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現代お茶人作家のつれづれ日々帖  作者: 久慈柚奈
2026年1月

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自分が「素敵」と思ったうつわを使えばいい

茶道具の系統の、守備範囲の広いこと。


みるからに「侘び寂び」を代表しているような、土のざらついた、あるいはたくさんの手を渡って滑らかになった肌の陶器から、つるりと釉薬のかけられた焼き物。無地のもの、絵が描かれたもの。丸い、四角い、独特な形。


私はお抹茶を点てて10年ほど経つけれど、10代から20代をまたぐ、茶道人生とすればまだ短い方である期間のうちにも、好みの変化が起きていることを感じている。


最初は、言ってしまえば「わかりやすく」綺麗な茶道具が好きだった。

華やかな絵が描かれた、薄くてまあるい茶碗。綺麗な(なつめ)

多分、当時から炉縁の存在を知っていれば、煌びやかな蒔絵の施されたものが欲しくなっていただろう。………うちに炉、ないけど。


今は転じて、もうちょっと侘びたものが好き。

雑に焼き物で言ってしまうと唐津焼とか京焼とか。無地の萩焼も好きだ。

去年、全国の焼き物が集まる陶器市に行った時には、「萩焼」の表示を目指してまず突き進んだ。

今は織部焼の茶碗とか欲しいなと思っている。詳しくないけど……織部焼? 織部焼風の美濃焼? わかんないけど緑の釉薬がかかった部分のある、ツルッとしたやつ。


昔からある茶道の本では、若いうちは華やかな道具をどんどん使うといい、って書かれているらしい。

逆に老いてから華やかな道具ばっかり愛好していると、「浅い」んだそうだ。

かといって若いうちから侘びた道具ばっかり愛好するのも、深みがないと捉えられるらしい。


………とはいえ、今は多様性の時代。

自分が好きな道具をどんどん使えばいいじゃない! と思っている。

茶道人口の減少や、ご実家の整理で良い器を手放す人が増え、茶道具はリサイクルショップに行けば思わず二度見してしまうくらいの格安で手にいれることさえできる。

私はこれから「普段飲みの気軽な抹茶」を広めていきたいと思っている人だから、その格安で売られている茶道具や日本の伝統的な「良い」作りのものの価値を残らず上げていきたい。安く買うなら今ですよ。


自分の年齢に関係なく、自分の心が動いて「これを使いたい!」と思えるものをどんどん使ったらいいじゃないかと思うのである。


好みなんて人それぞれなんだし。


ゴスロリって若い人が着るものと思われがちだが、以前ネットで、真っ黒なロングドレスロリを着こなす白髪の婦人をお見かけしたことがある。その、貴婦人みたいな風格のすごいことと言ったら。

あれは若い人には出せないと思う。

着物も、年齢によって似合う色合いや柄が変わってくる。そこに「好き」を混ぜると「その人らしい着こなし」になる。

それは「年齢」であって世間の尺度的な「年代」じゃない。日本人はただでさえ童顔だし、顔立ちや体格の老い方、外見年齢は人それぞれだからだ。


茶道具だって同じことで、「若いうちは」とか「老成してからは」は、単なる目安でしかない。

それに囚われすぎて身の回りをときめかない道具で埋め尽くしてしまったら、お茶の楽しみがものすごく減ってしまう気がする。お茶を楽しみたいし、茶会を催すなら客にも楽しんでほしいはずなのに………。亭主が楽しんでいなかったら、きっとお客も心から寛いだ気持ちにはなれないと思う。


今目の前にあるうつわや道具だけじゃなく、好みの変遷全部を見たらきっとその人の辿ってきた道になる。

たまにそれを辿ってみることも、お茶の楽しみのひとつかもしれないじゃないか。

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