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さればこそ無敵のルーメン  作者: 宗園やや
第十話
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朝は美人に絡んで来る酔っ払いが居ないので、全員揃って宿一階の食堂で朝食を取った。

そんなテルラ一行のテーブルに黒髪ボブの女が近付いて来た。


「おはようございます。昨晩もパトロールお疲れさまでした」


「おはようございます。魔物を退治してから三日経ちましたが、件の魔物は現れませんね」


テルラとレイは相手に失礼が無い様にスプーンを置いたが、それ以外の少女達はそのまま食事を続けている。


「大聖堂側も、勇者達も、件の魔物の出現を確認していません。普通のよみがえりは依然居ますが、件の魔物はそれらとは関係無い存在と思われていましたので、街はこれでクエストは完了されたと判断したそうです」


「そちらで保存している酸に漬けた頭と水に漬けた胴体の灰は変化無し、と言う事ですか」


「はい。復活の兆しは有りません。この状況に聖女様も感謝しておられます。それで……ですね。直接お礼が言いたいと、ここにいらしております」


周囲を気にして声を潜める黒髪ボブの女。

荒野のど真ん中に在る僻地の街だが、それでも数人の旅人や商人が宿の食堂を利用している。

街の人も居るので、聖女が目の前に現れたら騒ぎになるだろう。


「それはそれは。――ここでは何ですので、僕達の部屋に移動しましょうか」


「それには及ばない。食事を続けて。私にも何か飲み物を」


フードを深く被った少女が、いきなり一行と同じテーブルに座った。

リトンの街の聖女、ルエピ・ミックその人だった。

予想通りに他の客がざわつき始めたが、食堂の入り口に十人もの僧兵が待機しているので怒られない様に様子を窺うに留まっている。


「護衛を付けてでも出て来たのはそれなりに理由が有ってね。――報酬は貰った?」


聖女に応えるのは、立ったままの黒髪ボブの女。


「いえ、まだです」


「ん」


顎で指示された黒髪ボブの女は、上着の内ポケットから封筒を取り出した。


「魔物退治クエストクリアの報酬です。お確かめください」


テルラが受け取った封筒を見たグレイが目を丸くする。


「うおっ!? 分厚いな!?」


「何人も行方不明になって、被害が甚大でしたからね。その分、報酬も上乗せされています」


封筒の中を軽く一瞥して紙幣の束である事を確認したテルラは、数を数えずに懐に仕舞った。


「行方不明者の捜索はどうなりますでしょうか」


「それは街が引き続き行いますので、魔物退治の専門家であるハンターの皆様はお気になさらずに」


「分かりました。無事にクエストが終えられて、僕達も安心しました。――で、ここにいらした理由とは?」


「テルラはともかく、そっちの海賊娘はお金を欲していると聞いた。なら、もうひと稼ぎしてから帰ってはと思って」


そう言う聖女の目を鋭く睨み付けるグレイ。


「さっきと同じくらいの報酬が貰えるのか?」


「さすがに同程度は割に合わないから多少は減るけど、役所でクエストを受けるよりは多いわよ」


「って事は、難易度も『多少』下って事か」


「『多少』ね。あの魔物よりはヤバくないはず」


「その仕事とは?」


テルラの質問に応える聖女。


「テルラ達が大聖堂を訪れた最初の時、門前払い同然になった理由はご存知?」


「確か、聖女様の暗殺未遂事件が起こったからだとか」


「知っていたか。なら、その犯人の名前もご存知だよな?」


聖女がことさら声を潜めたので、テルラも聖女にだけ届く小声になる。


「ハイタッチ・ガガ・ランドビーク様」


「その者の身分もご存知だよな? レイがいらっしゃいますし」


銀髪を揺らして頷くレイ。


「もちろん。それがどうなされたんですの?」


「彼が街の門から出た痕跡は無い。街を囲む壁の天辺にはネズミ返しが有るので、こっそりと壁をよじ登って出る事は不可能。つまり、まだこの街の中に潜んでいる可能性が高い。なぜまだ残っているのか?」


聖女に目を見られたグレイが言葉を継ぐ。


「ルエピの暗殺をまだ諦めていない、かも知れない」


頷く聖女。

テルラも状況を把握する。


「それなら聖女様が外出されるのは危険なのでは?」


「承知しているわ。これはワザと。先日のクエストでテルラが囮になったのと同じよ。こうして私が外に出れば、もしかしたら彼が姿を現すのではないか、とね。でも、今のところ影も形もない」


