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さればこそ無敵のルーメン  作者: 宗園やや
第七話
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プリシゥアはじっとしている事が苦手なタイプなので、買い物が明確な目的になっていても、自由行動になるとつい寄り道をしてしまう。

今回も脇道に入ったり人の家をコッソリ覗いたりしている。

新たな発見が無くても、自由に歩けるのは楽しい。


「~♪」


鼻息交じりで歩いていたプリシゥアは、ふと立ち止まった。

ちょっとした空き地に小さな子が居る。

空き地と言えば資材置き場になっていたり子供の遊び場になっていたりするのでそれ自体はおかしくはないのだが、草むらの中でしゃがんだままじっとしているので、ちょっと違和感が有った。


「姿勢的に、女の子の野ションっスかね」


修行時代、屋外で用を足す状況はしょっちゅう有った。

屋外での訓練はキャンプに近い形で行う事が多いので、その最中はトイレどころか建物が無い状況が当たり前だったから。

ハンターになってからは、王女でも屋外でしている。

勿論、街から街へと移動している最中、トイレが無い場合に限定している話だが。

だから野ション事態には不自然さを感じない。


「……でも、普通の恰好をしている女の子が街中でするっスかね」


気になったプリシゥアは、静かに子供に近付いた。

オシッコの最中だった場合、驚かせると足に掛かったりするから。

大きい方だった場合を考えてポケットの中のちり紙チェックをしながら子供の背後に立つと、可愛らしい鳴き声が聞こえて来た。


「子犬っスか」


子供は、草むらの中に居る子犬を見ていた。

背後からの声に驚いた子供は、大袈裟な仕草で振り向いた。

クリクリとした大きな目の女の子だった。


「ビックリした。――うん、子犬。多分、ここに捨てられたの」


「捨て犬っスか」


子犬は三匹居て、プリシゥアの髪の色に似た亜麻色の体毛を持っていた。

耳や顔の一部が黒く、その模様で見分ける事が出来る。


「散歩のお供に一匹飼いたいなって思ったけど、一匹だけ連れ帰るのもなって。残った二匹が可哀そうだなって。でも、三匹はさすがにお母さんが許してくれないだろうなって」


「一匹は飼えるんスか?」


「犬と一緒なら一人で散歩するよりは安全になるだろうから、きっと許してくれるよ」


「ははぁ。散歩のお供が欲しいんスね。でも、躾、大変っスよ。犬、飼った事有るんスか?」


「飼った事は無いけど多分大丈夫よ」


「そんな適当だと普通の親は許してくれないんじゃないっスかねぇ。連れ帰った子犬が運良く賢かったら問題は無いっスが――!」


殺気を感じたプリシゥアは、振り向きざまに拳を揮った。

考えるよりも先に身体が動いていた。


「お姉様から離れろー! うわっ」


「おっとっと、危ないっスよ」


プリシゥアの背後に居たのは、こちらも女の子だった。

とっさに寸止めしていなかったら、プリシゥアのパンチが女の子の前歯を折っていた。


「って、お前、じゃなくて、貴女は女の人でしたか。肩や腕の筋肉が凄かったから、不審なおっさんがお姉様にふらちな事をしているのかと」


「二人は姉妹っスか? って言うか、こっちがお姉様?」


子犬を見ていた方の女の子の方が明らかに背が低いが、こっちが姉らしい。

後から来た妹に顔を向け、子犬を指差して見せる姉。


「ナミ。この子のどれかを飼いたいんだけど、一緒にお母さんを説得してくれる?」


「え? 犬ですか?」


ナミと呼ばれた妹も子犬の存在に気付いた。

女の子らしく、可愛い物に頬を緩ませる。


「うん。体力作りで散歩するのに、一緒に行く子が居たらなって思って」


「それなら私が一緒にお散歩しますのに」


「ナミには学校あるでしょ? って言うか、今日学校は?」


姉に睨まれた妹は、バツが悪そうに頬を引き攣らせた。


「きょ、今日は散歩の初日ですから、お姉様が心配で……」


「サボったのね。悪い子。犬は私が何とかするから、ナミは学校行って」


