表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

1

 かき氷にフランクフルト、金魚すくいに射的屋さん。

 秋のお祭りが、ぼくは大好きだ。全部がきらきらしていて、見てるだけでわくわくする。

 ひとりで見て回って、おこづかいが全部なくなった頃、空はすっかり暗くなっていた。帰りたくないなあ。夜の道をひとりで歩いて帰るのを考えると、いつまでもお祭りの中にいたくなる。

 のろのろ歩いていたけど、いつの間にか、屋台の列のはしっこまで来ていた。一番はしのお店を見て、ぼくはつい足を止めた。段ボール箱を前に置いて、おじさんが折りたたみの椅子に座ってる。他の屋台はたこ焼きとかわたがしとか名前を書いているのに、このお店は何も書いていなかった。

 段ボール箱を覗くと、そこには卵が入っていた。白い普通の卵。ぼくの家の冷蔵庫にも入ってる、ニワトリの卵。

「おじさん、卵屋さんなの?」

 お祭りの卵屋さんなんて、聞いたことがない。

 ぼくが話しかけると、おじさんは座ったままぼくを見上げた。草の色をした毛糸の帽子をかぶって、もじゃもじゃの髭を生やして、顔は日焼けしていた。少し眠そうな目をしていた。

「ぼうや、これを育ててみるかい」

 声はしわくちゃで、おじいさんみたいだった。

「これ、何の卵なの」

「育ててみたらわかるよ」

 なんの卵だろう。ぼくはわくわくしてきた。ぼくが赤ちゃんから育ててあげたら、友だちになってくれるかもしれない。家にはもう猫のトラキチがいるけど、こっそり飼ったら多分大丈夫。

「大きくなる?」

「いんや」

 おじさんの返事を聞いて、ぼくはとっても欲しくなった。どきどきしながらポケットに手を入れて、気がついた。さっき焼きそばを買った時、お金を全部使っちゃったんだ。

「お金がないのかい」

 ぼくの考えが分かったみたいにおじさんが言った。しょんぼりして頷くと、おじさんは提案した。

「お金じゃなくてもいい。何かと交換しよう」

 反対のポケットを探って、ぼくはスーパーボールを取り出した。さっき、屋台で貰ったボール。上手くすくえなかったけど、一つだけおまけでくれた、きらきらのボール。水色の中に星が入ってるみたいで、とてもきれい。

「これでいい?」

 ぼくが差し出すと、おじさんは頷いた。卵を一つとって、ビニール袋に入れてぼくに渡してくれる。

「そうそう」

 ぼくが袋の中を見ていると、おじさんはポケットを探って一枚の紙切れを取り出した。

「ここに育て方が書いてあるから。ちゃんと育てるんだよ」

 紙切れを受け取って、ぼくは頷いた。


 多魔護ノ飼育法。

 おじさんがくれた紙にはそう書いてあったけど、まだ習ってない漢字があってぼくには意味がよくわからない。だけど、ぜったいにこの卵を育てようと思った。


・月光ヲ当テルコト

・風呂二入レテ温メルコト

・毎日水ヲ与エルコト……


 漢字と片仮名で読みにくいけど、いくつも書いてある育て方を、ぼくは頑張って読んだ。

 小さな紙箱にハンカチとティッシュを入れて、卵はその上に乗せた。ふたをすれば、お母さんたちもぼくが卵を育てているなんてわからない。

 眠る前に窓の外を見ると、真ん丸な月が出ていた。その光があたる畳の上に卵の箱を置いて、布団に入った。先に入っていたトラキチを抱っこして、卵を見ながら眠った。


 朝になって、洗面所から水を入れた歯磨きコップを持ってきて、卵にちょっとだけかけた。

 何が生まれるんだろう。

「トラキチ、食べたらだめだよ」

 ぼくの横でじっと卵を見ていた虎猫のトラキチに注意しておく。トラキチは、あまり興味のなさそうな目を、眠たげにぱちぱちさせた。

 朝ごはんは、食パンを一枚食べた。まだお腹が空いていたけど、牛乳をいっぱい飲んでたぷたぷにして、学校に行った。

 学校でも、ぼくはずっと卵のことを考えていた。ぼくは恐竜が好きだから、恐竜が生まれたら面白いのにって思う。反対に、怖いおばけが出てきたらどうしよう。でも、生まれた時にぼくをはじめて見たら、ぼくをお母さんだと思うかもしれない。そしたらきっと仲良くなれる。きっと毎日が楽しくなる。

「にやにやすんなよ、きしょい」

 村野が蹴ってきたけど、いつもよりは痛いと思わなかった。ぼくには卵があるんだぞ。恐竜やおばけが生まれるんだぞ。そう思うと、へっちゃらだった。


 家に帰ってしばらくすると、お父さんが帰ってきた。夜中になる前に帰ってくるのは久しぶりだった。だけど、すぐに電話を始めて怒鳴り始めたから、ぼくは部屋から出なかった。相手は、お姉ちゃんの病院に泊まってるお母さんだ。怒鳴らなくてもいいのに。そう思いながら、卵の頭を撫でた。つるつるで、少しあったかい気がした。


 お風呂に入るときは、洗面器に入れてそっと一緒に入った。部屋に戻ってから、卵の前で踊った。小さな声で歌をきかせた。トラキチが迷惑そうな顔をしてぼくを見ていた。

 扇風機の風を当てたり、畳の上で転がしたり、つまようじでつついたり。ぼくは毎日お世話をした。

 卵は、何も変わらなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