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ドングリをひろいに  作者: 雛子
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第五話


 それから二十数年が経ち、私は成長して大学時代を首都圏で過ごし、社会人になって地元に戻ってきた。

 その職場の同僚から、「何か怖い話はないか」と聞かれて、思い出したのがこのドングリを拾いにいった記憶だった。あれは5、6歳くらいの頃の記憶であり、女の子の姿を思い出せはするのだが、顔に関してはのっぺらぼうのようになってしまっていて、実際夢だったのか現実のことであったのか定かではなかった。

 思い出せる限り、この記憶を話してみると、同僚から「なにそれ」、「怖い」と口々に言われ、私はこの記憶が怖いものの類いであることを初めて認識した。


 あれは夢だったのかと思いつつも、大人になってからほぼ会っていない従兄が同じものを見ていたことを思い出した。彼に同じ記憶があれば、夢ではなかったことは確認できる。母にどんぐり拾いに行った事実は確認済みだった。


 そして今から半年前、健太郎の妹の結婚式に招待された。挙式前の親族の控え室で健太郎と二人で話すタイミングがあり、あの一連の記憶を話してみた。同じものを見たはずの健太郎とは、今までこの話をしたことがなかったから、「そんなものは見ていない」と笑い飛ばされるのではないかとびくびくしながらだった。

 すると30歳になった健太郎は顎に手を当てて、深く呼吸をしながら、悩ましげな表情をした。


「覚えてるよ」


 低められた声での返答に、夢でなかった、幼い自分が作った妄想でもなかったのだとほっとした。そんな私を見てか、やがて健太郎は笑った。


「あれは何だったんだろう」


 私は唸った。分かる術はないのかもしれない。

 田村家は驚くほど皆が理系で、かなりの論理思考であり、こういったオカルトじみた話は基本的に信じない。以前母に話してみたことがあるが、「夢だったんじゃない?」と言われてしまった。


「でもあれはひなちゃんだったよなあ。見たとき、ひなちゃんだって思ったんだ」


 私も同じだった。あの女の子の姿を認めた瞬間に「私がいる」と思ったのだから。

ただ、怖いと思ったことはない。あえて言えば不気味さはあるのだが、危険を感じるようなことはなかった。


「まあ、お互いアラサーになるまで成長したし、悪いものではなかったんだろうね」


 お酒を持つ従兄の顔は少し赤らんでいた。その横顔を見ながら、私は隣で大好きなカシスオレンジを喉に流し込んだ。


「あれからあそこには行った?」


 健太郎に聞かれて、首を横に振る。


「行ってないよ。時々遠くに見るだけ」

「俺もだよ」


 母が毎週末に祖父母の様子を見に行くので、実家に帰ったときはそれについていくようにしている。母の車から遠くにあの墓石群を眺めるが、近づくことはしない。

 ただ、周りの銀杏とどんぐりの樹が幹を残して枝をほとんど刈り取られていた。母から聞いた話だと、我々本家はあまり墓参りをしないが、借金云々が原因でほぼ絶縁している分家がよく線香をあげたり、花を手向けたりしているらしかった。その枝の伐採もおそらく分家の人が管理してくれているからだろうと言っていた。


 もうドングリは拾えない。悲しいことだと思う。あの時のドングリ拾いは本当に楽しかったのだ。


 果たして、あの女の子が私自身であったのか、それとも幼くして亡くなった清子叔母さんだったのか、はたまた京都で没落した元貴族、つまり我々田村家の祖先あったのか、または祖父母の家にいる剥製の亡霊だったのかは分からない。私と従兄の見間違いだったのかもしれないし、近所の子供がたまたま私と同じ服を着てあの場所に立っていたのかもしれない。

 もうすでに二十数年が経過しているのだから、どうしたって記憶は曖昧なものになるだろうし、タイムマシンができない限り真実など分かるはずもない。


 この話をするとよく聞かれるが、私には全くもって霊感がない。不思議な体験をしたことがあるかと尋ねられて挙げられるとしたら、この話だけなのだ。話している内に不思議な体験から、怖い体験の類いになってしまった感も否めない。


 一度行ってみようと思ったこともあったが、一人で行くのは気が引けて結局行けていない。グーグルマップのストリートビューで覗いてみても、道路から遠いこともあって、画質が粗く、木々の中に祠や小さな石碑たち、そして真ん中の墓石がそびえ立っていることしか確認できなかった。


 おそらく、これからもあそこに行くことはないだろう。

 田村家の名を継いでくれると言うパートナーにもこの話をしたら、絶対に近づかない方がいいと念を押されてしまった。

 しかし、今もあの場所にはドングリが落ちている気がする。幼い自分が今も私の中にいて、「ドングリを拾いに行きたい」と言っている気がする。


 たとえそうであっても、私はもうドングリを拾いに行くことはない。

 今も祖父母に会いに、母の車にゆられながら眺める夕暮れのあの場所には、誰かが、あるいは自分と全く同じ姿をした影がいる気がするからだ。

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