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一時間後。
教会に再集結したテルラ達は、トキミと一緒に子犬と遊んでいるターニャを見た。
子犬は二匹居た。
「あ、おかえりなさい。ターニャちゃんは、ペットショップで子犬の首輪を買っていたそうです。あの店員さんが店に帰ったらそこに居たので、事情を話してた上で連れて来てくださいました。お礼は私が言っておきました」
流れる様に状況を説明した言ったトキミは、一匹の子犬を抱き上げ、ターニャと並んで入口の方に来た。
ターニャも首輪とロープが着けられた子犬を腕の中に収めている。
「ナミが騒ぎを大きくしたみたいでごめんなさい。私は家出なんかしてません。散歩の前にアーノルドの首輪とエサを買いに行ってただけです。あ、この子の名前ね、アーノルド」
それを聞いたプリシゥアが能天気な声を出す。
「やっぱり家出じゃなかったんスね。妹ちゃんは大袈裟に言うクセが有るみたいだったんで、そうじゃないかと思ってたんス。あ、これ食べるっスか? みんなもお疲れさまでしたっス」
プリシゥアは、持っていた袋をみんなに差し出した。
中身は温かいホットドックだった。
「家出じゃないと思っていたのなら、最初にそう言えば宜しかったのに。真面目なテルラは、橋の裏や裏路地まで探しましたのよ」
ホットドックを取ったレイが頬を膨らませて不満を言う。
「本当に家出したかも知れなかったっスから、余計な事を言うと見付からないと思ったっス。申し訳なかったっス」
プリシゥアの謝罪に笑顔で応えるテルラ。
「勿論許しますよ。――ターニャ。そのアーノルドを飼うか飼わないかの話はどうなっているんですか?」
「その前に、ナミ。みんなに謝って。迷惑掛けたんだから」
ターニャは、親が子を諭す様な声を出した。
「でも姉様、私は……」
「ナミ」
姉に睨まれた妹は、不承不承ながら頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
「シスターからも話を聞きました。多分ナミは私と両親の話を盗み聞きしたんでしょう。で、早とちりしたんでしょう。私からも謝ります。ごめんなさい」
ターニャも頭を下げる。
プリシゥアはテルラとレイの表情に怒りが無い事を一瞥で確認した後、屈んでターニャと視線の高さを合わせた。
そうすると彼女が抱いている子犬の顔も近くなる。
「良いんスよ。それよりも、アーノルドはどうなるんですか?」
「えっと、何から話したら良いのか」
トキミがターニャの肩に手を置き、助け舟を出す。
「親御さんと何を話し合ったのかを順に言ってみれば良いでしょう」
「そうですね。えっと、昨日家に帰って、空き地に捨てられていた子犬を飼って良いかって聞いたんです。運命的な出会いだったし、一人で散歩するのも退屈だからって言って。そしたら、飼って良いって事になったんです。名前はその時に付けました。そしてすぐに教会に来て、この子を貰いました」
「立ち話もなんですから、座りましょう」
シスターに言われ、全員が思い思いに礼拝堂の長椅子に座る。
そしてホットドックに噛り付く。
良い小麦粉が入荷する様になっているので、パンの味が格段に向上している。
「その日の昼過ぎに、ペットショップの人が来ました。犬種を見て、躾のやり方を決めるためにって、お母さんが依頼して。そしたら、アーノルドは大型犬かも知れない、飼うのは普通の犬より難しいって店員さんが言ったの。お父さんとお母さんも、成長後の話を聞いたら、無理かなって言い始めたの。ナミはその部分だけを聞いたのね」
「大型犬っスからねぇ。聖都でも見かけたっスが、大きい奴は結構怖いっスからねぇ」
腕を組んで記憶を思い浮かべているプリシゥアに同意して頷くレイ。
「牧場に遊びに行った時に大型犬を見掛けましたが、ターニャの胸くらいの体高が有りましたわ。あんなサイズに育つのなら、ターニャの相手をさせるのは確かに不安かも知れませんね」
