僕のクラスはある意味良いクラスなのかもしれない
あの後の話をしよう。本当にマカロンとケーキを買ってきてくれなかった僕に、愛彩はぶつくさと文句を言っていた。
しかし、僕はそんなのは華麗にスルー。
何時ものようにご飯を食べ、お風呂に入り、自室に戻った。
今日の松戸さんの事を思い返した。実に酷い出来事だった。
だけど、勝手に帰って来たことに今更ながら後悔というか、悪いことをしたなと反省し、松戸さんに連絡するために携帯の画面を操作した。
BAINというアプリを開くと、一件メッセージが届いていた。松戸さんからだった。
『放置プレイ興奮するよー! ちゃんと我慢できたので、今度会ったときはお尻を叩いて褒めてね?』
「……」
反省した時間を返して欲しい。あと、明日も学校なのに、どうしよう……行きたくない。もう、不登校になろうかしら?
そんな考えが頭を過ったが、母さんが心配するので即座にその考えを打ち消した。
「よしっ……。今日は何も無かった……。うんうん」
結局、僕は現実逃避をしながら寝た。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
どんなに現実逃避をしようとも朝はやってくるもので、憂鬱な気分で学校に向かう。
足取りが凄く重い。腰に人がしがみついているみたいだ……いや、しがみついていた。
「つぐ君ー? 今日は絶対に買ってきて下さいよー? マカロンとケーキとバウムクーヘン」
「買わないって言ってるだろ。住宅地のど真ん中でしがみつくな……。バウムクーヘン増えてるし……」
朝起きたときからこうやってお願いをしてくる。いい加減離してもらいたいものですねぇ、ええ。
「買ってきてくれると言うまで絶対に離しませんよ! マカロンとケーキとバウムクーヘンとシュークリーム!」
「分かった分かった……。買ってきてやるから……ただしバウムクーヘンだけな?」
「えー……しょうがないですねー? つぐ君はまったく。それで今回は勘弁してあげましょう」
「どーれ、説教してやろうか?」
僕がせっかく折れてあげたのに、なんという言い草。ムカつくが、学校に遅刻してしまうのでグッと気持ちを抑える。
「それじゃあ、行ってくるな?」
「無事に帰って来て下さいね?」
「おっ、おう」
なにこのしおらしい感じ? 今までただの馬鹿だと思っていたが、こういう一面もあるのか……。
「バウム……つぐ君」
こいつバウムクーヘンって言いかけたぞ! 前言撤回するわ! こいつはやっぱり、ただの馬鹿だ!
朝から無駄な時間過ごしてしまったと、少し反省しながら学校に向かう。
ちなみに学校までは徒歩とバスを使って行く。その途中で、会いたくない人と鉢合わせしてしまった。
「継人君、おはよう」
「……おはよう、松戸さん」
最悪だ……。ちょー最悪だ……。どのくらい最悪かって? オムライスにケチャップなしぐらい最悪だ。オムライスにケチャップなしだと……! 想像しただけで身震いするな……!
「ところでね……? 昨日の話なんだけど……ね?」
こっちはこっちで身震いするな……! 恐怖で。
「昨日……? 何のこと?」
とりあえず覚えてないふりをする。
「えー、忘れちゃったの? ほら、私の事をペットにして、町中を連れ回すって話」
「──なんか更にハードル上げられちゃってるんだけど!? 昨日そんな話して無かったよね!?」
「やっぱり、ちゃんと覚えてるんだね?」
「──っ!」
カマかけられたのか……! そういえば、松戸さんは学年でもトップクラスに入るくらい頭が良いのを思いだした。
「その反応は覚えているよね? 良かったぁ……覚えててくれてて……。じゃあ、昨日の話の続きをするね?」
「断固拒否します!」
「昨日、結局あの後、自分で鞭と首輪買っちゃったんだけど……何時使う?」
「──僕、拒否するって言ったよねぇ!?」
なにこの子! 話が通じない! 話が通じない子が一番怖いよ……!
あと、平然と鞭とか首輪とか言っているけど、ここもう校門前だよ!?
周りでヒソヒソされてるし、さっきまで近くにいた一年生らしき女子が離れていったし……。
「あれ? 継人じゃん? それに……松戸さん? 珍しい組み合わせだな?」
突然、そう声をかけてきたのは同じクラスの友人である外池綿佳。
綿佳は女子サッカー部のエースで、告白された回数は、僕が数えただけでも数十回はいっているであろうスーパーイケメン。
「えー、そうかなー? でも、これからは私と継人君は主従関「ちょーっと黙ろうか? 松戸さん?」
松戸さんが変なことを口走る前に話を遮る。これで外部に話題が漏れるこれはない! はず……。
「なるほどなぁ……。とりあえず、チャイムなりそうだし教室に行こうぜ?」
「綿佳、ナイスアシスト! 流石サッカー部なだけあるな! 惚れ惚れするぜ!」
「……おっ、おう……」
僕が手を掴みながら、褒め称えると、少し気恥ずかしいような、それでいて少し照れた顔をしていた。
「みんな、おはよー」
「おはよう」
松戸さんと綿佳が挨拶をしながら、クラスに入って行く。元々、騒がしかったクラスだが、更に騒がしくなった。
男子は松戸さんを見て嬉しそうに挨拶を返し、女子は綿佳に黄色い声援をおくっている。
僕はというと……? 誰にも気付かれてないまであるよ? 本当だよ?
そんなステルスモードな僕は、自分の席に座ってホームルームが始まる時間まで音楽を聴いて時間を潰す。
時間の潰し方としては、よくやる手法だ。
イヤホンから聴こえてくるバンドのボーカルの声が格好いい。
歌を聴いていたら、突然イヤホンがとられた。
「何聴いてるの?」
イヤホンをとったのは隣の席の音成鈴子。
彼女とは家も近く、ほぼ幼なじみみたいなものだ。
僕は付き合いが長いため慣れたのだが、何せ彼女は人との距離を測るのが苦手だ。
そのため、今も僕からとったイヤホンを片耳につけて、一緒に音楽を聴こうとしてる。
一応、ワイヤレスイヤホンなのだが、なぜか彼女は肌が触れあうまで近づいてきている。
「なぁ、鈴子さんや?」
「なに?」
「ワイヤレスイヤホンだから離れても聴こえるぞ?」
「そうなんだ初めて知った」
というわりには微動だせず、近くに居座る。
相変わらず、離れるという選択肢はないのね? ていうか、毎朝のようにこの会話しているから、初めてじゃないよね?
「なぁ、毎朝言ってるけど距離が近いぞ? 僕にはまだいいが、他の男子に勘違いされるから程ほどにしとけよ?」
「あっ、先生きた」
「無視!?」
まさかの無視!? 僕から少し遠ざかり、黒板を眠たげな目で見ている。
鈴子は根は凄く真面目だ。授業はちゃんと受けるし、先生の話だってちゃんと聞く。
なのに僕の話は聞いてくれない……。
「席に着いて下さいねー! 席に着いてくれないと先生は泣きます! それはもうめっちゃ泣きます! お前、本当に大人なのか?って聞かれるほど泣きます!」
この先生相変わらずだな……。毎回のことなので無言で席に座っていくクラスメイトたち。
ある意味、統率がとれたクラスだなと思いました……まる。