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さればこそ無敵のルーメン  作者: 宗園やや
第九話
80/277

9

雲の無い夜空に見事な月が輝いているので、普段なら寝ている時間になっても広い公園内は明るかった。

それでも明かりは必要なので、大聖堂が用意してくれた薪で焚火をした。


「どうぞ、毛布です」


夜は冷えるので、黒髪ボブの女が焚火を囲んでいる全員に防寒具を配った。


「出て来ないわね、魔物」


近所迷惑にならない様に静かにカードゲームをしていた聖女がつまらなさそうに伸びをした。

その相手をしていたテルラとカレンとグレイはカードを下ろす。

ババ抜きやブラックジャック等のゲームをいっぱいやったので、正直疲れたし飽きた。


「そうですね。これからどうしましょうか」


テルラが訊くと、聖女もカードを下ろした。


「じゃ、バーベキューにしましょうか。皆様が利用していた宿を取ってあるから、お腹いっぱいになっても魔物が出なかったらそちらで休みましょう。私もそっちに行くわ」


「聖女様もですの?」


ゲームに混ざらずに警戒していたレイとプリシゥアが焚火の近くに来た。


「静かな中大聖堂に帰ると物音でバレるかも知れないからね。湖の水もたっぷり有るし、二三日聖女が居なくても平気でしょう」


ルエピが手を叩くと男性僧兵がバーベキューコンロを運んで来て、女性僧兵が調理済みの生肉をテーブルに並べた。

聖女は指先から水を生み出し、水差しを満タンにしている。


「こちらの小皿は塩コショウ、こちらがタレです。ご自身で焼いても宜しいですし、私にお申し付けくださっても宜しいですよ」


エプロンを着けたロングヘアーの女性僧兵が生肉の前に皿を並べる。


「好きに食っても良いのか?」


炭が熾されたコンロに真っ先に食い付くグレイ。

その横でプリシゥアがテルラを心配する。

テルラはまだまだ子供なので、眠気のせいで俯き加減になっている。


「大丈夫っスか? テルラ。眠くないっスか?」


「眠かったらわたくしの膝枕でお眠りになっても宜しくてよ。わたくしが負ぶって宿までお運び致しますわ」


レイが金髪の男の子をそっと抱き締める。


「少し眠いですけど、大丈夫ですよ」


「ちょっと、レイ。そんなに抱き締めたらテルラが肉を食えないっスよ。離れるっス」


プリシゥアによってレイから剥がされるテルラ。

テルラを離したくないレイが抵抗したので、プリシゥアはついつい力んでしまった。

そのせいでバランスを崩してよろけるレイ。


「んもう、乱暴しないでくださいまし――」


「あれ? レイ?」


寝ぼけ眼を擦るテルラ。

今そこに居たはずのレイが居ない。

瞬きする間で消えてしまった。


「魔物が出たぞ!」


公園を囲んでいた男性僧兵が叫ぶ。


「あっちね!」


ルエピは、焼けたての肉が乗った皿を放り投げて駆け出して行った。

それに呼応してあちこちから僧兵が湧き出して来て、聖女を囲む様にして駆けて行く。


「どうやら王女様が攫われた様だ! 何が何でも助けないとお国の一大事になるぞ!」


僧兵の叫びを聞いて驚くテルラパーティ。


「なんでレイが? 男の子だけを攫うんじゃなかったのか?」


グレイが長銃を構え、僧兵が持つ松明の明かりの方に向ける。

そこでは人間の身長の二倍は有る黒い物体がラベンダー色のスカートを履いた人間を抱き締め、遠ざかって行っている。


「アレが不死の魔物? おっきくない?」


カレンも聖女の後を追おうとしたが、それをプリシゥアが止める。


「多分、私の潜在能力がテルラを護ったっス。もしもそうだとすると、レイはテルラの代わりに誘われたっス。なら、私達は追わない方が良いっス。カレンの能力も使えないっスから、一旦宿に帰るっス」


「なぜですか?」


テルラが訊くと、プリシゥアがテルラの手を握った。


「囮役のテルラが奴を追っても無駄に危険なだけっス。レイなら自分を護れるっスし、攫われた先で男の子を助けてくれるかも知れないっス。そもそも、あのスピードは追い付けないっス」


