BEANS入会試験編 ――弐
「......A級以上の”魔”を二匹、B級以下の”魔”を八匹討伐する、だ」
稲生はそう言った。
「......それって」
ごくり、と息を呑む水森達。
そして彼等は、一斉に口を開いた。
「めっちゃ難しくないですか!?」
「「そんなに簡単でいいんですか!?」」
きれいにハモる......かと思いきや、水森以外の二人は全然違う言葉を発した。
......それもそのはず、S級の能力者というのはつまり、A級の”魔”程度であれば普通に勝利することができるほどの逸材なのである。この二人にとってはこの程度の試験、朝飯前だろう。
しかしよく考えてみて欲しい、一般的な新人はD〜B級が限度だ。E級からC級程度の”魔”に勝利するのがやっとの新人に、いきなりA級の”魔”を二匹倒してこいというのがおかしい話なのだ。この二人が例外すぎるだけで、水森の反応が普通なのである。
稲生はと言うと、そんな水森たちの叫びを無視して、説明を続けた。
「”魔”の級は簡単に見分ける方法がある。今から君たちには実際に街に繰り出してもらって野生の”魔”を狩ってもらうんだけど、級が見分けられなかったら元も子もないからね。そんでその見分け方なんだけど、」
ここで稲生は、ホワイトボードの文字を消し、改めて書き直した。そしてそれをトントンと叩きながら、
「こうなる」
と言った。そこには、こう記されていた。
『猿でもわかる!”魔”の級見分け方講座!!
①”魔”がぐちゃぐちゃで何の形もなしていない →E級
②”魔”が生き物の形をなしていないが、ぼんやり何かの物体に見えなくもない →D級
③”魔”が生き物の形をなしていないが、ぼんやり生き物っぽい形をなしている →C級
④”魔”が何かしらの生き物の形をなしているが、それは人ではない →B級
⑤”魔”がほとんど人の形をなしている →A級
⑥”魔”がほぼ完璧に人の形をなしている →S級
⑦”魔”が完璧に人の形をなしており、どこか体の一部分に痣がある →SS級』
「なるほど......」
その内容を必死で頭に叩き込む水森。といっても、見分けられたとしても勝てる保証がないのだが。
「うし、説明終わり!なんか質問とかはあるかい?」
稲生が言い、神守がはいっと元気よく手を挙げる。
「どうした、神守?」
「あの、試験の様子って稲生さんたちはどうやって見るんですか?」
ああ、と納得したように稲生が言い、
「それは俺の権能の一個『不死戦士化』を応用して不死戦士を大量に作って、そいつらと俺の視界を接続して観察する。だからもし危なくなったら、俺の不死戦士たちが助けてくれるって仕組みだ」
「なるほど〜!」
へぇぇ、と感嘆の声を挙げる神守。
ちなみに、ここまで精巧に自らの能力について理解し、それをここまで応用させられる能力者は稲生くらいのものである。それだけやはり強い人物なのだが、新人たちはそんなこと、誰も知る由もないのだった。
「あ、ごめん後一個だけ補足させて。......みんあ、これを」
稲生がそう言って、何か小型の機械を3人それぞれに手渡す。
「なんですか、これ?」
神守が不思議そうに、手元の機械を見つめる。それにはアンテナのようなものが生えていて、スピーカーやマイクらしきものもくっついている。
「稲生特製、小型通信機だよ!例えば『試験をクリアした』とか『きついから救援頼む』とか、そういう連絡を3人で常に取り合ってもらう。命がけの仕事とはいえ、試験段階で死んだら元も子もないからね」
(なるほど......!)
