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現代お茶人作家のつれづれ日々帖  作者: 久慈柚奈
2026年2月

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おばあちゃんちに湯呑みいっぱいあったの、なんか分かる気がしてきちゃった

おばあちゃんちに帰省すると、無性に湯呑みがたくさんあることに気づく。食器棚のうちの一段は湯呑みで埋まっている。

見事なまでにほぼ全てが湯呑みで、取っ手のついたマグカップは片手で足りるくらいしか含まれていない。

そして湯呑みは取っ手のない、そのシンプルな形ゆえに、棚にいっぱい入ってしまうのよな。



とはいえ、おじいちゃんおばあちゃんは老人二人暮らし。

どう見たって、その湯呑みを全て使っているようには見えない。

仮に1日1回しか皿を洗わないとしても(二人はそういうスタイルではないのだけれども)、毎食後に別の湯呑みを出してお茶を飲んだって湯呑みは6個あれば足りる。棚にはそれ以上ある。

親戚が集まった時に必要? 主だった親戚を顔を思い浮かべるんだけど、明らかに湯呑みの方がたくさん並んでいて。


なんで、こんなに湯呑みいっぱいあるんだろう。いくらなんでもあり過ぎじゃないかな……?


実家と自室を「片付け祭り」して、おかげさまで散らからない部屋に住まうようになった私には不可解だった。ときめくなら堂々と取っておいたらいいけど、湯呑みの話題になってもそこまで愛着のある道具のようには見受けられない。別々に暮らしているのだし、おばあちゃんの湯呑みは私にとって他者のものだからとやかく言う権利はないけれど、「不思議だなぁ」と思っていた。



今、うちには私の湯呑みが3つある。

大好きな親戚から譲り受けた緑茶用の湯呑みも、私が受け継いだから私のものとカウントすると8個になる。

……あれ!? 気づいたらおじいちゃんおばあちゃんの家と同じ道を歩みかけているようだ。

とはいえ「じゃあどれか手放そう」と思うか? というとそうではないので、「嗚呼……」とだけ呟いて語彙力を失いながら、私は気に入った湯呑みたちをしまうべく狭い食器棚の中を工夫する。


だってひと口に言ってしまえば「湯呑み」なんだけれども、一つひとつ風合いがあったり素敵だったりして、ときめくのだもの。

どうしても人にやったり、手放したりしたくないんだもの。


手に馴染む重さが好きだったり、口当たりの薄い飲みやすさが好きだったり、デザインに惚れていたり。その湯呑みを「好き!」と思うポイントが湯呑みの数だけあるから、全部取っておく以外の選択肢にならないし、なりたくない。


一度はミニマリストを極めた私の元には、元来の物好きが芽を出し始めて着々とモノが集まり始めている。

実は私、マキシマリストだったの。

何もかもたくさんあればいいとは思わないけれど、あれもこれも好き。

子どもの時より心身のキャパも広がったし、「使わないなら捨てる」とか脅してくる親ももういない。私は私の好きなものを、私の責任で集めることができるんだ。


そう思ったら、ときめく片付けメソッドからあえて逸脱して。ヒト一人にお口は一個だけど、湯呑みが3個も8個もあったっていいじゃないかと思えてきた。持つたび、飲むたび、幸せになれる湯呑み。

あれを使いたいから、お茶でも飲もうか。

そう思えるって、めっちゃ幸せなことなんじゃないだろうか。

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