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始まりのリンゴ

 吐き気と眩暈めまいがする。

 これが乗り物酔いってやつか。

 人生初だ。

 真っ白な空間の中、ひたすら前方へと飛ばされている感覚。

 その間、チートの取説が脳内へとなだれ込んできたせいで、頭の中もぐちゃぐちゃだ。


 幸いにも数秒でそれらは止まった。

 どうやら目的地に着いたらしい。

 それにしても、気分が悪いし機嫌も悪い。


 そんな中、目の前に広がる見知らぬ街で、オレにどうしろと言うのか。

 街並みは洋風で建物は石造りだし、歩いてる人はどう見ても日本人じゃない。

 肌、目、髪の色……どれをとっても、まるでファンタジーだ。

 それなのに、聞こえてくるのは日本語。

 明らかにこれ、異世界ってやつだろ。


 これからどうすればいいんだ?

 ポケットの中は……案の定、空っぽ。

 これじゃ焼肉どころか何も食えねえじゃん……。


 女神は酷なことをさせる。

 戦って稼げと、そうおっしゃるんですね。

 四十過ぎの、このおっさんに。


 ああ、せめて……何か少しでも口にできたら、チートを使って戦えるのになあ……。

 そう、例えば……そこで売ってるリンゴとか。

 値段は5ゴールド。

 ポケットの中は何度確認してもゼロ。


 散策も兼ねて働き口を探してみたが、どこも雇ってくれなかった。

 ……仕方ない。やるしかない。

 街の外に出て金稼ぎだ。

 どうせ一回死んだ命。

 ここでもう一度死ぬようなら、オレはそれっぽっちの運命だったということだ。


 さて、そう決意して歩くオレは、周りからどう映っているのだろうか?

 服装は……女神様が合わせてくれたみたいだ。

 表情は?

 オレ今どんな顔してるんだろうな……。

 魂の抜けたような、情けない顔か?

 目は死んでるんだろうな、きっと。

 だって、さっきから視線が痛い。

 皆、ひそひそと何かを話しては去ってゆく。


 これじゃ前世の方がよっぽどマシだぞ?

 オレ浮浪者として扱われてるわけ?

 何だかイライラしてきた。

 イライラしてきたと言えば、この道どんだけ長いんだよ。

 街、広すぎだろ。

 ようやく門が見えてきたけど、オレもう戦う体力ないんだが?

 ご苦労なことに門を懸命に守ってるそこの兵も、この姿を見れば……。


「お、おい! 大丈夫か!?」


 そりゃ心配もするだろう。

 だが生憎あいにく、これしか方法がないのでね。


「通してくれ。ちょっと、狩りをしてこないと」

「フラついてたぞ? 本当に大丈夫か?」

「心配ありがとう。しかし、これしか道がないんだ……」

「お、おう、そうか……。気を付けろよ」

「ああ」


 優しい兵士さんに見送ってもらえて、少しだけ活力が戻ってきた。

 く手に広がる森は鬱蒼うっそうとしているけど、まあ大丈夫だろう。

 だって、女神様が最初の地として選んでくれたんだから。

 きっと、すごく弱いモンスターが出てきて、攻撃されても1ダメージしか食らわない、とかさ。

 逆に一撃で倒せたり、とか。


 そうだよ、そうに違いない。

 だから、こうしてズンズン進んじゃってるけど、恐れる必要なんてない。

 振り返っても、森の入口はもう見えないけど気にしない。

 ほら、目の前の木にリンゴが実ってるじゃないか。

 これに5ゴールドを払う価値があったか?

 森に入って大正解だ。


 後は、あの高い位置のリンゴをどう取るか、考えればいい。

 なあんだ、モンスターなんていないじゃないか。


「心配して損したわー。ガッハッハ!」

「ガルルルル……」

「……へ?」


 何、今の?

 うなり声?

 オレの腹の虫じゃないことは確かだ。

 だって、鳴りやんでないし、目の前の草がガサガサと揺れている。

 間違いなく、獰猛どうもうな獣だ!

 このままでは食われる!


「うわああ!」


 飛び掛かられるより前に動き出せた。

 が、背後から追ってくる足音が聞こえる。

 振り返っている余裕はない!

 正体はわからずとも、獣であることは間違いないはず。

 であるならば、この鬼ごっこの結果は見えている。

 人間が野獣相手に足で勝てるわけがない。

 終わった……。

 オレは、もう一度死……。


「オルァ!」

「ギャワン!」


 ……へ? 何が起こった?

 突然聞こえた野太い声。

 立て続けに響いた強打音と、獣の悲鳴。

 そして、そばには鎧を着たおっさん。

 大きな木槌きづちを振り被っている……?

 いや、違う。これは振り上げた後だ。

 その証拠に、野犬が放物線を描きながら飛んでいる。

 直後、それは地面へ叩きつけられると、キャンキャン鳴いて逃げ去った。

 このおっさんが助けてくれたのか!