たしかによく見れば、トランシーバーのような形をしている。如何にもそれっぽい感じに、またワクワクしてしまう水森であった。
「他、質問は?......ないね、よし、それじゃあ諸君、行っておいで!」
稲生の一言で、三人は一斉に部屋を飛び出した。
「俺が一番にクリアしてやる!」
「いやいや、勝負じゃないんだからさ。まぁ勝つけど」
「くっそ、なにか言いたいのに何もいえねぇ!実力差が辛い!」
それぞれ三者三様に言葉を発しながら、街へと繰り出すのだった。
* * *
「......あと、9匹......」
説明から30分が経過した頃。水森はようやく一匹目の”魔”を倒し終えて、水を飲んで一息ついているところだった。というのも、水森が手にしているのは2リットルのペットボトル。到底1人で飲みきれる亮でもないのだが、水森の能力である「人魚姫」は体内の水分を使用するため、常人よりも遥かに多い水分量を摂取しなければならないのだ。
「よし、そろそろいくか」
独りごちると、水森はようやく腰を上げた。
”魔”との遭遇は、いつだって突然に起こるものだ。
「おっ、と!」
間一髪で、水森は突然飛び出してきた”魔”の攻撃を躱す。
その”魔”は、よくよく見ると猫に見えなくもないような、不思議な姿をしていた。
「C級の”魔”ってとこか。――俺が本当にD級なら、勝てない相手、......だけど」
ぐっと身構え、大きく跳ぶ。
「絶対に倒して、評価ごと変えてやる!」
叫びながら、水泡をまとわせた拳で”魔”に殴りかかる。しかし”魔”はそれを、軽々と躱してみせた。
「なら!――”人魚姫”!」
水森はすぐに身を翻し、「水硬化」「水圧上昇」により水刀刃を創り出して、再び構えた。
”魔”は爪のようなもので、水森に切りかかってくる。
(ここは――”待ち”)
水森は、居合のような構えをとり、”魔”が飛びかかってくるのをただ待った。
「”’%#&!!」
”魔”が奇声を上げながら、水森の間合いに到達する。
(今!)
素早く水刀刃を抜き放ち、”魔”を――両断した。
「勝った、んだよな......?」
こわごわと”魔”を見やる。”魔”の肉体は既に崩壊を始めていて、もう生き返ることはなさそうだった。
「――しゃ!」
ガッツポーズを取り、快哉を叫ぶ水森。
「なんだ、案外あっけないな?もしかして俺、本当はB級くらいあるんじゃね?」
呟きつつ、歩みを進める。
その時、水森の胸元が、わずかに震えた。
「――っと!」
慌てて立ち止まり、胸ポケットからそれを取り出す。
例の通信機、だった。試験に臨む際、同期3人で常に連絡を取り合うように指示され、稲生から渡されたものである。
「もしもし、水森だ」
すぐに口元にマイクを当て、通信機の向こうの誰かに声を掛ける。
『俺だ、”マジックナイト”だ、”マーメイド”』
「あっ」
水森はすっかり失念していた。
『全く、迂闊に外で自分の本名を言うもんじゃないぞ。次から気をつけることだ』
「......あ、ああ、悪い」
そう。この人間社会では、人間が善であり、能力者は悪なのである。加えて、国家情報として、能力者として生まれた人の名前などは全てデータとして保存される。無論、それを全て記憶している人間のほうが稀なのだが、万が一ということもある。その点、偽名であれば、少なくとも本名がバレることはないし、使っている通信機がトランシーバーのような中二心溢れるものであることも相まって、中二病をこじらせてスパイごっこをしている......ように、端からは見えなくもない。よって、外で本名を口にするのは、能力者としては禁忌なのである。
「それで、どうしたんだよ、”マジックナイト”?」
水森が尋ねると、
『ああ、そうだったな』
思い出したように、さらっととんでもないことを言った。
『俺の方はもう試験をクリアしたから、この周辺の”魔”はだいぶ数を減らしてる。神守の方も終わったって報告がさっきあったから、それを伝えておこうと思ってな』
「なっ!?」
一瞬驚く水森だったが、
(......まあ、S級超えのバケモンだしな、こいつら)
すぐに思い直して冷静になったのだった。
「......えっと、よかったな。俺はもうちょっとかかりそうだから、もし救援が欲しくなったらまた連絡するよ」
『ああ、そうしてくれ』
そうして、通信は切れた。
「さて。......と」
水森はそっと通信機を胸ポケットにしまうと、――ゆっくりと、後ろを振り返った。
「......おい、そこになんかいるんだろ」
(通信中、ずっと感じていた)
物陰から、それが鎌首をもたげ、ゆらりと姿を現す。
(......明らかにやばいやつが、近づいてくる気配)
水刀刃を構え、水森も戦闘態勢に入る。
(マジックナイトの野郎を呼ぶか悩んだけど。......でも)
やがて、それが、完全に姿を見せた。
(俺は俺の力だけで、こいつを倒してみたい。俺は強くないといけない)
水森は必死に自分に言い聞かせ、水刀刃を握る手に一層力を込める。
(強くないといけないんだ。――あいつのために)
その”魔”は全身に影を纏い、その影が頭と腕らしきものを形作っていた。
――”魔”がほとんど人の形をなしている→A級
A級の”魔”の出現だった。
そしてその脅威は、今の水森を簡単に屠り去るには、十分すぎるものだった。
次回、「BEANS入会試験編 ――参」。
BEANS入会試験も終盤に差し掛かる中、A級の”魔”に遭遇してしまった水森。その強大な力に圧倒される中、水森がした決断とは――。




