第六話 「扉の間」
「…これ」
「早速の障害物ってわけ、か」
薄明かりが照らす通路を5分ほど真っ直ぐに進んだところだろうか。黒と銀の少女達は今、三つの色違いの扉と一つの石碑に行く手を遮られている最中だった。
今までの通路から比較的開かれた空間の奥に、左から鉄、木、金で出来た扉が等間隔で打ち付けられ、そのちょうど中央に石碑が配置された構図。一見すれば別れ道のように見えるが、二人を悩ませている問題はそれだけではなく、平べったく置かれた灰色の石碑上に、先ほど見たものと同じ黒色の文字が彫られていることである。
他に何も無いことを確認すると、そのまま一番前で重々しく鎮座する石碑へ近づき、そこに書かれた文字を読んでみる。しかし
『三種の扉はこの世の理を顕す』
『容無き王の威光、連れ従えるは一つのみ』
『聡明な決断をーー』
「……まるでナゾナゾだな」
そこにあったのは、端的な3行の短文だけだった。
書いていることは重要そうなのにどれも意味深で、まともに何かを伝えるような意思が感じ取れそうも無い。まさにナゾナゾという言葉をがこれ以上なく的確な代物である。
隣ではアステリアが、石碑を見て何やら深く考え込んでいるようだった。
「何か分かるのか?」
「…全然。何か、引っかかるような気がしただけ、だけど、それも分からないし。」
その目は今も真剣に石碑を見つめているが、それで何かが分かりそうといった様子でもない。
仕方なく自分でも碑文についての意味を考え始める。
「三種の扉、っていうのは、多分あの3つ並んでる扉でいいんだよな。問題はこの世の理っていう部分だけど…」
前を向いて件の対象を観察する。
だが、目の前に変わらず立っている扉はどれも色と材質が違うだけであり、何をどう表しているのかまるで分からない。この世の理と言われたところで、「全ての生き物はいつか死ぬ」といったような意味合いで良いのかどうかさえ。
王の威光、連れ従えるといった部分に関しては最早さっぱり、といった具合である。
「やっぱり、実際にどれか開けてみるしか道はないか…」
結局意味不明だった碑文のことは一旦保留し、3つあるうちの一番左の扉の前へ向かった。少しくすんだ鈍色の鉄扉に錠前などが掛かっている様子は無く、頑強そうだが至って普通の見た目。だが、一点だけ。
扉の中心部分に、またしても黒字で何かの文字が書かれていたのだ。
「…どうしたの….って、これ」
そこへ暫く考え込んだままだったアステリアもやってきて、一緒に鉄扉の前へ並ぶ。そして、扉に現れていた文章を読み聞かせた。
『教え施す聖者の間。その口は実を結ばず』
「謎が更なる謎を呼んでいっている気がするな、これ」
溜息混じりの言葉が思わず出てしまう。
今度の文章も負けず劣らずのナゾナゾっぷりを発揮していた。
「…これが、この世の理ってやつと、関係してるのかな」
「そうは言っても…この文章からそれを読み解けっていうのは流石に無理があるんじゃないか?」
正直に言って、この文章から世界の理なんて大層なものを引き摺り出せるのは、超のつく天才か誇大な妄想家だけなのではないだろうか。
「…でも、残りの2つにも、何か書いてるんじゃないの、かな?」
確かに、左の1つだけにしか文章が書かれていない、ということも無いだろう。
アステリアの言葉に従い、真ん中の木でできた扉を見に行ってみる。すると案の定とも言うべきか、そこにも一つの文章が書かれていたのだが、
『飢餓に喘ぎし民草の間。その胃は音を欲さず』
「……」
そのまま一番右の金に輝く扉にも行ってみたが、結局書かれていた文章は
『財に溺れし亡者の間。その目は心を知らず』
「……」
全ての扉に異なる意味の文章が書かれていたものの、全ての扉に真っ当な意味の込められた文章が書かれていない、という事実のみが残った。
聖者、民草、亡者。全ての文章を繋げても何か意味が分かるはずはなく、他にまともな文章も見つからない。謎だけが徐々に幅を利かせていく。
どれだけ考えても出ない結論を前に、話は結局振り出しに戻るだけだった。
「……実際に入ってみる他にないか」
アステリアもコクンと頷くのを確認した。
そして最初の鉄扉の前へ再び立つと、その扉をゆっくりと押し開いていく。
すると、そこに広がっていたのは
「これは…!?」
あまりにも突然現れた光景に、言葉が出てこなかった。
中央に真っ直ぐ延びた赤いカーペットに、その両脇を固める数多くの長椅子。ステンドグラス状の巨大な窓からは明るい日差しが射し込み、最奥にある聖像を燦々と照らしている。
そこはまさに礼拝堂そのものだった。
「…こんな場所、初めて見た」
隣に立つアステリアも、顔に驚愕の色を浮かべながらマジマジとその景色を注視していた。
普通の人間でも、この規模の礼拝堂を見れば多少なりとも感嘆する。まして、知識の中の存在しか作ることの出来なかった少女にとっては、その関心も計り知れないはずだろう。
「…此処が聖者の間、なの?」
「それは僕にも未だ分からない。見たところ礼拝堂のようだけど……!待った。人がいる」
だが、アステリアと話を始めたのも束の間、視界の左端の椅子の上。そこに座り込む一つの人影に気がついた。
後姿を見る限りは初老の男性らしく、白くなった頭の上には帽子を被り、身体には祭服のようなものを着込んでいる。
ジッと座ったまま動かない男の様子を暫く伺っていたが、男は不意に椅子から立ち上がると、ゆっくりとした足取りで中央に置かれた祭壇へと向かっていった。
そして、祭壇の前に立った初老の男は、数十メートル先から此方を見据えると、にっこりと天使のような微笑みを浮かべて言葉を口にするのだった。
「ようこそ、我が聖堂へ。本日は如何なされましたか、迷えるお嬢さま方?」