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雨模様の空の下、愛用の黒コートの上に油紙製のレインコートを羽織ったグレイは、カミナミアを囲む城壁の上に立った。
グレイはまだ10歳の少女なので、テルテル坊主の様な可愛らしい見た目になっている。
勿論許可を得ているので、誰かに咎められる事無く良い感じの位置で長銃を構える。
父の遺品である海賊帽は海の上で活動するために防水に優れた作りになっているので、風が吹かなければ顔は濡れない。
屋外である以上風が吹かない事は有り得ないので、海賊帽が飛ばされない様に深く被る。
グレイは狙撃用のスコープを覗く前に、肉眼で地面を伺う。
良く整備された平原に、無数のカエルが跳ねている。
体躯が人の倍は有るので、一目でただのカエルではない事が分かる。
グレイとその仲間達が荒野に行っていた間によそから移住して来た魔物で、
雨の度に大発生し、人や家畜、果ては小型の魔物さえ食ってしまうと言う悪食きっぷりで大問題になっている。
「うわぁ……本当に腐るほど居るな。キモ」
グレイは両生類に嫌悪感を持っていないが、ぬめっている生物が群れを成しているのはさすがに見るに堪えない。
だが、ちゃんと現場を確認しないと仕事にならないので、我慢してちゃんと見る。
黒い鎧のヤミトと薄い桃色の鎧のベリリムがカエルを剣でぶった切っている。
他にも数人の男達が剣を振るっている。
でかいだけで特殊な行動をしないただのカエルなので苦労無く退治されて行っているが、ぬめりのせいで剣が滑っている者が居る。
戦い辛そうにしているのは新人ハンターか。
「魔物が増えればハンターも増える、か。仕事が増えるのは良いが、取り合いになったら面倒だなぁ」
グレイは貫通力重視の弾を込めた長銃を構え、慎重に狙撃用スコープを覗く。
「ま、不死の魔物の情報が来たら旅に出る俺達には関係無いか」
引き金を引くと、スコープの中に居るカエルの脳天に穴が開く。
次のカエルに照準を合わせ、狙撃。
一匹いくらの出来高仕事なので、楽な仕事だ。
そうして10匹以上退治すると雨が上がった。
「――居なくなった。晴れると、本当にパッと消えるな」
地面にはカエルの死体が何十匹も転がっているが、生きているカエルは一匹も居ない。
天候条件で発動する移動魔法を使っているのかも知れない。
連続射撃で熱を持った長銃を下すグレイ。
湯気を上げていてコートの下に入れられないので、肩に担いで城壁内部の階段を降りる。
「お疲れ。――あいつらは何しているんだ?」
グレイは、門まで下がって来たヤミトを片手を上げてねぎらった。
役所の人が退治した魔物の数を数えている横で、ハンター達がカエルの死体の血抜きをしている。
そして、解体が済んだ肉片の山をリヤカーに乗せて街の中に運んで行く。
普通、魔物の死体は役所の人が処理してそこら辺の土に返す物なのだが。
「うむ! お疲れ! 奴等はカエルを追ってやって来た、カエル専門のハンターだ。退治したカエルを捌き、調理して屋台で売るんだそうだ」
臨時勇者として働いているヤミトは、無意味に格好付けたポーズを取りながら応える。
「魔物を食い物として売るのか?」
「結構旨いらしいな。普通のカエルを食う地方も有るし、問題は無いんじゃないか?」
「うん、まぁ、商売として成り立つなら有りか。俺は魔物なんか食いたくないが。しかし、カエル専門のハンターなんてもんも居るのか」
そこへ女性臨時勇者のベリリムがやって来て、丁寧に会釈した。
「正確には食用転用可な魔物専門のハンターですね。退治報酬と同時にタダで食材が調達出来るので、結構良い儲けになるそうです。なので、意外と彼等の様なハンターは多いそうですよ」
「ほう。儲けの二重取りが出来るのか。そう聞くと良い商売だな。世の中には面白い事を思い付く奴等が居るもんだな」
「魔物なので、無秩序に狩り尽くしても感謝されるだけですしね。では、私達はこれで。ヤミト行きましょう」
「ああ。――おっと、ちょっと待った。ときに、レインボー姫はどうなされている? 荒野の旅から帰って来てから、一回もハンターとしての活動をなさっていない様だが。よもや、怪我か病気を?」
「レイに限らず、俺以外の全員がだらけているよ。リトンの街では、贅沢しなけりゃ一ヵ月は過ごせるくらいの儲けが出たからな。ハンターなんかしなくて良いやと思っているんじゃないか? 真面目なテルラも、ハンターよりも書類仕事を優先しているし」
「そうか。ご健勝なら良いんだ。ではな!」
無意味に格好付けて別れの挨拶をしたヤミトは、ベリリムと共に帰って行った。
食用転用可の魔物専門のハンター達は、氷魔法でカエルの保存を始めている。
「さて、役所で報酬を貰ってから昼飯にするか」
冷えた長銃を黒コートの下に仕舞ったグレイは、カエルの屋台が凄く安かったら一回ぐらいは食ってみようかな、と思いながら街に戻った。