表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

夏のホラー2021『かくれんぼ』

かくれんぼから帰ってみると

作者: 小畠由起子

「さて、今日はなにをしようかな」


 ネコのトラ太はうーんっとのびをしてから、下僕(飼い主)のほうをチラッと見ました。スマホで誰かと話しているようで、トラ太には目も向けてくれません。


「チッ、下僕のくせに生意気だな。新しくできた『カノジョ』とかいうやつと話をしてるんだろう。前にうちに来たことあったけど、いけ好かないやつだったな」


 トラ太のことを見てから、さびしそうな顔をするカノジョを思い出して、トラ太はへんっといばるように起きあがりました。


「どうせあいつも、下僕になるわけだから、おいらにこびへつらえっていうんだよ。そういや下僕も最近は、おいらのこと構わなくなったんだよな」


 最近は、家を留守にして、カノジョのところへ入りびたる下僕を、トラ太は不機嫌そうににらみつけました。


「しかも下僕のやつ、帰ってくると、カノジョのにおいか知らんが、うまそうなにおいをしみこませてるんだよな。寒い日に食った、ローストチキンとかいうやつとよく似たにおいだったけど、カノジョももしかしたらうまいのかもな」


 そんなことを考えて、一人ほくそ笑むと、トラ太はもう一度下僕に目をやりました。相変わらずスマホでカノジョとおしゃべりしていて、トラ太のことは少しも気にやりません。だんだんと面白くなくなってきたトラ太ですが、突然ひらめき、にやりと笑ったのです。


「よし、今日することが決まったぞ! かくれんぼだ!」


 トラ太は下僕に気づかれないように、優雅に窓枠に飛び乗り、そっと窓を開けました。下僕はまったく気づいていないようです。トラ太はそのまま外へ出てしまったのです。


「くくく、下僕のやつ、驚くぞ! なんせ気づいたら、おいらがいなくなってるんだから。多分必死で探すぞ。でも、ダメダメ。すぐには戻ってやらないからな。下僕が反省して、カノジョとかいうやつと二度としゃべらないって泣いてあやまるまで、おいらは戻ってやらないからな」


 もともとトラ太は、外で遊ぶのが大好きなネコでした。だから、一週間ぐらいは平気で外で暮らすこともできるのです。もちろんエサをとるのは大変だし、雨風をしのげる家の中のほうが快適に決まっています。でも、下僕をしっかり教育するのも、ネコの務めです。トラ太はちらりと下僕のいるアパートをふりかえってから、すたこらと町に消えていきました。




「ふぅ、はぁ……。くそっ、一週間は、さすがに長すぎたな……」


 前足に走る鈍い痛みをこらえながら、トラ太は久しぶりに下僕のアパートにすがたを現しました。


「あのカラス野郎、くそっ、今度会ったらただじゃおかねぇ! だからおいらは鳥ってやつはきらいなんだ! あいつらおいらたちネコを、空も飛べないかわいそうなやつって感じで、すまして見てきやがる。チッ、どうせおいらたちのエサにしかならないくせに、なめやがって」


 エサのことを考えると、お腹がぐぅと鳴りました。前足をケガしてしまったために、トラ太は昨日からネズミ一匹捕まえることができなかったのです。


「だが、あんなカラス野郎とちがって、おいらは飼いネコなんだ。下僕のやつ、反省したかな? まぁ、うまいエサを食わせてくれるんなら、おいらも許してやるからな。……おっ、さっそく下僕のやつがいるぞ」


 アパートの窓を見あげると、下僕のすがたが見えました。一週間しか経っていないのに、そのすがたは懐かしく、そしてホッとさせてくれます。もちろんそんな気持ちはおくびにも出さずに、トラ太はコホンとせきばらいして、窓にかけよろうとしました。


「ん? 待てよ、誰かいるぞ?」


 すんでのところで思いとどまり、トラ太はもう一度窓を見あげました。


「あっ、あいつ、カノジョだ!」


 下僕のとなりには、前に見たカノジョが見えたのです。二人して笑いながらなにかを話しています。


「下僕の野郎、まだ反省してなかったのか! チッ、でも、しかたねぇ、今はエサにありつくのが先だ。エサ食ったあとに、カノジョを追い出してやるからな! ……ん?」


 下僕が窓を、ガラガラと開けたのです。トラ太はあわてて身を隠して、それから目をぱちくりさせました。


「なんでおいら、隠れたんだよ? あ、そうか、かくれんぼしてるからか」


 納得したように笑うトラ太の耳に、下僕の声が聞こえてきました。


「ピーちゃん、外に出したらまずいだろ?」

「うん。いくらなついてくれてるっていっても、家の外に出しちゃうと、きっともう帰ってこないわ。でも、鳥かごだけならいいわよね。ピーちゃんもきっと夕日が見たいだろうし」


 カノジョが窓枠に、鳥かごを置いたのです。中にはインコでしょうか、小さな鳥が入っています。


「へぇー、あのカノジョってやつ、なかなかやるじゃんか。まさかおいらに、あんなうまそうな鳥をごちそうしてくれるとはな。カラス野郎にムカついてたところだし、羽をもいでいたぶってから、じっくり食ってやるとするか」


 舌なめずりするトラ太でしたが、次の言葉に耳を疑ってしまったのです。


「でもよかった、トラ太がいたからずっと同棲できなかったけど、家出してくれたからせいせいしてるよ」


 下僕の言葉を聞いて、トラ太は完全に固まってしまいました。思わず「にゃあ」と鳴こうとして、あわてて口をふさぎます。


「どういう……ことだ? え、家出? いや、おいらはただ、かくれんぼしてただけで」

「でも、もしそのトラ太くんが帰ってきたらどうするの?」


 カノジョが少し心配そうにたずねました。トラ太も、耳をぴくぴくさせてから、下僕の言葉を待ちます。しかし……。


「まさか、帰ってこないさ。万が一帰ってきても、心配しないでいいよ。ぼくがちゃんと追い出すから」

「追い出すって、おい、どういうことだよ!」


 目を見開き、下僕を見あげるトラ太でしたが、下僕はその視線には気づかずに、カノジョと鳥かごを両方抱き寄せ、その耳元でつぶやいたのです。


「きみと、きみのピーちゃんは、ぼくが守るよ」

「まぁ……。ありがと」


 トラ太は信じられないといった様子で、下僕とカノジョ、そして鳥かごの中にいる、ピーちゃんとかいうインコをにらみつけました。と、ピーちゃんがひょいっと顔をトラ太のほうへ向けてきたのです。ハッとするトラ太でしたが、ピーちゃんはまるでほくそ笑むかのように、くちばしを軽く開いたのです。


「ピィ」


 そのあとはもう見向きもしないで、甘えるかのように下僕とカノジョにすり寄っていくのでした。トラ太には、その悪意に満ちた鳴き声だけが、うずをまくようにいつまでも耳にこびりついて離れないのでした。

お読みくださいましてありがとうございます。

ご意見、ご感想などお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 安全な居場所を失った虚脱感と、「世話をしてくれる下僕」としか認識していなかった飼い主の思いがけない本音を聞いてしまった衝撃。 自分を取り巻く世界が突如一変してしまった飼い猫の衝撃が、鮮明に…
[良い点] 楽しく拝読しました♪ 初っ端の漢字とルビが笑えました。ホラーはほんのりと、トラ太の気持ちのほの暗さ、居場所を失う怖さ。裏切り。ピーちゃんのどや顔が目に浮かびます。 [気になる点] その後…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