魔物娘はよほど飢えていたのか、あっという間にファミリーパックを食い尽くしてしまった。
「美味かったなぁー。人間のこういう文化だけは侮れねぇーなー」
「戦闘のほうはからっきしだがな。くっくっく」
「……」
「あっはー。ベリアルも言うじゃねーかよぉー」
(なにを言ったのかぜんぜん分かんないけど、駄弁るのは自分たちの家でやってくれよ)
「なぁおいよー。人間よぉー」
「えっ、あっはい、なんでしょう」
「明日も来るからよぉー。なんか用意しとけよー」
「そうだな。期待しておこう」
「……」
「ええと、あの、そう言われましても。明日は特になにもないんですが」
蘭が普段食べている、野菜と干物をパンに挟むだけの粗食である。カナブンに比べればご馳走だが、それを提供してしまうと、いよいよ蘭自身の食生活に危機が訪れる。
「なに? 我らを謀ると容赦はせんぞ!」
アトラスがいきなり野太刀に手をかけた。刀身だけでも蘭の身長に匹敵する長さがある。彼女が一振りするだけで蘭のサイズは半分になるだろう。
(おいぃ! 血の気が多すぎんだろ! これだから魔物は!)
さすがにその憤慨を口にして半分になりたくはなかったので、蘭は魔物娘たちに事情を説明した。
「ほぉん。ならよぉー、新しい食材はいつ届くんさー」
「ええと。それは挑戦者しだいというか」
「ふむ。お前は人間の死体が欲しいわけだな。それも、装備品が綺麗な状態でも残ったものがいいと」
「ありていにいえばそういうことです」
自分がものすごく人非人のように思えて居たたまれない気持ちになる。するとベリアルがアトラスとパズズの肩をとんと叩いた。
「……」
「おお。たしかにそうだ、ダンジョンを探せば人間の死骸なぞいくらでも転がっているな」
「それなー。あん中からー、装備品がちゃんとしてるやつを見繕ってくればいいってことかー。さすがベリアルだな。冴えてんじゃんかよー」
「……」
具体的になんと言ったのかは分からなかったが、ベリアルがどんな提案をしたのかは分かった。
「ははは。それはよい考えです」
蘭は愛想笑いで取り繕うよりなかった。
こうして、三人の魔物娘が蘭の元に挑戦者の遺体を運び、蘭がそれを裏社会で金に換える――という物騒なビジネスが確立した。
これはそのビジネスをめぐる、時に猟奇的な騒動の物語である。
ここまで読まなくて大丈夫です。




