第*話 「始まりの日」
ーーあぁぁぁぁ…
何かが壊れるような轟音と共に、悲鳴のようなモノが風に乗って聞こえてくる。
「…ぃ…何なんだよ…あいつらはっ!!」
「知るか!今は人民の避難と負傷者の手当てを急ぎつつ反撃の準備を…」
遠くから何十人もの鎧を身に纏った男がこちらに向けて走ってきていた。
見るからにひ弱そうな者から屈強な体格をしている者まで様々だったが、その誰もが一様に蒼白な顔つきをしている。
「………」
周囲を見渡してみると、そこには多くの人間がいた。
広場のように大きく開けたそこにいる人間は老人から子供まで幅広く、声を上げて泣き叫ぶ者、隣人に怒号を浴びせる者、何かに縋るかのように祈りを捧げ始める者達で溢れかえった状態だった。
中心部には白いシーツのようなものが張り巡らされ、体から血を流した無数の負傷者達が横たえられている。
数人の白衣を着た人々が治療を順に施しているものの、数が多すぎる上に傷が深く、既に死者も現れ始めていた。そこに
「早く逃げろっっ!!この国はもう堕ちー」
新たに走ってきた男が目の前で何かを伝えようとした。
しかし、男は後ろから迫ってきた巨大な腕のようなモノに掴まれたかと思うと、一瞬で握り潰されて
「ガ、ガ、アアゲエェ、ゲ、アァァァッ…」
男を肉片に変えた元凶が徐々にその姿を露わにしていく。
「かい…ぶつ…」
誰かが口にしたそれはまさに、「怪物」という表現があまりにも相応しい存在だった。
数十mはあろうかという巨大な灰色の体躯に、幾多もの口や腕が所狭しと貼り付けられている。
体の下には夥しい量の脚が生えているが、自重を支えきれないのか、体を引き摺るような形で移動している。
更に、目の前の怪物よりは遥かに小さいものの、同じような灰色の姿をした化け物が後ろからも無数に近づいてきていた。
「うわああぁぁぁぁぁぁ!!」
脳が事態を理解した途端、一瞬で大広場は恐慌状態に陥っていく。
人々は我先にと怪物達の居る反対方向へ走り始めた。
反応が遅れた者や転倒した者は次々に人の波によって呑まれ、踏まれて死んでいく。
生命の危機を前にした人々が理性を失った獣に成り果てるのに時間はかからなかったのだ。
だが、逃げ始めるには既に遅すぎた。
鈍重な容姿に反して俊敏な動きで巨腕を伸ばした怪物は、次々に逃げ出した人間を掴んでいく。
そして、人を掴んだままの腕を自身の方へ引き寄せたかと思うとーそのまま全身に生えた口の中へ放り込んだ。
「………」
人を取り込んだ口はー 一瞬嬉しそうに笑ったように見えたーゆっくりと咀嚼を開始する。
中からは断末魔のような音と共に、骨が砕かれ肉が裂かれる音が聞こえてきた。
「ガ、ガ、ガギガアアア、ギイィィィ…」
「まだ…足りない…?」
口を真紅に染め上げた怪物の口が奇声を発する。
ただの気のせいかもしれない。そこに意味など見出せる筈が無いのに、何故か怪物がそう言っているような気がした。
「ガ、ガゲゲゲエェェェッ!!」
そして、今度はその場に立ち竦む自分の目の前に腕が迫ってきていた。
「………」
体は動こうとしない。
脳は死を受け入れ始めている。
それでもただ一つだけ、望むことがあるとするならば
「どうか…この世界が…」
巨腕に掴まれるその時、目の前が真っ白な光に包まれた。
「救済れますように」
その言葉を口にした途端、段々と自分の意識が遠ざかっていくのを感じる。
「これが…死ぬってことなの…かな…」
そのまま少年は意識を失った。
ただ最後に視界が閉じられる直前、その光の中に、どこか哀しそうな顔をした少女を見たような気がしたーー