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新生 アステリア  作者: 緋翠蒼花
第1章 旅立ちの星空
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第三話 「白銀の少女」

 

「……」


 少女は既に動かなくなった竜の上に立ち尽くすと、真っ赤に汚れた自分の裸体を気にするかのようにペタペタと触り始めた。


「(何だ…アレは?)」


 思うように身動きの取れない体を推しながらソレを観察する。


 見た目だけは確かに人間のそれなのだ。

 滑らかな白銀の髪に透き通った緑色の瞳。

 容姿は10代半ばといった所で、あどけない顔つきは無機質な表情を帯びている。

 一糸纏わぬその身体は髪と同様に肌白く、状況さえ違えば妖精のように映えたことだろう。


 だが、目の前で竜の首を斬り落としてみせたのも間違いなく少女である筈なのだ。

 現状その手に武器と思われるモノは確認できないが、どんな手札を持ち合わせているかは一切不明。


 そもそも、敵か味方かさえ分からないのだ。


「……」


「!」


 緑の瞳が唐突にこちらを振り向いた。


 白銀(しょうじょ)がジッとボロボロの体になった(しょうじょ)を見つめる。

 しかし、そこである違和感に気づかされた。


 ーー動けない。



 それは全身を走る痛みからでも、心理的な疲れからでもない。

 金縛りにあったかのように、その瞳から眼を逸らすことが出来ないのだ。


「…っ」


 緑の双眸は、まるで全てを見透かすかのように光を吸い込んでいた。自分の考えていることが、頭の隅から隅まで洗い出されていくかのような感覚。


 …もう何秒ほど視線を交わしていただろうか。

 体の各所がピリピリとした重圧に耐え切れず、崩れそうになってきたころ、


「…びっくり」


 不意に少女は何かを呟いたかと思うと、亡骸の上からふわりと飛び降りた。


「(…!体が、)」


 それと同時に、身体を縛っていた謎の重圧が消失する。全身を包んでいた妙な息苦しさから解放され、何度か深呼吸を繰り返した。


 だが、目の前での異変はまだ続いている。


 今度は宙にその身を投げ、泉に入水した筈の少女がーー水の上を歩いてこちらに向かってきていた。


「(…っ!どうする?今なら体は動くけれど…この足では逃げ切れないか。頭もまだグラグラして、さっきみたいな魔法が使えるかどうか…)」


 咄嗟に自分が取るべき行動を巡らせるが、今の状態でできることなど殆ど見当たらない。

 敵か味方かどうかは尚も不明だが、接近を許した途端に今の竜のような末路を辿っては堪らないのだ。


 そうしているうちにも、赤い水の上を紅い色に濡れた少女が近づいてくる。


 しかし、結果的に出した答えは…最早どうすることもできない、ということだった。


 ついに少女は水面を抜けて陸地へと上がり、草の上に水滴を垂らしながらゆっくりと歩いてーー今、地面に倒れる自分の前に立っている。


「(ぐっ…!なん、だ…)」


 その時、突然視界がぐにゃりと歪んだ。


「(…いし、き、が…)」


 傷だらけの身体に、速攻で使った慣れない魔法。

 それは1人の人間の少女が背負うには、余りにも重すぎる負担だったのだ。


「(っ………)」


 少女の身体持つ少年は、その日2度目となる意識の消失(ブラックアウト)を経験するのだった。


  ✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎


 ーーー




『はぁ…またこんな所にいたのか』


 ーーうわ、出た


 少し離れたところから怒るような呆れるような、もしくはその中間のような声を飛ばしてくる男がいた。


 いつも人が心地よく過ごしてる時に限ってやってきて、平然とした顔でそれをぶち壊していく。

 その姿、まさに死神の如し。


『もう分かっていると思うが、早速次の戦場が決まった。明朝、日が昇ったら直ぐに出発する。いい加減準備くらいはしておけよ。』


『はいはいはいはい、分かっておりますよ。わざわざこんな所まで御足労頂き恐悦至極でございます、上官殿』


『お前なぁ……まぁ自由時間内に何をしてくれても構わないんだが、あまり遠くには行くなよ。何処からお前を襲ってくる敵が現れるとも』


『はい、ストップ!!そこまで!!そんなこと十分理解してるし、血生臭い話の持ち込み厳禁。以上!』


 腕で大きくバツを作って先の言葉を封じ込む。

 これ以上数少なく貴重なプライベートタイムを侵害されてたまるかというのだ。


 諦めたのか納得したのか、目の前の男は「はぁっ…」と口癖のような溜息を吐くと、元来た方向へと踵を返す。


『じゃあ、俺はもう行くからな。お前も遅くならないうちに帰ってこいよ。』


 来た時と同じように静かに去っていく背中を見つめながら、その手は「待って」と伸びそうになって、


『………』


 そっと、元の位置に下ろされる。


 再び静寂が舞い戻った世界で、何故か胸の中が寂寥感で満たされていくのを感じた。


 ーーあぁ、やっぱりダメだなあ


 心の中でそう独りごちながら、先程まで見ていた方へ向き直る。


 ーー私は血を流し合う戦いなんかより


 それは、人前では決して口に出さないと決めた言葉


 ーー普通の女の子として生きてみたかった


