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テルラ達は朝食を終えたらすぐに役所に行き、クエストに必要な情報を得た。
その情報に従い、アップタウンの住宅街に行く。
レンガ敷きの綺麗な大通りは、同じ格好をした若者達で溢れ返っていた。
男女で違いは有るが、基本的なデザインは同じだった。
「これは……登校? そうですね。こちら側の住人なら、学校に通うのはとても自然な日課ですよね」
テルラが困惑し、視界いっぱいに溢れている少年少女達を見渡した。
その横でレイが感心する。
「これが登校風景ですか。始めて見ますわ。それはともかく、件のクーリエ・アンミもこの中に居るんですわよね?」
「年齢的にはそのはずです。自宅もこの付近ですし、居ると思います。ですが、この人数の中から探すのは不可能ですね」
一行がどうしようと悩んでいると、とある女子グループがレイの存在に気付いた。
「あれ……。あのお方は、もしかしたらレインボー姫ではありませんか?」
「ハンターとしてこの街にいらっしゃっていると言う噂が有りましたから、きっとそうよ」
女子グループが近付いて来て、数歩離れた所から銀の鎧にラベンダー色のロングスカート姿の美女を観察している。
育ちが良いからか、有名人を見ても耳障りな黄色い声を上げたりはしない。
しかしその行動が目立って異質だったので、その他の若者達もレイに気付いて近付いて来た。
あっと言う間に人だかりが出来て、それを切っ掛けに人の流れが止まった。
学校へ向かう子達が次々と通りに入って来て、『なんで人だかりが出来ているんだろう』と不思議に思って足を止めるので、騒ぎはどんどん大きくなる。
「どうして王女様がハンターをなさっているんですか?」
「例の暗闇事件を調査しているって本当ですか?」
取り留めの無い質問攻めが始まったので、レイは王族スマイルを浮かべつつも後退った。
「ちょ、ちょっとみなさん。早朝ですので、お静かに願いますわ。――そうだ、ちょっとお聞きしたい事が有るのですけど、宜しいですか?」
王族であるレイの言葉に従い、波が引く様に黙って行く若者達。
「この中に――」
「ちょっと待ってください、レイ。それはダメです」
レイの言葉を遮ったテルラは、若者達に向けて声を張り上げた。
「申し訳ありません。僕達はみなさんもご存知の暗闇事件を調査しなければなりません。時間に限りが有りますので、質問は許してください。みなさんは速やかに登校してください。遅刻してしまいますよ」
アップタウンに住む良い所の子達なので、素直に言う事を聞いて散って行った。
王族に対しての正式な別れの挨拶をする子も居るので、解散には時間が掛かったが。
「どうして止めたんですの? テルラ。あんなに大勢居たのですから、クーリエ・アンミの何かしらの情報が得られたかも知れませんのに」
周囲に人が居なくなってから、レイは小声で抗議した。
「年齢に関わらず、集団に向けて個人の名前を教えるのは厳禁です。無関係だったとしてもイジメに発展する場合が有ります。最悪、王女に疑いを持たれた人間として街から迫害されるかも知れません。リスクが大き過ぎるんです」
「まぁ」
「懺悔を聞く訓練をした時に、そう言う話が有ったのを思い出したんです。何はともあれ、僕達が問題を起こしてはいけません」
「ありがとうございます、テルラ。わたくし、そこまで気が回りませんでしたわ」
レイがテルラに抱き着こうとしたら、偶然にもそれを邪魔するタイミングで一人の男が現れた。
「俺からも礼を言うよ、テルラくん」
「アトイさん」
現れたのは勇者の一人、アトイだった。
「普通のハンターは後の事を考えずに力付くでクエストを解決しようとするからね。すぐに旅立つからか、旅の恥は掻き捨てと言わんばかりに」
「僕達は他のハンターと関わった事が無いので、良く分かりません。しかし勇者は立派な方が多い事は知っています。この街はアトイさん達のお陰で他にクエストが無かったので、貴方方もきっと立派なんでしょうね」
「ははは、お褒め戴き、光栄だね。しかし、他のハンターと情報交換しないのは珍しいな。王女様がハンターをなさっているのは秘密の事情が有る、と言う事ですね」
「秘密ではありませんが、今は関係無いので脇に置きましょう。突発クエストの話をしましょうか。その為にここに来たんでしょう?」
「そうだね。――君達は役所でクーリエ・アンミの住所を聞いたが、彼女と話をしたいからだよね?」
「はい。手掛かりが彼女しか無いので」
「では、こちらに」
アトイに案内されて路地裏に入ると、スヴァンと女学生の二人が立っていた。
「うわ……本当に王女様だ」
女学生はレイの顔を見て引いた。
十代半ばの、普通の女の子だ。
「彼女がクーリエ・アンミです。騒ぎにならない様に、あらかじめ呼び出していたんだ。一歩遅れたが、テルラくんのお陰で助かった」
アトイは、改めてレイに深く頭を下げた。
「申し訳ありませんが、王女の威光をお借りします」
アトイはスヴァンに向かって無言で頷いた。
それを受け、女学生の肩に手を置くスヴァン。
「彼等の質問に答えて貰うぞ。王女の前でウソを言うと不敬になる。分かるな?」
「……はい。スヴァン様の仰る通りにします」
観念したクーリエ・アンミは、ゆっくりと口を開いた。
テルラ達は彼女の話に集中したが、レイだけはスヴァンに肩を叩かれた時のクーリエの反応と視線の動きが気になっていた。