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ネズミの魔女がいなくなれば、果たしてこの町はどうなるか

この町に住み着いて何年になるだろう。


私は魔女としては実力も美貌も凡庸だったが、使い魔を操る才能には秀でていた。

それが、私の唯一の自慢であり、生計でもある。


「あらあら、今日もご苦労様。皆も休んでいいわよ」


夕方。

私が労うと、集合した彼らは思い思いに返事をする。


『お安い御用っチュ』『一休みするっチュ』『ハーメリア様はお優しいっチュ』『まんぷくまんぷくっチュ』『今日の仕事も終わりっチュね』『チュチュチュのチュ~』


私が使役する、無数のネズミさん達。

一見、群れのように見えるが、この集団そのものが一体の使い魔なのだ。

群体という性質で、一匹一匹に個性やわずかな差異はあるが、基本的に全ての個体は意識を共有している。


私は、そんな彼らに、この町の地下から発される『悪い力』を食べさせている。

それによって、この町を中心に広まる病が流行るのを防いでいるのだ。


昨日も、今日も、そして明日も。





と思っていたのもつかの間。





「もうあんたの力を借りることはない」


新しく町長になった太ったおじさんが、たくわえた髭をさすりながら、私にクビを告げたのである。

説明もなく呼びつけておいて第一声がこれとはね。


「これからは、こちらの『清水の聖女』様がこの町を守ってくださるのでね」


魔女などに頼ることもなくなって清々した、と、新市長の晴れやかな顔には、そう書かれていたように見えた。


「そういうことですので、荷物をまとめて立ち去ってくださいな」


静かできれいで、そして冷ややかな声。

こちらを見下してるのを隠しもしない、美しい顔。

とても聖女らしくない、下品に勝ち誇った態度だった。


「それと、あの不潔な獣どもも一匹残らずな。あんなドブネズミが町にこれ以上居座るのは我慢ならんのでね」


そのネズミさん達に助けられてきたのがあなた達でしょうに。


「安心なさって。仮にこの方が汚ならしい使い魔を忍ばせていたとしても、私の『清水』ならば、町の地下の浄化ついでに滅ぼしてしまいますから」


「おお、流石ですな! はっはっは!」


「うふふふふ」


「そうですか。お役御免ということですか。では、これまでですね」


笑ってる二人からの返事を待たずに、町長の執務室から私は退席しようとして、


ぴたり


扉の前で足を止めた。


「ところで、前町長さんから、私との契約や町の地下について、詳しくお聞きになりましたか?」


「ふん、知らんね。聞こうにも、私が新たに町長として選ばれた直前に、急な発作で亡くなったのだから聞きようがない。もっとも、聞いていたとしても、この判断は覆らんと思うが」


「なるほど」


「わかったら今度こそ立ち去りたまえ。人を呼ばれぬうちにな」


「そうですか。ではお元気で」


一度も振り返ることなく、そのまま執務室を出て、何年も暮らした我が家へ。


自分で建てたのではない。

前の町長が用意してくれた住居だ。


さほど多くない荷物をまとめ、居間で「バイバイ」と告げて、後にした。

もう、ここに戻ることはないだろうから。

今までありがとう。

さよなら。



町を出る途中、数少ない知り合いに声でもかけていこうかと迷いながら歩いていると、思いがけない悪意にさらされた。


「よくも今までのうのうとこの町にいやがったな。へっ、ついに追い出されたか」


「あたしは前々から気に入らなかったんだよ、あんたのことがね」


「ネズミ臭い魔女め。やっと消えてくれるのか」


「そのままどっかで野垂れ死にしちまいな」


知らない顔や、知ってる顔から聞こえてくる、多種多様で不快な音。

一人や二人ではない。

大勢の町の人が、私を罵倒や侮辱してきた。

兵隊さんや神官さん、幼い子供、さっき別れの挨拶をしようか考えていた知人までいる。


この町に、こんなにも私を敵視する人がいたとは。

距離を置かれていたのはなんとなくわかっていたけれど。

……なんとなく、あの新町長や聖女が関わってる気もするが……いや、どうでもいいか。

今となっては些細なことだ。


石や卵を投げつけられるのも嫌なので、そうなる前に、気持ち足早に路上を歩き、町から立ち去った。



ある程度離れ、町とその外壁が小さくなる頃、私のチューチューちゃん達がそこかしこから姿を現した。


『大変っチュ』『燃えてるっチュ』『こんなところにいたっチュね。良かったっチュ。探したっチュ』『散歩っチュか?』『それどころじゃないっチュ。おうちが燃やされてるっチュ』『町の人達の仕業っチュ』


