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ドングリをひろいに  作者: 雛子
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第二話

 そんな夏のある日。まだ幼稚園に上がったばかりの幼い頃、私は祖父母に連れられて、その石碑の前に来た。蝉がミンミンとけたたましい音をドングリの木から鳴らしているが、その一帯は何やらひんやりとして静かに見えた。まるで水の中にいるかのように自然の音が遠のいている。


「ここ、なあに?」


 私は、自分の手を引いて花を手向ける祖母に尋ねた。ぎゅっと握った祖母の手は柔らかく、暖かかった。


「ここは田村家の昔のお墓だよ」


 祖母は帽子の中から私に微笑んだ。祖父はあたりの雑草をむしって掃除をしている。


「お墓はあっちの坂の上にもあるでしょう?あっちじゃないの?」


 ここから長い横断歩道を渡って1キロほど歩くと、寂れた商店街の裏の方に山への入口がある。そこから長く続く急勾配な坂を、大粒の汗を流しながら登った先に、竹藪に囲まれた広い墓地に出る。他の家の墓もずらりと並んでおり、その奥に田村家本家の赤褐色の墓石があった。いつもの墓参りはそちらに行くのが常だ。石に彫られた名字も読める。曾祖父や曾祖母もそこに眠っている。

 そこ以外の墓参りをしたのはこの時が初めてだった。まさかここが自分の家の墓だとは考えもしなかった。他の家の真ん中にひっそりとあるような場所だったからだ。


「ここは昔の人たちのお墓。ひいおじいちゃんたちよりずっと前の、ここに住もうってなったときの人たちのお墓」


 祖母が少し詳しく話してくれたが、私は「ふうん」と間の抜けた返事をした。良く分からなかったし、ずっと昔の人のお墓なら関係ないと思った。

 何よりもドングリの木が気になっていた。さわさわと風に揺れて、頭上で涼しげな音を鳴らしている。葉の間から漏れる夏の木漏れ日が眩しく、私は両手で目を覆った。秋になったら緑の雑草だらけの剥き出しの土の上に鮮やかな落ち葉が満ち、ドングリがその中に混ざって落ちている光景に夢がいっぱいになった。同時に秋になったら取りに来ようと固く心に誓った。

 ふうっと胸一杯に息を吸い込んだら、栗の花の匂いがした。あまり好きではない匂いだったが、真夏を思わせるのに十分だった。


 手を引かれて祖父母の家に帰り、祖母と共に仏壇の前の座布団に座った。そこに並ぶ写真は曾祖父母と小さな女の子だ。その女の子は清子叔母さんという。

 母の妹の一人の麗子叔母さんは結婚して田村家を出ていたが、もう一人の妹である清子叔母さんは交通事故で5歳の時に亡くなっていた。少し大きめの袢纏(はんてん)を着た、おかっぱの女の子は白黒の写真の中で不思議そうにこちらを見ている。ふっくらとした頬が可愛らしい。まだ5歳であった私は、写真の中のその小さな女の子が母の妹であると教えられてもよく分かっていなかったように思う。ただ、祖母がどこへ行くにも私の手を離そうとしないのは、清子叔母のことがあるからだということは幼心に理解していた。


「さ、お線香をあげようか」


 祖母がマッチでお線香に火をつけてくれる。先端が赤く色づいてやがて煙が生まれ、宙へ一本の線を引く。

 蝉の鳴き声が微かに聞こえる中、私は隣の部屋が気になった。仏間の隣部屋には私の苦手な鷹の剥製が置いてあり、襖を越えてそれに見られているような感覚が恐ろしく、祖母につけてもらった線香を仏壇にあげて、リンをならし、祈る素振りを見せるとぱっと身を翻して部屋を出た。

 私は昔から剥製が苦手だった。それは今も変わらない。生きている動物は触ることもできるのだが、剥製になると途端に駄目になる。死んでいるのに生きているようにされているのが駄目なのか、今にも動きそうで動かない不気味さが駄目なのか、それとも哀れみを感じてしまうのか、はっきりとは分からない。特に、あの独特な光のない目玉が苦手だった。あれと目があったり、剥製の気配を感じたりするだけで冷や汗が体中から滲み出て、にっちもさっちも動けなくなってしまう。

 両親はこれを幼少期のトラウマだと言った。何でも2歳ほどの頃に料亭で見た亀の剥製に大泣きしたのだという。しかしその記憶は泣きわめいたことしか覚えておらず、具体的に何がトラウマの原因になったのかは私自身でも分かっていなかった。

 そうして仏間から逃げ出した私は、剥製への気味悪さを払拭するかのように、応接間にあるピアノで習いたての曲を弾き始めるのだ。



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