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さればこそ無敵のルーメン  作者: 宗園やや
第十一話
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4

ボルンの街に入った馬車はそのまま大通りを進む。

降りる準備をしなければならないので、外を見る余裕は無い。


「お疲れさまでした。ここがボルンの病院です」


馬車を止めた御者がドアを開ける。

目の前にそびえる病院は、王都に有ってもおかしくないくらいの立派な施設だった。

教会通信で王女が訪問する事を伝えていたので、若い男性が出迎えてくれた。

馬車を降りる銀髪美女に向けて綺麗な敬礼をしたし、帯剣しているので軽装の騎士だろう。


「私が案内致します! こちらへどうぞ!」


テルラ一行は、若い男の先導で病院に入る。

見舞客の雑談で賑やかな待合室の前を横切り、静かな廊下の一室に通される。


「隊長! レインボー王女がお着きになられました!」


「入って頂きなさい」


「は! どうぞ!」


若い男がドアを開けた。

中には中年の男性が二人居た。

屋内なので兜は被っていないが、派手な鎧をちゃんと着ている。


「これはこれは、レインボー姫。ご足労戴き、大変申し訳ありません」


綺麗な所作で跪く中年男性二人。

まずは茶髪の男性が顔を上げる。


「私は今回の援軍の部隊長を任されました、ジェイルク・ジールドです。こちらの御仁は、ランドビークの騎士、オカロ・ダイン殿です」


紹介された黒髪の男性が顔を上げる。

中年と言うには若く、美形の類だった。


「オカロ・ダインでございます。この度は我が国の王子とその従者が多大なるご迷惑をおかけしました。平和を想う一人の騎士として、大変申し訳なく思っております」


「我が国の国民にも被害が有り、わたくしも遺憾に思っています。ちなみに、武装している今のわたくしはハンターです。パーティリーダーは彼、テルラです。我々の最終決定権は彼に有る事をご了承ください」


王女らしく尊大に謝罪を受けるレイ。


「――ですが、問題の魔法使いはわたくしを指名した様子。事態の早期解決のため、わたくしが代表してお話します」


「は。こちらでございます」


今度は二人の騎士に案内される。

静かな廊下の奥に有る、鉄柵で閉ざされている階段を降りる。

地下に入ると、鉄格子の牢屋みたいな病室が並ぶ廊下に出た。

部屋はいっぱい有るが、誰も居なかった。


「病院に牢が有るんだね」


興味津々で格子の向こうを覗くカレン。

牢屋の形になっているが病室なので、清潔なベッドや個室のトイレが有る。

居住性は悪くなさそうった。


「なんで病院にこんな地下牢が有るんだろう」


グレイのつぶやきに応える者は居ない。

案内役の騎士達が立ち止まったからだ。


「ここです」


隣国の紋章が付いた鎧の騎士が守っている牢の中では、ゆったりとしたパジャマを着た女性がベッドに座っていた。

女性は、一行の姿を認めて微笑んだ。


「おや。本当に来たんですね、レインボー姫。王族の呼び出しなんか通らないと思って言ったんだけどなぁ」


「二国間で大問題になりそうな状況ですからね。さぁ、貴女が知っている事をお話しなさい」


格子越しで会話を始めようとしてら、茶髪の部隊長に止められた。


「少々お待ちを。ここでの会話は記録され、両国で共有されます。ご了承ください。今、その準備をさせます」


鎧を着ていない数人の騎士が人数分の椅子を運び込んで来て、牢の前に並べた。

最後に簡素な机が置かれ、その上に紙とインクが置かれる。

その机にメガネの青年が着き、記録の準備が整ったと無言で頷く。


「ご着席ください。――では、どうぞ」


姫達が座ったのを見た隣国の黒髪騎士も頷き、格子を籠手で叩いた。

冷たい鉄の音が地下に響く。


「さぁ、喋ろ。そう言う約束だっただろ」


「そうね」


女魔法使いが本題に入ろうとしたのを遮り、グレイが指差した。


「お前、片足を失くしたのか」


自分の足に目を落とした女魔法使いは、儚げに微笑んだ。

パジャマの片足の部分は、中身が無いのでペチャンコに潰れていた。


「ええ。喋らなかったから、治療されなくてね。壊死して、熱が出て。死に掛けて、そこでやっと治療して貰ったの。腐った部分を切って捨てただけと言う、雑な治療だったけどね」


「そうか。撃ったのは俺だが、謝らないぞ。俺は俺の仕事をしただけだし、お前がさっさと喋ればそこまで悪化しなかったんだし」


「分かってるわ。――本当は死んでも喋らないつもりだったけど、死後の世界を垣間見た時、あっち側に居た彼女にあいつを救ってってお願いされてね。それで喋る事にしたの」


「彼女とは?」


テルラが訊くと、女魔法使いは速記しているメガネの青年をチラリと見た。


「ここの会話は記録されるから、あえて彼女の名前は出さないわ。蒸し返されて、また彼女の親族に迷惑が掛かったら嫌だから。だから、ここでの『彼女』は一人の人物を差す言葉として受け取って。それ以外にも分かり難いところが有っても察して頂戴」


「分かりました」


「彼女が救ってとお願いしたあいつってのは、ハイタッチ王子の事。だから、まずはハイタッチ王子の目的を話すわ。知りたかったでしょう?」


「もちろん!」


カレンが力強く頷く。


「事の始まりは二年くらい前。王子と彼女が恋をしたの。第三王子の彼は、自分は権力争いには関係無いと思って、気軽に一般女性とそうなったのね。レインボー姫は長女だけど第二子だから彼の心理を理解出来るでしょう?」