「そうだったの。心配させたわね、皆」


やりそうな気はしたけど、そこまで憎まれていたとはね。


言われてみると、町から何やら狼煙のような煙が上がってるようにも見える。


『聖女とか言われてた女が命じてたっチュ』『とんでもない女っチュ』『悪女っチュ』


どうも、あの女は私の痕跡を跡形もなく消したいらしい。

それにしても町の人を扇動して焼き払うなんて……狂気に片足突っ込んでる気がする。

やはり即座に町を離れたのは正解だった。


『困ったっチュね』『これからどうするっチュか』


「行くのよ」


しがらみはもうない。

前の町長さんとの契約は反故にされた。



・安住の地と穏やかな生活を約束する代わりに、町の地下に溜まる災いを、私の使役する災いに毎日喰らわせる

・なぜ災いが溜まるのかについては、地下に古代遺跡があるせいらしいが、詳しい因果関係はわからない

・そのおかげでこの町一帯は善き力が満ち、肥沃な土地となり、豊かな穀倉地帯として栄えている



これが、契約と、町の秘密だ。


災いを鎮める儀式を行っていた老齢の神官が病に倒れ、前町長が慌てふためいていた頃、どこかに腰を据えたいと思ってた私がたまたま町に居合わせた。

藁にもすがる思いで魔女である私に依頼をして、見事にどうにかしたので、前町長は私と正式な契約をしたのである。


『どこに行くっチュ?』


「さあ? どこでもいいわ。あてのないまま気の向くままに進みましょう」


後ろにたくさんの小さな配下を引き連れ、私は、まだ見ぬ新天地を求め、とりあえず近場の町へと向かうことにしたのだった。





──それから、各地の町や村で細かなお仕事をこなしながら旅を続け、一年後、お隣の国でようやくポーション作りの職についた頃、とある町が滅んだと噂に聞いた。


清らかな水を操る聖女が、その町にかけられた呪いを解こうとしてしくじり、何度やっても上手く行かず、それどころか町そのものが水に飲み込まれたという。


「その聖女さまはどうなったのかしら」


そこは気になるところだ。

あの性格ならさっさとどこかに高飛びしてもおかしくないが。


噂好きで知られる、三十代半ばな女性の雑貨屋さんは、私の耳元に顔を寄せ、手で隠しながらこう言った。


「かろうじて残った町の生き残りに、人柱にされたらしいわよ。重石に鎖で縛り付けられて、湖と化した町の真ん中で、小舟から落とされてドボンと」


「それで、効果のほどは?」


「さあ? 結局ただの腹いせだったんじゃない? そんな乱暴なやり方で成り立つわけないだろうしね。まあ、どっちみち自業自得でしょ」


どこまでホントか疑わしいけどねと、私のお得意様はあっけらかんと笑っていた。



『あのムカつく町がどうかしたっチュか?』


雑貨屋さんがいつもの量をうちから仕入れて帰った後、チューチューちゃんの一体が、私の肩口に登ってきた。


「何でもないわ。済んだことよ。本当であろうと作り話であろうとね」


『? よくわからないっチュ』


「いいのいいの。そんなことよりポーション作りに精を出さないと。あなた達も質のいい薬草を探してね」


『それよりハーメリア様、実は、なんとこの町の地下深くに……』


「ストップ」


私はその報告を遮った。


もう同じ目に合いたくはないからだ。


「見なかったことにしなさい。また聖女に追い出されるのはこりごりよ」


この話はここで終わりと断じ、私は平凡なポーション職人として、仕事に戻ることにしたのだった──

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