「でも、ペットショップの人がちゃんと躾をすれば問題無いって両親を説得してくれた。店員さんが帰った後も相談し合って、飼うって改めて決めたの。だから今日の朝、首輪を買いに行ったって訳」
「ナミは相談に参加しなかったんスか?」
プリシゥアに視線を向けられた妹は、恥ずかしそうに口の中のホットドッグを飲み込んだ。
「学校に遅刻したので、宿題をたっぷりと出されましたので……」
「なら、今日も宿題っスね」
「はい……。でも良いんです。お姉様が無事だったので」
「安心したなら、ナミは早く学校に行くっス。もうサボっちゃだめっスよ」
「別にサボった訳では……お姉様が心配で」
「分かってるっスよ。でも、何も問題無いのに休んでるんスから、学校としてはサボりにするしかないっスよ。
これに懲りたら、もう早とちりは止めるっス」
「はい……。では、学校に行って来ます。みなさん、お姉様、申し訳ありませんでした」
ホットドッグを食べ終わったナミは、肩を落としながら礼拝堂を出て行った。
入り口のドアが閉まるのを見守ってから、ターニャの隣でホッドドックのカケラを食べている子犬に目を向けるレイ。
「牧場の大型犬はとても賢かったですわ。人の言葉をきちんと聞き分けて、羊の群れを統率していました。でも、どうやったらあんな風に教育出来るのかしら。街中でもあんな賢い犬に育てられるのかしら」
レイが疑問に首を傾げると、トキミが笑顔で言う。
「そのために、ペットショップの人がお金を貰って躾をするんですよ。プロの人に任せておけば、きっと大丈夫です」
「私の両親もシスターと同じ結論を出しました。だからこのままアーノルドを飼います。責任をもって、私の家族にします」
ターニャは再び子犬を胸に抱いた。
子犬は抱かれるのを嫌がっていないので、アーノルドの方もターニャを気に入っている様だ。
犬の心中など測れないが、この場ではそう見るしか道は無い。
「分かったっス。――アーノルド。ターニャを守れる、良い大人になるっスよ」
プリシゥアに頭を撫でられた子犬は、まるで返事をする様に可愛らしく鳴いた。
「お、賢いっスね。将来有望っスね」
歯を出して二カッと笑ったプリシゥアは、真顔になってから仲間の方に向き直った。
「テルラとレイも、巻き込んですまなかったっス。特にテルラはまだ不死の魔物の退治に成功した報告書を書き終わってないんスよね?」
「大丈夫ですよ。後は内容に間違いがないかを確かめながら見直して、誤字脱字のチェックをするだけですから」
「その報告書が大聖堂に届いたら、王家と教会が協力して、大規模な不死の魔物退治の隊を結成するんですわよね。そちらも上手く行くか心配ですわ。なにせ、兵士や騎士、僧兵は慢性的に人手不足ですもの」
レイは頬に手を当て、上品に溜息を吐く。
「僕達にも出来たんですから、きっと大丈夫ですよ。それこそ戦闘のプロなんですから、頭を切り落とし、心臓を取り出して酸で溶かすくらいやり遂げてくれるでしょう。結局は魔物を根絶やしにしないといけないので、僕の目での選別もそれほど重要ではありませんし」
それを聞いたトキミがふと思い付く。
「もしも戦闘のプロによる魔物退治が軌道に乗ったら、テルラ達が旅に出る事は無くなるんでしょうか。例えば、このままリトンの街からの連絡が来なくても、そちらに魔物が居るのなら、いずれにせよ戦闘のプロが向かうでしょう。そうなれば、ハンターの仕事は無くなるのではないでしょうか」
「レイが言いましたが、騎士や僧兵の数は多くありません。ですから、当面の魔物退治自体はハンターに頼るしかありません。元々、戦闘が出来る人手が不足しているから、民間の手を借りる形で勇者やハンターと言う職業が生まれたのですから。ですから、僕達は変わらずハンターを続けますし、不死の魔物の情報が有ればそちらに向かいます」
「そうですか……。テルラやレイ、プリシゥアみたいな優しい若者が危険な仕事に向かわなくても良くなればと思ったのですが……」
「誰かがやらなければならない仕事です。――では、僕達は帰ります。ターニャ、お元気で」
長椅子から立ち上がったテルラ、レイ、プリシゥアの三人は、子犬を抱いた少女の頷きに頷きを返してから礼拝堂を後にした。