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テルラ一行は大通りを真っ直ぐ歩く。
この街の人々は、砂埃を避けるために頭部全体を布で覆っている事が多い。
乾燥していて気温も高くないから、防塵を第一にしても苦は無い様だ。
滞在が長くなる様なら彼等のマネをするのも悪くないだろう。
そんな人達とすれ違いながら一時間強ほど歩くと、リトンの街の象徴であるリトンの湖に出た。
「わぁ、でっかい! 海みたい!」
「確かに海みたいだ」
カレンとグレイが湖に向かって走り出した。
しかし金網が張ってあって湖に近付く事は出来なかった。
上に刃物が仕込まれたネズミ返しが張ってあるので、登って侵入する事も出来ない。
「なんだ、入れないのか」
グレイが残念そうに肩を落とすと、その隣にテルラが立った。
「この街の生命線で、聖なる存在ですからね。聖地だと思えば、この様な処置も当然でしょう。対岸に見えるあの建物が大聖堂ですね」
テルラが指差す方向に巨大な建物が有る。
一番高い所に鐘が見えるので間違いない。
「やっと到着っスね」
「湖の向こう側ですから、まだまだ歩きますわ」
プリシゥアとレイは大聖堂の位置を確認したが、カレンとグレイは恨めしそうに湖を見詰めていた。
「ホラ、向こうで飲料水を売ってますよ。水筒を満タンにしたら行きましょう」
大きく水のマークが描かれている店は、観光地に良く有る宿屋と食堂が併設している場所だった。
普通のハンターならここで腰を落ち着けるだろう。
それが分かっているカレンとグレイは早く休みたいと思っているが、ここで足を留めたら儲けが無い。
二人は座りたい気持ちを飲み込みつつ、不機嫌の無言で歩みを再開させた。
一時間弱ほど湖の周りを歩いたら、やっと大聖堂に辿り着いた。
礼拝に来ている信徒の姿がチラホラと有る。
女神教の礼拝は朝にする物だが、仕事等で朝に自由が無い人は夕方にしても良い。
「何? この臭い」
横に広い正面階段を上がったカレンが鼻を抓む。
それに釣られて全員が鼻を鳴らす。
言われるまで気が付かなかった。
「これはリトンの街特産の清酒の匂いですね。お米から作られるお酒です。聖都の大聖堂ではワインを作っていますが、水が豊富で綺麗なリトンの街では清酒を作っていると聞いた事が有ります」
それを聞いたグレイが大きく深呼吸した。
確かにアルコール特有の熱量を持った感じがする。
「酒か。テルラはガキのクセに酒の匂いを嗅ぎ分けられるのか。俺にはサッパリ分からん。大人になるまで酒は飲むなと言われてたからな」
「僕だってお酒を飲んだ事は有りませんよ。大聖堂には毎年各地の特産品が送られて来ているので、勉強の一環としてどう言う物が有るのかを教えられているだけです」
プリシゥアも話に加わる。
「お酒は保存が効くっスから、万が一の時の飲料水として、各地の教会が製造貯蔵してるっス。女神様への奉納もするっスから、教会なら高確率で、大聖堂なら絶対にお酒が有るっス。――まぁ、お米のお酒は珍しいっスから、特殊な臭いとして鼻につくんじゃないっスかね」
「それはともかく、玄関が閉じられる前に到着を報告しましょう」
テルラの言葉に従って大聖堂に入る一行。
聖都の大聖堂に負けず劣らず、広くて豪華な礼拝堂だった。
「あのステンドグラス、女神ではなく、聖女を表していますね。あちらの風と水のステンドグラスは稲作の様子でしょうか」
レイが高い位置を指差す。
正面に有る巨大な女神像の背後にあるステンドグラスだけは女神を表しているが、それ以外はこの街の生業や成り立ちを表している様だ。
宗教施設は宗教画を飾る物と言う思い込みが有ったので、軽いカルチャーショックを受けた。
「あ、すみません、ちょっと宜しいでしょうか」
近くをシスターが通り掛かったので、テルラは気を取り直して話し掛けた。
「僕はテルラティア・グリプト。聖都大聖堂の大司教の息子です。ハンターとして不死の魔物を退治しに来たと、事情に詳しい方にお伝えしてください」
「聖都大聖堂の? あ、はい! 少々お待ちください!」
シスターは一礼してから奥に行った。
「さすがですわね。こんなところでもテルラのお名前を出せばすんなりと事が進みます」
レイの称賛に謙遜を返そうとしたら、奥から中年男性の怒鳴り声が聞こえて来た。
「何? 聖都からのハンターだと? 誰が連絡したんだ!」
「……何だか雲行きが怪しくなって来たな。すんなりと、とは行かなさそうだ」
黒コートの下で拳銃を握ったグレイだったが、それ以上大声が聞こえて来る事は無かった。
「声を潜めて相談中っスかね。もしかするとお邪魔だったっスかね」
「連絡が遅かった事と関係有るんでしょうね。僕達はそれを承知で来ましたので、プリシゥア、一応街の外と同程度の警戒を」
「了解っス。――あわよくば泊まってくださいって大歓迎されて宿代水代が浮くかと思ったっスけど、そううまくは行かないっスね」
「確かに期待はしていましたが、口に出さない様に」
テルラが苦笑する。
数分後、先程のシスターが戻って来た。
「申し訳ありません。担当者が不在なので、明日改めてお越しください」
「はい、分かりました」
テルラは素直に引き下がったが、その笑顔には疲れが籠っていた。