「ええ、理解出来ますわ。そう言う恋は、現実でも物語でも成就しない事も。でも成就するんじゃないかと一縷の望みを持ってしまう事も」


プリシゥアは毅然と言うレイの横顔を見た。

テルラの方は一切見ずに、まっすぐ格子の向こうを見ていた。


「王子は周囲の忠告なんかどこ吹く風で付き合いを続けたわ。障害が多い方が恋は燃え上がるって奴ね。彼女も、どうせなら行けるところまで行ってやろうって、半ばやけっぱちで逢瀬に積極的だったわ。まぁ、相手が王子様だしね。上手く行けば玉の輿って彼女の気持ちは私も理解出来るわ。後ろの女性陣はどう?」


「まぁ、分かるっスね」


プリシゥアが頬を掻きながら頷く。

カレンも頷いたが、グレイは他人事の様に視線を動かすだけだった。


「そんな付き合いが一年続いたけど、それは突然終わった。二人の別れさせられ方は尋常じゃなかった」


「どうなったの?」


近所のうわさ話を聞くノリで相槌を打つカレン。


「それは事故として処理されて、真実は残っていない。だから一般人の私は詳細を知らないけど、王子は真実を知った様ね」


女魔法使いはレイの目を見た後、わずかに顔を伏せた。


「彼女はそれはもう無残な殺され方をしていたらしい。二人を別れさせるために、と王子は思っている。誰がどこに殺人を依頼したのか分からないから、王子は彼女を蘇生しようとした」


レイはその言葉に驚く。


「蘇生なんて出来るんですの?」


「少なくとも王子は本気でございましたわ、レインボー姫。魔物を生贄にした蘇生術は失敗。人間を生贄にしても失敗。魔法溜まりを利用しても、死人が動くと噂の街でも、全部失敗」


「……なるほどな。だから荒野を越えたあの街に居たのか」


グレイが納得して足を組む。


「ちなみに、私は彼女の友達。でかい剣士は彼女の兄。お兄さんは彼女の遺体を見て、本気で王家と国を恨んでいたわ。よっぽどな死因だと察した私も二人に協力したって訳。蘇生術には魔法使いの知恵と魔力が必要だったからね」


頷いたテルラは質問する。


「王子の目的は分かりました。では、今回の国境要塞襲撃も蘇生が目的で? もしそうなら、新たな魔法使いの協力者を得ている?」


「新たな協力者はいらない、と言うより、必要ないと王子は思っているでしょうね。なぜなら、貴方達が言ったから。『王子の願いは絶対叶わない』と。彼はそれを信じたんでしょう。だから要塞を襲ったと私は思う。――ちなみに、要塞の南側に何が有るかご存知?」


「砂漠ですわね」


「さすがレインボー姫、地理にお詳しい。では更にその向こうには何が?」


「……まさか」


考え込んで黙ってしまったレイの後頭部に疑問をぶつける、最後尾に座っているグレイ。


「何が有るんだ?」


「……グレイは地上の情勢を知らないでしょうから、簡単に説明しますわね」


レイが青褪めつつも語る。

エルカノート、ランドビーク両国の南には、広大な砂漠が有る。

砂漠は生物が生きるに適していない土地なので、少数ながらも街は有るが、どの国にも属していない。

その砂漠の向こう側には、他国への侵略に積極的な軍事国家が有る。

なので、大陸の南側では戦争が何十年も続いているらしい。

魔物が出てからは多少は大人しくなったそうだが、侵略行為は治まっていないとの情報が伝わって来ている。


「リトンの街で起こった大量の魔物騒ぎは王子が引き起こした物、と王子本人の手紙に書いてありましたわ。要塞を占拠した魔物もあの時と同じ様に溢れ出していて、我が国に被害を与えていると考えたら。同様に南の方にも溢れ、砂漠越えに挑戦していたら。――それが王子の目的でしょうね」


テルラ一行と騎士達は青褪めた。

その表情を見た女魔法使いは、誰も何も言っていないのに大仰に頷いた。


「大量の魔物が軍事国家を刺激し、北の国からの宣戦布告と捉えたら。――そう。王子は祖国を滅ぼすつもりよ」


エルカノートの方は砂漠の延長の様な荒野が有るので侵攻されても大自然が敵軍を疲弊させるが、ランドビークの方は山脈地帯。

南からの侵略軍が山に潜んだら手が付けられないので、大袈裟な国境要塞が必要なのである。

魔物の発生源とされるリビラーナ王国も砂漠を挟んだ南側に有り、軍事国家の侵攻を恐れた結果、魔物を発生させたとも囁かれている。

現在は人間が住めない魔物の国となっていて、そちらを刺激したらもっととんでもない事態になるだろう。


「し、しかし、王子の願いは叶わない。思う通りには行かないのでは?」


テルラの慌てふためく顔を見た女魔法使いは、面白そうに含み笑いをした。


「多分、彼は要塞に務める兵士の命を大量に消費し、自分一人の力で蘇生にチャレンジしてみたんじゃないかな。成功すればそれで良し。失敗して魔物が発生しても、魔物は勝手に動いてどこかを襲うだけ。どんな結果になろうとも、どっちかの願いは叶うって寸法よ」

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