 今の気持ちを汲み取るかのように風が強く吹いた。


 その目が見据える先にはきっと、

 ーー鮮やかに咲き乱れた無数の花々が映っていたことだろう。


ーーー



  ✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎


 ………


 ……


「っ!!」


 黒髪の少女はその目を大きく開くと、2度目の覚醒を迎えた。


「今の…夢…?」


 寝ている間の些細な出来事の筈なのに、何かとても現実味を帯びた夢を見たような気がする。


「(それに最後に見えたのは…)」


「…起きた?」


「うわっ!?」


 しかしながら、視界の端から突如として顔を覗かせた銀髪によって、思考は一気に現実のものへと引き戻される。


「君、は、…」


 透き通るように滑らかな白銀に、全てを見透かされるようなグリーンの瞳。


 ーー間違いない。


 そこにいたのは紛れもなく、あの時、泉で竜を一閃してみせた少女だった。


「動かないで」


 起き上がろうとした途端、頭を手で抑えつけられた。

 抵抗しようとするもまるで歯が立たない。


「……大丈夫。多分怪我とかは、もう治ってる、と思う。」


 辿々しい口調でそれだけ口にすると、少女はパッと手を離してくれた。だが、その一言で思い出す。


「(そうだ、怪我…!)」


 今度こそ上体を起こして全身を確かめてみた。しかし、

 腕…普通に曲がる。

 足…立ち上がれそう。

 頭…スッキリ冴えている。


 ……


「えっ?」


 一拍置いてその異常性に気づいた。


 あれほどまでに酷く痛んでいた箇所が、一つ残らず綺麗サッパリに完治しているのだ。

 仮に治療系の魔法を使ったとして、これ程の重傷を痕跡すら残さずに一瞬で治せるような奇跡があるのだろうか。


「これは、君が治療してくれたってことなのか…?」


 確かめるように尋ねてみるが、返ってきたのはコクン、という頷きだけだった。


「………」


 自分の状態を知ったところで、今度は改めて周囲を見渡してみる。


 地面には先程までと何ら変わらず、どこまでも色鮮やかな花々が咲き誇っているが、何処を見てもさっきの泉が見つからない。

 別にもう一度行きたいなんてことは微塵も思わないのだが、少女一人が怪我人を連れて、それほど遠くまで移動できるものなのだろうか。


 そして次は、目の前にちょこんと正座している白銀の存在をよく見る。

 髪、瞳、体格などに関しては、最初に見た時と別段変化はしていないのだが、二点ほど異なる点があった。

 まず一つは、全身を覆っていた返り血が綺麗に洗い流されているということ。

 もう一つは、何も纏っていなかった体に、今はワンピースのような白色の服を着ているということだ。


「……」


 当の本人は相変わらず無機質な表情を浮かべているが、返り血が消え、髪と同じように無垢な色を纏ったその姿は、まるで天使か妖精がそこに居るかのような錯覚を与える。


 ーー笑えばもっと可愛いのにな


 頭の端にそんな考えが過ったころ、知ってか知らずか、目の前の少女が唐突に口を開いた。


「…ねぇ、」


 そして少女は、何気ないような口調で素朴な疑問を投げかける。


「…あなたは何者、なの?」


「えっ…?」


 それはある意味で当然の、それでいて他の誰よりも、今の自分が一番知りたいと願う問いかけであった。

 少女は続けて言葉を紡いでいく。


「…あなたの頭の中を覗いて見た。思考、性格、感情、記憶に至る細部まで全てを。だけど唯一、あなたの中には記憶といえる記憶、それもエピソードに関する記憶が殆ど見つからなかった、の。」


「………」


 恐らく、あの時に起きた金縛りこそが「覗く」という行為だったのだろうとは推測が出来た。

 だが、少女が口にしたその先の台詞。「記憶が見つからなかった」という部分に、改めて自分の前の現実を突きつけられた気分に陥る。


「その、通りだよ。僕には此処に来る前の記憶が残っていないし…自分が何者なのかも、分からない。気がつけば花の上に倒れていて…女の子に、なっていた…」


ポツリ、ポツリ、と自分に分かることを口にしていく。既に記憶を見られているせいか、言葉は包み隠さず素直に紡ぐことができた。


「…ごめんなさい。私はあなたの以前の記憶を知らないし、女の子になっていた、っていうのも良く分からない。けど、本当に何も知らないなら、早く此処から逃げた方がいい、よ?」


「逃げ、る?」


しかし、自分の告白に対して少女が返した答えは、とても穏当な雰囲気と言えるものでは無かった。


「…例えば、記憶を見る限り、さっきあなたを襲っていた竜。あんなもの、この世界に元から存在しているはずがなかったん、だよ?」


「なっ…そんな馬鹿な!だって僕は確かに、」


 そう、自分は確かにあの竜に襲われたのだ。

 今でも鮮明に脳裏に蘇る、翠色の鱗とブレスの衝撃。

 あんなモノがあのサイズの泉にいて、存在が分からないはずが


「だから、『存在しているはずがなかった』。…アレは、()()()()()()()()()()()()生み出されたモノだから。」


「……!」


 白銀の髪を揺らした少女が、自分の言葉を遮って口にした台詞は果たして、俄かには信じられないような話であった。


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