譲れないこだわり
誓いを立ててから数日が経ち、いろいろわかった。
まずはこの世界の物価。
リンゴは一個5ゴールド。
宿屋は一泊20ゴールドで朝食付きなら40ゴールド。
ランチや夕食も相場は30ゴールドだし、少し贅沢しても50ゴールド以内には収まる。
宿代だけ破格だが、他は大体1ゴールド10円換算でよさそうだ。
これに対し、オレが初日に稼いだ額は100ゴールド。
あの日はリンゴの能力しか使えなかったし、昼から狩りを開始したので随分と非効率だった。
それでも食費と宿代は賄える。
この世界で生きてゆくのに問題はなさそうだ。
そして、どこからか聞こえてくるあの鐘の音。
あれは教会が鳴らしているそうで、正午と夕方五時を一秒のズレもなく知らせてくれる……らしい。
それと、この街の名前も聞いた。
が、難しいので忘れた。
最後にもう一つ。
街の門近くにある、あのレストラン。
あそこはバカみたいに高級な店だった。
一番安いスープで300ゴールド。
一番高いステーキなら3000ゴールド。
オレの金銭価値予想が合っているなら、それぞれ3000円と30000円だ。
こうして改めて店内を見てみると、裕福そうな客ばかり。
間違いなく、オレが入れる場所じゃない。
入ったところで門前払いだ。
丁度今、入口のドアから追い出されている緑髪のあの女性のように……。
……え?
確かあの人、店内で働いてなかったっけ?
よくわからないけど、何やら大声でもめている。
「おいしくなるためにやったのに、何が悪いんだ!」
「ふざけんな! 費用のことも考えろと何度言ったらわかるんだ!」
「知らねえよ! 味を追求するのは料理人の義務だろうが!」
「勝手に一人でやりやがれ!」
すごい剣幕と共に勢いよくドアが閉まった。
同情するよ、あの人に。
あ、目が合った! ……のも束の間、すぐに目を逸らされた。
どうする? オレはどうしたらいい!?
話しかけるべきか?
いやいや、それがストーカーの始まりなんじゃないのか!?
いや、もしも微妙な反応をされたら、それ以上かかわらずに去ればいい。
そうすれば、傷つくのはオレだけだ。
何より、可哀そうじゃないか!
いや、だからそれがストーカーの思考回路なんだってば。
ああもう! どうにでもなれ!
こうしてゆっくり近づいて……話しかけるだけ。ほら簡単!
どうしたオレ!? 目の前まで来たんだ口を開け!
「……あ、あの」
「何?」
うわぁ、なんて鋭い目つき。
美人だからより一層怖い。
それに、返事だってぶっきらぼうな一言。
冷たい口調だった。
でも、話しかけたからには後には退けない。
勇気を出して、聞くしかない!
「な、何かあったんですか?」
「アンタには関係ないだろ」
「いや、でも……さっきの言い合い、もしかしてクビになったんじゃないです?」
「ああそうさ。アタシがいると店が大赤字なんだと。料理にアレンジを加えていたのが、出費を無視し過ぎだと怒鳴られた。けど、アタシは納得していない。客だってみんな喜んでたし、アタシのレシピの方が絶対においしい! それを、利益を得るためだけに妥協なんて……」
「絶対おかしい!」
「うおっ!? 何だいきなり?」
「お姉さんは正しいですよ! おいしいものを食うことの何が間違ってるんだ! こちとら社会人になって二十年。それしか楽しみがねえ! よりおいしいものを食べたくて、毎日生きてんだ! 今日のランチおいしかったな。明日は何かなって。食べることは趣味なんだよ。生き甲斐なんだよ! その欲望を満たしてくれる料理人は偉い! おいしさの追求だなんて、この上なく崇高なことだ。それがわからないなんて! ちょっとオレ、文句言ってきますよ」
「お、おいやめろ! いいって! アンタ何アタシよりマジになってんだよ……。プッ! アハハ!」
唐突に笑われた。
冗談じゃない、こっちは真面目だ。
でも、何はともあれ、勢いだけで何とかなった。
元気出たみたいだし、これでいいか。
「それじゃ、オレはこれで……」
「待ちな!」
「へ?」
「そんなに食うのが好きなら、作ってやるよ」
「いいんですか!?」
「ああ。まずは材料を調達しないとな……」
こんなラッキーなことがあるだろうか。
この人ウェイトレスさんだと思っていたけど、料理人側だったのかな。
その証拠に、買い揃えてゆく材料もきちんと目利きしている。
火をおこすための道具も元から持っていた。
それらを携え、向かったのは森。
そして、いざ調理となったら驚くべき手際のよさ。
鶏肉をハーブやらスパイスやらで香りづけし、目の前でじっくりと焼いてゆく。
いい匂いがしてくる。
目の前で切り分けられたチキンは、皮目パリパリだ!
「ほら、食いな」
「いただきます! ……ウマい! 噛むと溢れる肉汁。ほんのり香るハーブとスパイスが、旨味を引き立てている」
「そりゃどうも。それにしても……いい食いっぷりだな、お前。……本当なら、もっといろいろとウマいもんを作りたいんだけど、これからはカネの心配もしないとな……」
「……あんまりだ」
「うん?」
「あんまりな話じゃないか! これだけ腕のいいシェフが、お金がないから料理を作れない? 不条理ってやつだろ、これ。あの店だってそうだ! あの料金じゃ食べたくても手が出せねえよ! オレも食べたい! けどカネがねえ! じゃあどうすりゃいい?」
「……か、稼ぐ?」
「いいや、違うね。食材を自分たちで調達すればいいんです! どうです? お姉さん、オレと一緒に幻の食材目指して旅しませんか!?」
「お、お前マジで言ってんのか? 高級食材が高いのには理由がある!」
「ええ、知ってますよ。初日に思い知らされたので」
「初日? 何の話だ?」
「その話は追々。それで、どうします?」
「そう言われてもな……。アタシも多少は戦えるが……」
言いながらお姉さんは腰に隠していた剣を抜いた。
そして、一振りすると真空波が飛んでいき、木を一本切り倒した。
わあ、強い。
感心して拍手していると、お姉さんは溜息を吐いた。
「この辺りの魔物やら獣なら、これで充分だ。けど、高級食材が取れる山は手強い敵でうじゃうじゃらしい。お前、戦う力はあるのか?」
「よくぞ聞いてくれました! お見せしましょう!」
幸いにも、今食べた鳥のハーブ焼きのおかげで、スキルは潤沢だ。
空も飛べるし、ハーブとスパイスのおかげで魔法も少々使える。
それらを披露した結果、お姉さんは想像以上に驚いてくれた。
なぜこんな力がオレにあるのか聞かれたので、経緯を全て話した。
「そうか……お前も大変だったんだな。元の世界に帰りたいと思うか?」
「いや、別にいいかな。それよりも今は、お姉さんの作る料理をもっと食べたい!」
「変な奴だな、お前。そういえば、名は?」
「米原米也だ。漢字で書くと……ほら、米が二つ!」
地面に棒切れで書いて見せた文字を見て、お姉さんは首を傾げている。
「漢字……? 見たことのない文字だな」
ああそうか。そういえば、この世界の文字に見覚えはなかった。
翻訳はされているけれど、元の言語は違うのだろう。
それはそうと……。
「お姉さんの名は?」
「アタシ? アタシはウェンディ」
「素晴らしい名だ!」
心からそう思ったので言ったのに、何がツボったのか腹を抱えて笑われた。