「あ、ありがとうございます!」

「無事で何よりだ。ところで、どうして一人で?」

「あ、えっと……あれを」

「うん?」


 オレの指さした方をおっさんが振り返る。

 数秒しか走ってないので、すぐそこに先程の木があるはずだ。

 が、そこにはリンゴの姿はなく、代わりにそれをくわえて飛び去るたかが目に映った。


「あ、ああ……」

「ええと、どれだい?」

「……何でもないです」

「そうか。ここは危険だから、街まで送ってあげよう」

「すみません」


 少しして、優しいおっさんのおかげで無事に帰還。

 オレには再度感謝の意を伝えることしかできなかった。

 そして、収穫はゼロ。

 時間だけが無駄になった。

 遠くから聞こえてくる鐘の音は、きっと正午の知らせだろう。


 ……お腹空いた。

 すぐそばからいい匂いがしてくる。

 知らない文字で書かれているが、不思議と読める。

 レストラン、と。

 窓から見える料理はどれもおいしそう……。

 それと、あの緑色の髪のウェイトレスさん、かわいいなあ……。

 キリっとした目とロングヘアー、そして高身長……少し気の強そうな表情も素敵だ。

 あ、目が合った。

 が、速攻で無視された。


 ダメだ、お腹だけじゃなくメンタルまで削られる。

 とりあえず、ここは去ろう。

 それに、指をくわえて眺めてたって仕方ない。

 何とか働き口を探すしかない。

 そう思っては見たものの……。


 どの店もやっぱり、オレを雇ってはくれなさそうだ。

 そこで売っている5ゴールドのリンゴ。

 その価値が今ならわかる。

 それと、前世で年下の上司に言われたことも。

 流通だとか需要だとか、下らないと思っていた。

 中間業者とか、何のためにいるのか理解不能だった。

 汗水流して働いているオレと違って、お前らただ運んでるだけじゃん、と。

 でも違った。

 ここまで持ってきてくれたこのリンゴ。

 そこにはどれ程のリスクがあって、どれだけ足を動かしているのか。

 そのありがたみが今になってわかるなんて……。

 ああ、誰か……誰かこのリンゴを恵んでくれ!

 必ず返す! 能力を得たら、すぐにでも戦って稼ぐから!

 頼む! たった5ゴールドでいい!

 お願いだから、5ゴー……。


「あの、お困りですか?」

「へ?」


 いつの間に、そこにいたのか。

 黒髪ショートの少女がそばに立っている。

 とても優しそうな顔だ……。

 ぱっちりとした目は、まるで一度も人をにらんだことがないかのように、しわがない。

 とてもんだ眼差まなざしは、いつもオレに向けられている白い目とは明らかに違う。

 ああ……何ということだろう。

 この世界に来る前に金髪の女神に会ったばかりなのに。

 一日の内に、二人目の女神様に会えるなんて……。

 いや、オレをここに送ったあの酷い女神と一緒にするのも失礼だ。

 だって、こんなに身も心も美しい子なのだから。

 絶対、女神に違いな……。


「あの……ボクでよければお力になりますよ」


 ああ、オレの目に狂いはなかった。

 そして、まさかのボクっ

 まさに、パーフェクト。

 だが待て!

 四十過ぎのおっさんが、美少女に恵んでもらうなんて情けな……。


「すみません、これ一つください」


 え。


「はいよっ。5ゴールド、確かに受け取った」

「ありがとうございます」


 オレが頼むより前に買っちゃった……。

 しかも、ずっと黙ったままのオレに、少しも嫌そうな視線を向けずに。

 なんてまぶしいのだろうか。

 この後、何て言うかはオレでもわかる。

 疑う余地がない。


「はい、どうぞ。……あ、あれ? どうして泣いてるんですか?」

「い、いや……いろいろあって」

「ボクでよければ、お話聞きますよ」

「そ、そんな! これ以上ご迷惑をおかけするわけには!」

「気にしなくていいですよ。困ってる人を助けるのが、ボクの仕事ですから」

「え?」

「あ、えっと……。ボク、勇者なんです、一応……。そうは見えないでしょ?」

「い、いえ! 腑に落ちましたよ。こんなに心優しいお方、他にはいません!」

「あ、いや……ボクはそんな……。それより、リンゴどうぞ」


 照れた顔も、差し出す時の笑顔もまぶしい。

 受け取ったこのリンゴも、一口(かじ)った瞬間、これまでに口にしたことのないような感動を覚えた。

 味は普通のリンゴだ。

 しかし、それ以上の温かみがある!

 芯も、種も、一つでも残したらもったいない!

 そう、残してはならない! 全部だ……全部食べ尽く……。


「あ、あの……。そんなにお腹空いてたら、何か食べに……」

「いえいえいえいえ! 充分です! 本当にありがとうございます! 5ゴールド、絶対に返しますから!」

「い、いや。ボクは別に……」

「また後でここに来ます!」


 俄然がぜん、勇気が湧いてきた。

 それに、チートスキルもようやく発動できる。

 ここから一気に逆転だ!

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