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現代お茶人作家のつれづれ日々帖  作者: 久慈柚奈
2026年1月

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迎える古物、すれ違う古物

少子高齢化が進み、人々の家が日々狭くなっていく昨今。

オークションサイトやフリマアプリで「実家の片付け中」と題して古い素敵なものたちが出品されているのを見ると、危機感に襲われる。

「この素敵なものを、ゴミとして一番悲しい処分の仕方をされる前に助け出してあげなきゃ!!!」

そういう焦燥感にも似た感情で、自分の財布を睨めっこしたり、しまい場所を考えたりするのである。

けれどもこの世に溢れている素敵なものを全て買い集める財力も保管できる場所も持ち合わせてはいないわけで。

加えて私が心ときめいた「素敵なもの」と同時に、私にとっては心ときめかなかったけれど、別の誰かにとっての「心ときめくもの」になるモノも無数に存在する。モノとの出会いは恋と一緒だ。

大勢に愛される「モテる」品もあり、周りからすれば「それのどこがいいの?」と思ってしまうような品もあり。


そういう出会いの中で、せっかく心ときめくものに出会えたとしても、その時の都合や事情が悪くておうちにお迎えできないこともある。この世の不条理。

これは人と人との出会いに似ているのかなと思ったりした。


出会う人全員と友達になるわけではない。

挨拶をするだけの人や、すれ違うだけの人がいる。

これをモノとの関係に置き換えると。

一生ものの親友レベルが、長く連れ添って愛用しているモノたち。

めちゃくちゃ気に入って買ったけれど、時間が経ったら自分にとっての魅力が減じてきてお別れをすることもある--ものが、友達レベル。

店頭で「あ、これいいな」とちょっと手に取って、購入しようか検討したのが、顔見知りレベル。

目で見て「あ、素敵」と思ったのは、すれ違う誰かの持ち物や服装を「あ、素敵」と思ってチラと眺めたのに似ている。

全く目に留まらないモノは、「街をゆくその他大勢」の人間たちと同じ。

特に古物、骨董品、ヴィンテージ品は、その希少性や積み重なった歴史の重さから、より人間に近い関係性を築きやすいモノであるように思われる。現代の大量生産品とは違う深みがある。

現代でも、うつわや着物に「作家もの」と呼ばれる数限られた品やハンドメイド品があるけれど、ヴィンテージ品が纏うのとはまた違った雰囲気を持っている印象だ。


私の目に留まって、心をときめかせてくれたモノとはきっと縁がある。

けれどもその時、その場所で買うことができないのもまた、縁なのだろう。素敵だと思った人間全員と交際できるわけでもない。人生はちょっとしょっぱい。

だからこそ、ときめいて、うちに迎えることができた親友レベルのモノは大切にしていきたいし、そこにモノとの関係の真理と呼べそうな何かがあるんじゃないかと思った。


ヒトは「ヒト」と「ヒト」の間に生まれるから「人間」と書くが、そんなヒトの手から生み出される「モノ」という存在もまた、ヒトの手から手へ受け渡されていくという過程の中で「ヒト」らしさを付与されていくのかもしれない。

それがヴィンテージ品はじめ古いものの持つ、「深み」の主成分だったりして。

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