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現代お茶人作家のつれづれ日々帖  作者: 久慈柚奈
2026年3月

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斜陽な茶道と、テーブル茶道

周囲に年長の友達が多いからか、「ずっと憧れだった茶道のお稽古に通いはじめました!」と喜びいっぱいにお茶の話を出すと、喜ばれると同時に、かなりの確率でこんなことを言われる。


「私も昔習っていたんだけどね、膝が(腰が、体のどこかが)悪くなって、お点前できなくなって、引退してしまったの」


これを聞くたびにひどくもったいないような気持ちになる。




社会科の授業中だっただろうか。

日本人の几帳面さを風刺するエピソードがあるとして、先生がこんな話を披露してくれたことがあった。


海外の方が、日本人を「明日ゴルフに行こうよ」と誘った。

だが日本人は非常に腰を低くしながら謝罪し、一緒にはいけないと断り続ける。彼は技術としてゴルフができるのに。

彼が同行を辞退した理由は「ゴルフウェアを持ってきていないから」だった。


「形から入る」のは日本の伝統の数々をかたちづくってきたよさであると同時に、日本の伝統をじわじわ殺していく毒でもある気がする。


周囲にいる、茶道を引退した人たちを見ていると、この逸話を思い出さずにはいられない。


お点前ができる。やり方を知っている。何年もお稽古をしてきた。道具を持っている。


のに、体の都合でお点前に必要な姿勢が取れないから、もうお点前をすることができない、と選択肢が閉ざされてしまっている。


私が「茶道に興味がある」「お稽古を始めた」と話すと、大抵喜ばれる。

若い人が興味を持ち、界隈の門を叩くのが良いこととして受け取られるのだ。

曰く、茶道の世界でも高齢化が進んでおり、周囲は高齢の先輩たちばかりだとか、点前を教えられる先生が亡くなりつつあるだとか、日本を縮めたような問題がここでも起こっているらしい。


……と、話してくれたのは50代の茶道の先輩。この方もまた身体の都合で手前の動作ができず、引退しているという。

人生100年時代、50代なんてまだ半分を越えたばかりなのに。


型が大切なのは分かる。茶道は「道」という字が入っている。武道と同じように、単なる技術習得にとどまらない。生き方そのものを包摂した、一生かかっても極められないかもしれない「道」なのだろう。


だが茶道が「総合芸術」と言われるように、茶道はお点前だけで作られているわけではない。

日本の伝統的な焼き物たち。茶室に飾る花々。それを活ける花器。茶室という日本建築。床の間という空間と、そこに掛ける軸。

着物を着るとなお雰囲気良し。


茶道をきっかけに華道を、日本画を、習う人もいると聞く。茶道に全部集まっている、あるいは茶道への興味から日本文化へ興味が広がる可能性を持っている。


それなのに「正座ができなくなった」というだけの理由で茶道から距離を取らざるを得ないなんて、あまりにも狭量すぎるのでは?




それとも私がこんなふうに思ってしまうのは、私がまだ茶道を始めたばかりの、型に思考をはめていない初心者だからで、まだまだ我流でお点前を楽しんでいた時期の方が長いからなんだろうか。


本格的に茶道の道に入る前に、『テーブル茶道』というものを取り上げた本を読んだ。


現代の日常生活の中でも茶道のエッセンスを抽出して気軽に楽しめるように考えられた、お気軽なお点前である。

着物がなくてもいい。

抹茶と茶筅だけあればいい。

こだわりたくなったらお茶碗とか買えばいい。

そういう、気軽で優しい雰囲気を纏った一冊だった。


茶道は海外からも注目されているが、海外の方は不慣れゆえ、長時間の正座は難しい可能性もある。だからテーブルの上で茶が供されることもあろう。


テーブルの上で供しても茶道を「茶道」として紹介できるのに、かたや振り向いて日本人には「正座ができないなら茶道はもう無理」という雰囲気のままでいるのだろうか。


これから高齢者がますます増えていく。身体的な理由で正座や床座が難しい人も、伴って増えていくだろう。

身体的理由で人を弾いていく・自主的に身を引かねばならない雰囲気があるというのは時代に逆行している感があるし、茶道という、海を越えれば大勢に注目されている総合芸術の息長い存続にとっても不利なのではないか。


正座ができなくなっても抹茶は点てられる。培ってきた技術や知識は無くならない。


ふすまを開ければもっといろんな人がお茶室に入ってきたがっていると思うのだが、どうなんだろうか。

初出:2025年note(記事をこちらにお引越ししました)

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