「だから、あんなに護衛が……」


入り口付近で待機している僧兵団を見るテルラ。

装備は聖都の僧兵と大差無い。


「もう私が外に出ても無意味だと判明したから、皆様にクエストをお出ししなければならなくなったの。クエスト目標は、彼の存在確認。相手が相手なので表沙汰に出来ないので、彼の顔を知っている皆様なら大袈裟にならずに探せるのではないかと」


「人探しですか。この街の人も探しているでしょうから、もう大聖堂付近には居ない可能性は有りますね。この街はとても広いので、簡単には見付からないと思います」


テルラの言葉に頷くグレイ。


「宿代も水代もバカにならない。聞き込みで何日も掛かって見付からなかったら、さっきの報酬が無くなるぞ」


「大丈夫よ。本来は、この国とランドビーク両方の王家にお任せするべき問題。双方からの返事はすでに来ており、両方の王家から然るべき隊が来ます。しかし、隊が荒野を越えて来るまでの数日間、大聖堂は緊張を強いられる。それが少しでも緩和されれば良いの」


「数日か。それくらいなら問題は無いな」


「グレイは納得した様ですが、みなさんはどうでしょう」


テルラの質問に応える仲間達。


「構いませんわ」


「折角来たのにすぐ帰るのも勿体ないから良いよ」


「問題は無いっス」


「では、受けましょう」


良い返事を聞いた聖女が安堵した笑顔になる。


「ありがとう。私も不安だったのよ。もちろん、これからの水代は大聖堂が持ちます。大聖堂に寄ってくれれば無償で水筒を満タンにするわ」


「助かります。ちなみに、ハイタッチ様の護衛は何人居るか把握していますか?」


「確認出来ている範囲では、大柄の男性剣士と、女性魔法使いの二人よ」


テルラ達は視線を合わせて頷き合う。

そいつ等なら顔を知っている。

話が纏まったので、レイが口を開く。


「わたくし達がハンターになった直後、彼とは魔法溜まりの洞窟で会いました。聖女の暗殺に失敗した彼は、そう言った場所に居るんじゃないでしょうか」


「確かに。ルエピ。自然の魔力が結晶化している地域は有りますでしょうか」


テルラの質問を受けた聖女が口をへの字にした。


「有るわ。大聖堂よ」


「え?」


「ミック一族が魔法で水を生み出し、この街の水源を支えている。その水源の大本である『水の祭壇』に歴代ミック一族の魔力が溜まっていて、長い時間を掛けて結晶化しているの。それが溶けると水が生まれるから、現代の聖女は祭壇に縛られる必要が無い。だから私はこうして自由に動けてる訳よ」


「それ以外には無いんですか?」


「過去、この街の魔法学校が探したけれどもどこにも無かった、と言う話を何かの本で読んだ記憶が有るわ。――お前、何か知ってる?」


聖女に話を振られた黒髪ボブの女は首を横に振った。


「土地全体で魔力が少ないから荒野になっているとの見解で締められていた、と私も記憶しています。必要とあれば、改めて探す様にお触れを出しましょうか?」


応えるのはテルラ。


「お願いします。魔法溜まりを探索すると目的の人物と鉢合わせするかも知れませんので、どうか気を付けて。必要が有れば僕達をお呼びください」


「畏まりました。この後、大聖堂に戻り次第手配します」


「他にも思い付いたところが有ったけど、お食事中に言う場所じゃないから控えるわ。どのみち大聖堂内だし」


「どこですか?」


「え? えっと、察して欲しいんだけど、言わなきゃダメ?」


「情報は少しでも多い方が良いので、どうかお教えください」


純粋な瞳で訊くテルラから顔を逸らす聖女。


「……ミック一族が使うトイレよ。身体から水分を出す時、それがどの様な形であれ、魔力が放出されるみたい。そこは聖女の資格を持つ全員が使うので、まぁ、そんな感じよ。お陰で清潔なの」


「おっと失礼。しかし、さすがにそこに彼が潜む事は無いでしょうね。――他に魔法溜まりが無いとすると、再び大聖堂に戻って来る可能性は大いに有ります。僕達は大聖堂付近を警戒します」


「お、お願いします。――しかし、女の子にトイレの話をさせておいて平然と話を続けるなんて、どう言う神経をしてるのよ」


頬を染めている聖女に頷くレイ。

なぜかレイも頬を染めている。


「ナチュラルに羞恥攻めをするのもテルラの魅力ですわ」


「は? しゅち……何?」


「とにかく、仕事を受けたからには気を引き締めましょう!」


レイがパーティに気合いを入れた。

それをポカンとした顔で見る聖女。


「お、お願いするわ。緊急の連絡が有ればこの者を使って。この宿に留まらせるから、いつでも使って。クエスト受注の手続きもこちらがしておくから、すぐに動いてね」


席を立った聖女は、黒髪ボブの女を残して宿を出て行った。

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