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本当に、眩暈を起こして医務室に運ばれていた。目を覚ますと知らない天井というものは実際に体験してみると少しこわいものがある。
ゆっくりと体を起こす。頭は痛いが意識は戻っている。カーテン越しに会話が聞こえて声をかけようと触れた。しかし、その声が泣き声だということに気づき手を引っ込めた。
「俺が、佐東課長を倒れるまでストレスかけたのかもしれない。」
泣きながら話すのは川元だろうか。目の前で話していた人間がいきなり倒れたんだ。動転するのも無理はない。
「まだ、川元君は新人じゃないか。」
先生が優しく答える。長年この医務室でこの会社の社員の健康を見守っている、ゴッドファーザー的な存在であり、俺も頭が上がらない。
「1年以上新人って言われるのもきついんですよ。」
「なかなか新しい人を採らないからねぇ、うちの会社は。」
「もっと仕事が出来るようになりたいのに、どうしても足踏みしてしまって思い切りがつけられない、この性格が嫌なんです。」
「大人になって、自分を変えるのって難しいよね。でも、変わろうとしているならその決意が出ただけいいじゃない。」
「佐東課長みたいに、どんどんアイディアが出てくる前向きな人間になれたらいいのに。」
「あー、実は彼、入ってきたばっかりのときは今の川元君以上に仕事できなかったん・・・」
おっと、これ以上はさすがに聞いていられない。さっきまで躊躇していた腕を伸ばしカーテンを開けた。
「あ、佐東課長、目が覚めたんですね。良かった。」
川元が立ち上がってこちらへやってきた。涙は見えないが目元はうっすら赤い。
「佐東君、今日はもう上がりなよ。部長には言っておくから。家で療養してなさい。」
先生が穏やかに言う。
「いや、まだ仕事が。」
そう言って、ベッドから出ようとする俺に対して、
「休ませるのが僕の仕事だよ。これじゃあ、僕が職務怠慢で社長に怒られてしまう。」
と、先生がおどけて言ってきた。
「川元君、佐東君の体調はまだ万全ではない。このままここで休ませておきたいところなのだが、出張が入っていて医務室を閉めなくちゃいけないんだよ。うちまで送っていってあげてよ。」
と、続けた。
ふざけるな、ただでさえ、弱っているところ部下に見られて面目丸つぶれな所に家まで送ってもらうって子どもじゃないんだぞ。と思ったのに、言い返そうと前のめりになったらまた立ちくらみが起こった。倒れそうなところを川元が支えてくれた。立ち上がる代わりに思いっきり先生を睨みつけた。
「すごーく、不機嫌な顔をしてもだめだよ。反論しようとしていたっぽいけど、今の立ちくらみで分かったでしょ?大人しく送られてきなさい。明日になったらしっかりと君の言い分を聞こう。」
先生は、ハハハと笑いながら、ドアに出張中の札をかけに椅子から立って行った。
「川元だって、迷惑だろ。とっとと、仕事に戻れ。」
支えてくれた腕を軽く払い目線を上げて言った。
「いえ、俺のせいで佐東課長倒れたのに、放ってはおけません。キチンと家まで送らせてください。」
さっきは、資料とずっとにらめっこをしていて見ようとしていないようだった目がこっちを向いている。そろそろ、注意をしたくなる長い前髪の向こうに切実な目が見えた。
「普段から、その態度で仕事に挑んでくれればいいのにな。」
呟きほどの声量で言った言葉は先生のドアの開閉で打ち消された。