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もっと勉強しておけば良かった

 就業先の会社に着くと真柴はさっさと次の現場へ向かった。派遣会社の営業ってそういうものらしいが、あんな引率者でも取り残されるとそれはそれで不安になる。


 俺たちチーム織田(勝手に命名)は、会社の担当に軽い挨拶をすると会議室へと連れて来られた。ここには他の派遣会社からも来た派遣社員が集まっていた。


「結構いるな」


 会議室にはざっと20人ほどの人が集まっていた。年齢層は高めか。主婦っぽい女性やいかにもなオッサンもいる。まあ、俺も他の人からしたらチャラいクソガキなんだろうが。


 長机がいくつもあって、それぞれの席に二人ずつ座っている。俺と真理ちゃんはアイコンタクトで机を選び並んで着席した。


 顔見知りがいないせいもあるだろうが、会話をしている者はおらず、大体がスマホをいじっているか、ボケーっとしたまま遠くを見つめている。


 ――何て言うか、辛気臭せえ空気だな。


 思わず毒づきそうになり、慌てて口を噤んだ。これから働く場所で早々に敵を作ってどうする。


 いくら俺の本業が慈善事業だとはいえ、他の人たちはそんなことを知らない。俺の活動を大々的に言ったとして、おそらくネットで検索して悪い噂を発見してきてヒソヒソと話だし、気付けば俺の居場所がないなんてこともあるんだろうなと思う。そうなると自分でも仕事をしている設定にするか。お互いのために。


 どうせヒマなら、その時間を建設的なことに使った方がいい。


 俺は部屋にかわいいコがいないか探しはじめた。


 真理ちゃん推し一本で行くという手もあるが、ホストという生き物は同時に複数の女性を愛せる能力を持っている。疑似恋愛であるのは間違いないだろうが、それでも俺たちはロボットではない。


 ある時は本当に恋に落ちる時だってあるし、それで破滅する奴だっている。夜の街っていうのは勝者のいない泥沼のようなものだ。


 さっそく見た目のかわいいコを発見する。淡いピンク色に染めたサイドテールで、ややぷっくりした肉感。だが、デブという感じではなく、柔らかそうな肌をした見た目の女。きっと抱き心地はいいんだろう。平均年齢が高めに見えるここでは、いくらか浮いた存在に見える。


「若いコもいるんですね」


 俺の視線に気付いた真理ちゃんが小声で言う。それが聞こえたのか、サイドテールがこちらを見て微笑んだ。二人で挨拶代わりに軽く頭を下げる。サイドテールもニコニコと笑いながら頭を軽く下げた。きっといいコなんだろう。


 そのまま話しかけてもいい気はしたが、沈黙の支配するこの部屋で堂々とそれをするのには少し気が引けた。遊びに来たのではないし、もう少し様子を見た方がいいだろう。


 その場でじっとして待つ。


「ん」


 机の下で、真理ちゃんが手を重ねてきた。真意は知らないが、幸運はスルーせずにしっかりと拾っておこう。単に気付いていないだけかもしれないが、この温もりを失うのは惜しい。そのまま石像のようにじっとしていた。


 数分待っていると、就業先の社員が会議室へと入って来た。軽い挨拶を済ませると、これからしばらくは研修だと言う。


 ああ、俺の大嫌いな勉強の時間か。


 俺がホストになった理由としては、普通に会社勤めをすることが難しく、口八丁でどうとでもなる接客業の方が向いているように思えたからだ。実際には想像よりも遥かに厳しい世界だったが、それを克服したからといって勉強が出来るようになるわけではない。


 このコールセンターでは補助金の受け答えをするそうだ。


 補助金……生活保護で落っこちた以外には何も接点が無い。もっとヤクザがやっている生活保護者の囲い込みビジネスとかに興味を持っておくべきだった。


 少しだけ講義を聞いたが、訳の分からん専門用語とお経のような説明で意識が混濁してくる。だが、眠るわけにもいかない。そんなことをすればすぐにクビになるだろう。その時に狩野が助けてくれるとは思えない。


 朦朧としながら講義を聞いている。まるで苦行だ。もっと勉強しておけば良かった。


「俺、大丈夫かな」


 小声で呟いた独り言は、誰にも聞かれることなく空気へと溶けていった。


 生きるためには働くしかないが、俺は早くもここで生き抜く自信が揺らいでいるのを感じていた。

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