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豪華な法衣から動き易い普段着に着替えたテルラティアは、人差し指と親指で作ったわっかを覗きながら広い大聖堂の中を歩き回った。
大聖堂の内部で務めている人達は全員が敬虔な女神信者なので、見える潜在能力は大体が『信仰の僕』か『従順な信者』だった。
家事を行う女衆は『家の守り手』で、大聖堂の修繕や庭の手入れをする男衆は『技術の吸収』だった。
個人の能力や得意分野によって多少の違いが有るものの、カテゴリー分けをすると仕事に関係有る能力ばかりだった。
魔物の害を解決出来そうな能力はひとつも無いのは、彼等が戦闘要員じゃないからだろう。
「困ったなぁ。怠け者を見分けたり出来るから人事部の人だったら喜びそうな能力だけど、僕の使命はそうじゃないし……」
あらかたの人を見終わったテルラティアは、ガーネットの左目を手で押さえながら溜息を吐いた。
能力の使い過ぎで目が疲れた。
「選ばれた人しか働けない大聖堂でも、さすがに都合良く特別な人は居ないか。そうなると外の人を見ないといけないけど、何十万人も居る聖都の人の中から見付けるのは大変だろうなぁ」
指で輪っかを作らなければ左目の能力は発動しないので、二階の窓から遠くの風景を見て目を休めた。
大聖堂を始めとした全ての教会は、例え戦争になっても不可侵である為、壁で周囲を囲ってはいない。
壁で囲ったら、有事の際に避難民の邪魔になるから。
外国の異教でも同じルールが通用するらしい。
女神に対する考え方は違っていても、教えの根本に大差は無い様だ。
だから僧兵が居ない田舎の小さな教会は丸っきり無防備なのだが、そんな教会も魔物は関係無く襲う。
戦う以外に魔物の害から逃げる事が出来ないから深刻なのだ。
もっとも、ダンダルミアは大都市なので、立ち並ぶ家々に遮られて遠くの風景は見えないのだが。
「……ん? アレは、訓練兵?」
大聖堂の周りを囲む広場で10人程度の若者が組み手をしていた。
中にはテルラティアと同じくらいの年齢の子も居る。
テルラティアは大聖堂の跡取りなので、女神教の中で上位の地位を取らされた。
だから、威厳と神聖性を保つ為に、気軽に人前に出る事は許されていない。
今居る場所も、一般人立ち入り禁止区域である。
そんな理由から、例え大聖堂内の者だとしても、実績の無い新人には近付けない。
「ああ言う人とかも見るべきなんだろうけど、手当たり次第だと許可を貰うだけで時間が掛かるしなぁ」
試しに指の輪で新人達を見てみる。
一人一人の顔の上に文字が浮かび上がった。
遠くからでも潜在能力の情報は見える様だ。
しかし指の輪の中に何人も居る為、文字が重なって良く分からない。
「こんな状態でも見れるのか。これで読めたら手当たり次第が出来るんだけど……。んー、いや、目を凝らせば読めるな」
必死に解読してみると、新人でも『拳の極み』と言った大人達と同じ潜在能力が備わっていた。
『穀物の恵み』『果実の恵み』と言った、戦いには関係のない能力も混ざっている。
文字の雰囲気から農家出身の子だと思われる。
それか、貴族か商家出身だけどそっち方面に適性が有るか、だ。
「訓練中の人は才能が有る人ばっかりじゃないって事か。可哀そうだけど、『恵み』を持っている彼等は僧兵には合ってないって事かな?」
そんな中、明らかに異質な潜在能力が有った。
文字がやたらと長いので、他の人の文字と重なると全く読めない。
「あれは何だろう。気になるな」
興味を持ったテルラティアは、窓からこっそりと広場に出た。
勝手な行動を叱られるかも知れないが、今は緊急事態なので父に言い訳すれば許してくれるだろう。
「テルラティア様ではありませんか。この様な場所に来てはなりません」
新人を育成していた教官に早速叱られたが、テルラティアは構わず教官の隣に立った。
「すみません。すぐに済みますから、ちょっとだけここに居させてください」
「まぁ、少しだけなら」
教官の許しが出たので、新人達を指の輪で見てみる。
「やはり……一人だけ能力の説明が有る」
『猫の盾。警護対象を完璧に守る事が出来る。ただし、対象が手の届く範囲に居ないと効果は発揮されない』
猫の盾とは何なんだろうか。
動物が武具を使っている様子が想像出来ないので、どんな能力かは全く分からない。
「あの……。彼女はどう言った方ですか?」
テルラティアが指さす方を見る教官。
能力を持っているのは16、7歳くらいの少女で、組み手をしている様子は確かに猫みたいにしなやかだ。
「プリシゥア・ミンゾですか?」
「はい。見た感じ、とても強そうですが」
「彼女は確かに才能が有りますが、どうにもきまぐれで昇進試験に合格出来ないんです。このままでは年齢制限に引っ掛かるので、本人も必死に修行しています」
「年齢制限が有るんですか?」
「はい。訓練兵は、18になるまでに正式な僧兵に昇進しないと地元に帰されるんです。僧兵に限らず、騎士や兵士等の戦闘要員は若くないと戦えませんからね。言い方はきついですが、成人しても夢が叶わなかったのなら、後は自分に合った仕事に就くべきなんです」
僧兵になる為の仕組みはテルラティアが知る必要の無い情報だったので、全然知らなかった。
「では、彼女が気まぐれでなかったら、正式な僧兵になれる実力は有ると?」
「いや、どうでしょうな。弱くはないと思うので地方の教会なら立派な僧兵になれるでしょうが、大聖堂の僧兵となると、やはり実力不足かと」
「そうですか……。弱くはない……」
少し思案したテルラティアは、意を決して教官に向き直る。
「明日、僕と大司教は王都に行きます。その間だけ、彼女――プリシゥア・ミンゾに、僕の警護をお願いしたいと思います。勿論、大司教や警護担当の方達の許可が出れば、ですが」
大聖堂の跡取りの警護となると、それ相応の身分と実力を持った僧兵が当たって然るべきだ。
そんな常識から外れた事を跡取り本人が言い出したので、教官は大いに慌てた。
「え? いや、しかし……。もっと適任が居ると思うのですが……」
「適任かどうかは警護の様子を見て決めます。とにかく、彼女の存在は今回の王都行きに必要かも知れないんです。その様に取り計らってください。お願いします」
テルラティアが腰を折って金色の頭を下げたので、訓練兵の『何事だろう』と言う視線を気にした教官は、仕方なく頷いた。