雨降って地固まる。皿割れて風合い増す。
金継ぎって、あまりにしても最強の技術じゃないだろうか。
前々から「良いなぁ」と思っていた技術なんだけれど、茶道を習い始め、古いうつわの情報に触れるようになってから、一層その思いが増している。
割れた器を繋ぎ合わせ、変わらず使い続けられるようにする技法。
金継ぎについて最初に理解したのはそういう概要みたいなことで、確か「江戸時代は現代よりエコだった!」みたいな文脈の中での出会いだったから「へえ、すごいな」と思うに過ぎなかった。
次に高級ホテルかどこかの特集で、飾ってある大皿を歴代のスタッフが大切に補修しながら飾り続けていると取り上げられており、そこで使われている補修技術も金継ぎだった。ホテルスタッフが金継ぎまで習得しているとは、凄すぎる。職人に頼むとかじゃないんや……ってなった。現代にも引き継がれている技術だった。
そして素敵な街に引っ越したら、地元の陶器屋さんが金継ぎを引き受けているらしいと知った。
料金に興味が湧いて調べてみたら、金継ぎした事例が紹介されているページが出てきた。
そこには私がイメージしていた「いかにも古いお皿」以外にも、スタバの白いマグカップをはじめ、現代の、あるいは洋風の、うつわも掲載されていて驚いた。
あ、和食器じゃなくても継いでくれるんだ。
しかも、チェーン店のカップでも。
漠然としたイメージ。金継ぎって便利で、エコで、でも和食器とか歴史あるうつわのためのもので。ちょっと敷居が高い……。
全然そんなことないらしかった。
大切なお皿を、普段使いする心のハードルがグッと下がった。
決して雑に扱うわけじゃない。でも人間、暮らしていればどんな事故が起こってお皿が被害を受けるかは、わからない。
うっかり手が滑るかもしれない。うっかりどこかにぶつけてしまうかもしれない。
ある日地震か他の天災が起こって皿が床めがけて落ちていってしまうかも……。
ヒューマンエラーってどうしても防ぎきれない部分があって当たり前なんだという。天災もまた、然り。
じゃあ大切なものは、出さず使わずしまっておけというのは、でもちょっと寂しい。
日用品として作られたモノは「日用(普段使い)」されてこそ輝くものだと思うし、気に入って手元に来たモノなら、なおさら使いたい。その方が嬉しいから。
金継ぎという技術が存在することを知っていれば、「もし、壊れたら……」という恐れがちょっと減る。
お金を作って、継いでもらえばいいから。
歴史の中で受け継がれてきた茶道具の中には、金継ぎの後がいくつも残っているものもあるという。
しかも継がれていることが「風情」として捉えられ、価値が向上することもあるのだとか。
資本主義の中では新しいものを買うことが正義だから、ひとつのものを大切に使い続けることは「貧乏くさい」とみられたりもする。
けれども積み重なる環境問題や人類の価値観の変化などで、「使い続ける」ことの大切さも見直されつつあるんじゃないだろうか。海外でも金継ぎ、流行っているみたいだし。
つなぎ続けて使い続けていることは、貧乏だからするんじゃない。
大切な器と一緒に暮らし続けたいからするんだ。
これは割れちゃった跡だけど、この金色の線(銀継ぎすると銀色の線ができるらしい)は一緒に暮らし続けていることの証。これからも大切に使い続ける……。
そんなふうに思えたら、素敵だと思う。
ちなみに「金継ぎ」って多少なりとも金を使うし、補修された皿は全然「貧乏くさく」なんかないと思う。修理依頼すると普通にお金かかるので。
習い事、技能としての「金継ぎ」も広まり始めていて、金継ぎを習いに行ったり、Amazonで金継ぎキットが売られていたりするけど……。私は多分、必要になったら技術ある人に依頼すると思う。
私が調べた依頼料と、金継ぎキットの価格がほとんど同じなの笑。
だったら初心者である私が、お気に入りの皿をおっかなびっくり継ぐよりも、もっと熟練した人に頼んできちんと仕上げてもらいたいと思ってしまう。いつかは金継ぎも習得できたらなと思うけれど、一発目に自分のお気に入りの皿で実践するのは流石にリスクが大き過ぎだ。




