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現代お茶人作家のつれづれ日々帖  作者: 久慈柚奈
2026年2月

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ぶっつけ本番派の僕、茶会スタイルの稽古を経験してみたい〜

現在は、茶道の「稽古」と「茶会」「茶事」は別のものです。


しかし茶道の歴史を扱った本によれば、昔は両者の間に区別はなかったといいます。

タイムスリップできないし茶道史に詳しくないから、これは推測ですが。

利休の弟子たちは亭主役(というか亭主)として尋ねてきた利休に懐石や茶を出し、利休は点前の流れの中で、口を出したり出さなかったりしたのではないでしょうか。

本番さながら、名物を持っているなら名物を使って、師匠を招いた茶会として稽古の時間をもつ。


もしもそうだったのなら、かなり定期的に顔を合わせたであろう師匠と弟子の間柄で「一期一会」の精神を保てていてすごいなって思います。遠くの人ともオンラインで繋がれてしまう現代社会に生きる私なんて「ま、どうせ来週も会えるだろうし」って気持ちをだらけさせてしまいそう。争いの絶えなかった戦国時代ゆえの価値観でしょうか。毎週、決まって顔をあわせることができることさえ貴重?


現在は「稽古」と「茶会・茶事」ははっきり分かれているし、稽古はいつか亭主を務めるかもしれない、茶会のためにあるものです。とはいえ現代においてはさまざまな理由から、稽古止まりの人、亭主未経験のお茶人も多いと聞きますが。


稽古なら、間違ったとて先生からご指導をいただくだけですが、本番である茶会ではそうはいきません。私は小学生の頃ちょっとだけ劇団に所属していたことがあるのですが、普段の稽古と公演の練習、会場に入ってからのリハーサルの、空気に混じる緊張感と真剣味の違いはいまだに覚えています。私はまだ茶会の亭主をしたことはありませんが、きっと稽古から茶会へ移っていく時は、ああいう緊張感を味わうことになるのでしょう。


現代の流れがそうであることは理解しつつも。


しばらくの間でいいから、本番とひとつづきの、利休の頃みたいなスタイルの稽古も経験してみたい。

私は本番志向なのです。身の丈に合わない背伸びをしたくなる、と言い換えてもいいかもしれませんけれど。

テスト勉強は家族を巻き込んでクイズ形式の方が燃えます。一人で黙々とやるのが向いてない。一人でテスト勉強するとダレるから。

それよりも、他者の面前で成否が出て、「自分はこんなこともわからんのか」ってちょっとだけ恥ずかしい、悔しい思いをしながら覚えたい。それを重ねていってできるようになり、「正解が増えてきたな」って手応えを感じたい。そういうタイプでした。


今は資格とるときくらいしかテスト勉強しないし、中学のとき明光義塾にお世話になったあたりから一人での勉強の仕方を教わったから自力でも頑張れるようになりましたが、私の背伸び癖はまだまだ健在。ゲームの難易度で背伸びしがちな最近です。


雁の群れじゃないけど、自分の「できる」からちょっとだけ高いノルマの方が、やる気が出るんです。高すぎるとすぐ萎えるけど。

だからもし茶道も、本番さながらの雰囲気の中練習できる機会があったら、私はめちゃくちゃ身を入れて取り組めるだろうなって思います。

多分、誰にでも合う方法じゃないし、もしかしたら私も「ちょっとヘビーだな。もっと気楽にやりたいな」って感じる時が来るかもしれないけれど。


ちょっとした妄想。

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