魔物を追い掛けている僧兵達は一生懸命走っているが、魔物自体の姿はもう見えない。

大きい図体なのにあっと言う間に見失ったので、人間の足ではどうあがいても敵わないスピードで移動していると思われる。


「あれじゃなかなか退治出来ない訳だな。――さて、どうするかな」


長銃を下したグレイは、バーベキューコンロを見た。

火をそのままにしておけないので、エプロンを着けたロングヘアーの女性僧兵が後片付けを始めている。


「夜だし、情報が無いと動けないな。焼けた肉を持って宿に帰り、聖女の帰りを待つか。明日、明るくなってから、魔物を見失った付近を念入りに探すしかないな」


「判断と指示をお願いするっスよ、リーダー」


金髪の少年は奥歯を噛み締めて苦悩の表情をしたが、諦めて肩を落とした。


「僕達に出来る事は有りません。プリシゥアとグレイの言う通りにしましょう」


レイを欠いたテルラ一行は、女性僧兵に断ってから肉を貰い、敗走兵の様に疲れた空気を纏って宿に帰った。


「レイ……。無事だと良いのですが」


部屋のランプに火を入れたテルラは、心配しながら荷物を下した。


「確か、ルエピもここに来るって話だったっスよね。ルエピは私が待ってるっスから、テルラとグレイは寝ても良いっスよ。必要なら起こすっスから」


「いえ、僕も起きています」


「俺も。肉を食いたいし」


「そうっスか。無理せず待つっスよ」


プリシゥアは、装備を外さずに窓を開けた。

月明かりに照らされた荒野の街は魔物を探すざわめきで満ちている。


「まぁ、王女が攫われたら大騒ぎもするよね」


カレンも荷物を下し、一歩遅れて窓際に来た。

グレイは部屋の中心に有るテーブルに着き、貰った焼肉を広げる。


「これからどうなるか分からないから、ルエピが来ないとコートが脱げないな。――しかし、あのスピードはどうしたものやら」


「そうっスねぇ。次もテルラを囮にするなら、ベルトにでもながーい糸を結んでおくっスか? 念のため、私達も全員。そうすれば、見失っても追えるっス」


プリシゥアとカレンもテーブルに着き、肉に箸を付けた。


「糸ですか。簡単に切れない糸が売っていれば良いのですが」


テルラもテーブルに着き、明日からの作戦を打ち合わせした。

肉が無くなってからも話し合っていると、ドアが控えめにノックされた。


「みなさん、いらっしゃいますか? わたくしですわ」


「レイ?」


聞き覚えのある声に全員が一斉に立ち上がる。

ドアを開けると、レイとルエピと黒髪ボブの女が立っていた。


「無事だったんですね! 良かった!」


「何とか。心配してくださり、ありがとうございます」


安心して涙ぐむテルラに微笑みを向けるレイ。


「えええ!? なんでアッサリ帰って来てるの?」


「まるで帰って来てはいけないみたいな言い方ですわね、カレン」


「そうじゃなくて、攫われた子が見付からなくて困ってるんだから、簡単に帰って来られたらクエスト受けた意味無いじゃんって思って」


「実は、運ばれている途中で魔物に捨てられまして。やはり女はいらないみたいでしたわ。ポイっと雑に捨てられたので、受け身に失敗して手首を捻ってしまいましたわ」


「私が出した水を沁み込ませたタオルで冷やしてるから、すぐに痛みは引くわよ」


ルエピが言う通り、レイの右手首に濡れタオルが巻かれている。


「利き手ですか……。あ、部屋に入ってください。治癒魔法を掛けましょう」


三人を部屋に入れ、改めて話を始めようとした途端、プリシゥアが開けたままにしていた窓が大きな音を立てて割れた。


『カエ……セ……カ……エセ……』


巨大な頭蓋骨が外から部屋の中を覗いていた。

骨の手が窓枠を握り、窓ガラスを割っている。


「うわわ、なんなー!?」


「ここ、二階だぞ!」


突然のホラーにカレンが腰を抜かし、グレイが慌てて長銃を抜いた。


「まさか、わたくし達の後を付けられてた? ――痛ッ」


レイも剣を抜こうとしたが、手首の痛みに顔を顰める。

その間にも、骸骨は部屋の中に入って来ようとしている。

空っぽの眼窩は金髪の少年に釘付けとなっている。


「テルラを狙っているわね! しつこいわ!」


ルエピがテルラを庇う位置に立つ。

ランプの明かりに照らされた骸骨には長い髪が生えていて、腕や胸は女物のドレスに包まれている。


「ここでテルラが攫われたら、あのスピードで逃げられておしまいっス。速攻で倒すっス!」


「勿論よ!」


両手を魔物に向けて突き出すルエピ。


「死ね! 不浄の魔物!」


ルエピは、部屋の中である事を全く気にせずに大量の水を産み出し、魔物にぶっかけた。

勢いが強過ぎてテーブルがひっくり返り、ベッドが水浸しになる。


『ギャアアアァァァアァ』


魔物が苦しんでも構わずに水を出し続けるルエピ。

この調子なら魔物を倒せそうな手応え。


「馬鹿ね! 自分から窓枠に引っかかって逃げられない様になってる! これでおしまいよ!」


「俺達もおしまいになりそうだ。良い感じになったら水を止めてくれないかな」


銃を濡らさない様にベッドの上に避難しているグレイが言うと、ルエピは「それもそうね」と言って水を止めた。

部屋がプールの様になっているので、このままでは自分とその後ろのテルラも溺れる。


『カエ、セ……』


「まだ生きてるよ!」


カレンもふたつのリュックを前と後ろに担ぎ、濡れない様にベッドの上に避難している。

リュックの中には保存食が入っているので、濡れたら全部ダメになる。

念の為に雨具で包んではあるが、さすがに水没には耐えられない。


「なら、こうするっス!」


水の勢いが止まった今がチャンスとばかりに、プリシゥアが水面を蹴って飛び上がった。

そして巨大な頭蓋骨に回し蹴りを入れた。

水に濡れてもろくなっていたからか、長い髪を垂らした頭蓋骨は簡単にもげて部屋の壁にぶち当たった。

その後、身体の方にも蹴りを入れて窓から叩き落す。


「潜在能力が無いのでただの魔物ですが、復活しない様に頭を壺に入れて酸で溶かしましょう!」


指で輪っかを作っているテルラの指示に続き、ルエピも指示を出す。


「身体の方は粉々に砕いてから、完全に灰になるまで燃やして! その後、私の水に浸けて封印よ! 今度は絶対に手を抜かないで!」


「は!」


指示を受けて、黒髪ボブの女が部屋から出て行った。

ドアを開けたので、川の様に水が宿の中を流れて行く。


「このまま後処理出来たなら、これでクエストクリアだな」


銃を下したグレイは、水溜りになった床を見て安堵の息を吐いた。

第九話・完

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