先生!建水忘れました!!
茶道とは「道」であり、人生をかけて歩き続ける道であるという。
で、あるからには身に付くものはお点前の技法や所作だけではなく、人となりや人間性の成長も促される機会に溢れている。と常々感じる。
先日の稽古で、こんなことがあった。
初めての立礼の稽古。道具の置き場所や座り方はいつもと違うけれど、お点前の流れ(やること)はいつもと変わらない。
私より先にお点前の順番がきて次々にテンパっていく同輩あるいは先輩をみて、「そこまでテンパるか…? 私の方がデキるかも」なんて、よくない驕りを育ててしまっていた。
よくないなと思いつつも、もともと自己肯定感の低いところから出発している私にとってこれは越えねばならぬ課題で、人生の折々いろんなところで顔を出してくる。まさか茶道の場でも「人よりできる私の方がすごいでしょ」マインドに遭遇する機会があるとは思わなかった。
……そしてこういうときに限って、一番えれぇ失敗をするのが私なのである。
いざ立礼卓に向き合った私は、お点前の流れが頭からすうっと消えていくのに気づいたし、何なら茶筅通しをしたお湯を捨てようとして左下に目をやったら建水がなかった。
あろうことか建水を忘れたままお点前を始めたのである。
終わりだ。
別に厳しい先生じゃないから、叱るでもなくユーモアでカバーしてくれるでもなく。ちょっと傷つくレベルの無反応。我が茶道部はカルチャースクールの文化祭的なやつで茶席を設けるらしくて、立礼の練習が始まったのもお茶席のため。いつもと違う卓とパイプ椅子を並べてのお稽古にみんな緊張感のある雰囲気だし、本気で、入る穴を掘るところからやりたいと思った。やらせてください。
望むと望まざるとに関わらず、天狗になると直後にひどいしっぺがやってくるものである。今回は練習の場だし、私がその場で一番若いからチャーミングなミスとしてみんな許してくれたかもしれないけど。
これから年齢が上がっていったらそう気軽に許してもらえる場ばかりでも無くなっていくんだろうな、嫌味な人間性見抜かれちゃうんだろうな……と思うと、機会を見つけてやすやす伸び始めてしまう我が天狗の鼻を何とかして人間に戻したい! と切実に思うのである。これから付き合い方をちゃんと考えていかないといけないな。
このように、茶道は人間性も鍛えられます。という話。