「でも……」


「行って」


「はい……」


妹ちゃんは、しょんぼりしながら空き地を出て行った。

残された姉は、子犬のそばで再びしゃがんだ。

プリシゥアもその隣でしゃがむ。

三匹の子犬は、人間なんか無関心だと言わんばかりにじゃれ合っている。


「君は学校に行かないんスか?」


「私、ターニャ。小さい頃から身体が弱くて、だから学校には行けないの」


「ははぁ、なるほど。だから妹ちゃんは過剰に心配しているんスね。あ、私はプリシゥアっス」


「最近はちょっと元気になったから、体力作りの散歩を始めたの。その初日にこの子達と出会えたから運命かなって思ったんだけど……」


「そうっスか。――ターニャ。何とかするあては有るっスか?」


「……どうしよう」


何の考えも無いらしい。

小さな女の子がションボリしているので、プリシゥアは仕方なく案を出した。


「困った時は教会に来てくれって言われているっスから、行ってみるっスか? 何とかしてくれるかも知れないっス」


「うん!」


女の子が一匹、プリシゥアが二匹の子犬を抱き、街外れの教会に向かった。

朝の礼拝後の礼拝堂の掃除をしていたシスター・トキミが出迎えてくれた。


「あら、プリシゥアじゃないですか。どうかされましたか?」


掃除を中断したトキミは、二人が抱いている子犬に気付いてそちらに注目した。


「さ。ターニャがお願いするっスよ」


「うん。あの、シスター。この子達の事なんですけど――」


体力作りの散歩と子犬の事を説明するターニャ。


「事情は分かりました。でしたら、教会でお預かりしましょう。礼拝に来る人々の中に犬が欲しい方がいらっしゃいましたら、その人にお譲りする、という形で」


「ありがとう、シスター!」


「ただし、ターニャちゃんも子犬が欲しいのなら、なるべく早く話を決めてください。どうしても早い者勝ちになってしまいますので」


「分かりました。早速お家に帰り、お母さんに聞いてきます。――お前達、良い子にしてるんだよ」


ターニャは犬を礼拝堂に残し、速足で帰って行った。

走らないのは身体が弱いからだろう。


「プリシゥア。リーズさんとお知り合いだったんですか?」


「リーズって、あの子の苗字っスか? いや、たまたま会って、放っておけなかっただけっス」


「そうでしたか。リーズさん宅はみなさんが暮らしているお宅と同じ高級住宅地ですが、区画が違うのでちょっと不思議に思ったんです」


「犬。面倒を持ち込んで申し訳なかったっス」


「いえいえ。教会では、捨て犬の世話も、たまにしますから。ただし、あの子には言いませんでしたが、子犬の時期を過ぎたら役所に届けないといけないんですよ。そうなったら殺処分になりますから、一応気に留めてください」


「殺しちゃうんスか?」


「野犬化したら魔物と同等の危険生物になってしまいますから。私としても不本意ですが、それがこの街のルールです。従わなければなりません」


「そうっスか……。そう言えば、この街には野良犬が居ないっスね。野良猫はたまに見るっスが。そう言う訳だったんスか」


「全く居ない訳じゃないですけどね。人に迷惑を掛けなければ放置されますから。逆を言えば、ゴミ箱を漁って人に迷惑を掛けたら捕まって……です。それは猫も同等です」


「おっと、あんまりのんびりしてるとテルラが心配っス。買い物をしないといけないっスから、私ももう行くっス。申し訳ないっスが、後は任せるっス」


「はい。お任せください。もしも誰にも引き取れなかったら、プリシゥアが一匹引き取っても良いのでは? 留守番犬として」


「いやー。旅に出るっスからねぇ、私達は。トキミやゾエにエサや散歩を頼むのも悪いっス」


「こんなに可愛い命を救えるのなら、世話くらいしますよ。まぁ、一匹だけですけどね」


「一匹だけ残ったら考えるっス。じゃ、お前達。良い人に引き取られる事を祈ってるっスよ」


三匹の子犬の頭を順に撫でたプリシゥアは、やっと本来の目的である買い物に向かった。

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