プロローグ 『異世界転移届』
「あー、くそ腹立つ!」
夜道。俺、町田三雄は道端に転がる空き缶を思いっきり蹴っ飛ばした。
無論、周囲に人や車がいないことは確認済みである。
こんな感情を剝き出しにしていても社会人だからな。
それにしても、あのパワハラクソ上司め………俺が反論してこない大人しい部下だからって好き放題言いやがって。
言われぱなっしは癪に障るが、言い返したら、余計に上司の怒りが爆発することは火を見るよりも明らかである。
まだ24歳と若いのに、もう人生をやり直したい気分だ。
「はあ、俺の楽園はどこにあるんだ?」
これが社会人の洗礼というものなのか。本当にお金を稼ぐって大変である。
毎日、朝の6時に起きて。身動きが取れないほどの満員電車に乗車し通勤する日々。
毎週約40時間と労働しているのに、たったの休みは二日だけ。
常識的に考えてみてほしい。
5日分の疲れを2日で心身ともにリフレッシュできるわけがない。
やばい、この世界に腹が立ってきた。
あんな上司が存在しているのも、年功序列という制度があるからだ。
自分より先に生まれただけで給料も役職も上になります、とか理解できない。
もうちょっとさ、合理的な世界にしないか。
国王やギルドからの依頼を達成したら、自分の役職が上がるみたいなさ。
そして依頼事に難易度が分けられ、その難しさに応じて報酬金も多くするとか。
そうしたら、年齢関係なく腕の立つ者が相応しい役職に就き、仕事ができる者・できない者の区別化を図ることができる。
こんな世界だったら、きっと俺は生きやすかっただろう。
しかし、この理想を現実にするには、俺が総理大臣になるしか方法はない。
そんなの無理に決まっている。
定年退職の時が訪れるまで、俺は泥水をすすり我慢に我慢をして生きていくしかない。
「やっと着いた。って、なんだこれは………?」
自宅の郵便ポストを開けてみると、見慣れない黒色の封筒が投函されていた。
封筒には『転生届』と書かれている。
「たぶん、これって詐欺だよな?」
あまりにも分かりやすいせいで、一周回って詐欺なのか分からなくなる。
程度の低い悪戯だな。
このままゴミ箱にポイと捨てたいのだが。『異世界転移届』という題名が気になって仕方がなかった。
中身を見るだけなら大丈夫だよな。
「意外と、しっかり作られてある」
スーツから寝巻きに着替え、早速、俺は黒い封筒を開封した。
文面には1つだけ質問が書かれており、それに回答するといった形式だった。
たった1つしか質問もないので、俺は興味本位で答えてみることにした。
Q.転移するなら、どんな世界がいいですか。出来るだけ詳しく回答してください。
なんの捻りもない質問だ。俺は考える様子もなく、ボールペンを走らせる。
偶然とは恐ろしい。この質問の答えを、さっきまで俺はずっと考えていた。
「よし、できたぞ」
だいたい10分が経過し、ようやく空欄を端から端まで隙間なく埋め尽くすことができた。
回答の中身としてはだな。
まず第一に、語るまでもないが実力主義であること。これが自分の求めるものの一番だ。
次に、転移や火や水、明かりを生成できる魔法があること。
光熱費や水道代、移動費というのは年間で計算すると笑えない金額になっている。
ということは、それらを魔法で完結することができたら、一円もお金を支払わなくて良いのである。
3つ目は、魔物とかエルフといった空想上の生物が存在していること。
これはただ単にRPGゲームが大好きだから、スライムやゴブリンといった生物が実際に存在してほしいという願望である。
最後に、前世の記憶を受け継いだ状態で転生すること。
過去があるから今がある、という言葉が存在するように。
もし転生できるとしても、前世での経験や思い出は忘れたくはない。
これで回答は終わりである。
「えっと………回答記入次第、拇印を押すと、転生届は正式に受理されます………と」
拇印を押したら受理される、ってどういう理屈だ?
本来、印鑑や拇印をする場所は名前の隣が多いのだが………この用紙には拇印を押すような場所が見当たらない。
それに詐欺って、個人情報を悪用するものじゃないのか。
この用紙には名前や電話番号、住所などの情報に関する記入が一切なかった。
作成ミスっぽいな。俺も資料作成時に、そういった事を何度も経験し、あのクソ上司にこっぴどく叱られた記憶がある。
案外、こういう当たり前の事って気付かないものなんだよな。凄く気持ちは分かってあげられる。
「せっかく回答も埋めたことだし、どうせなら記念に拇印も押すとするか」
あとでシュレッダーにかければ問題はないだろう。
そう考え、俺は親指に朱肉をつけ、書面の真ん中めがけて赤く染まった指先を力強く押した。
その瞬間だった。突如、自分の全身が白く光り始めたのだ。
「な、なんだこれ!?」
訳の分からない事態に、俺は気が動転する。
とりあえずだ。この現象が落ち着くまで、その場から動かないようにしておこう。
どんな時でも冷静に判断するんだ。
それがこの世界で最後に思ったことだった。白い光が消えた時、そこに俺の姿はいなくなっていた。




