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さればこそ無敵のルーメン  作者: 宗園やや
第五話
44/277

8

明日はグレイの食事当番の日なので、黒のロングコートを着た少女は5人分の食材を買って帰った。

その食材をキッチンの食材置き場に仕舞ってから、玄関から見てふたつ目の部屋のドアをノックする。


「テルラ。話が有る」


「はい、なんでしょう」


すぐに返事が有り、ドアが開かれた。

旅支度ではないテルラは、オッドアイを気にしなければ、普通の少年にしか見えない。


「朝食についてだ。勝手な事をして悪いが、今日の昼前に宿屋近くの占い師に相談した」


「占い師に? あ、中にどうぞ」


「いや、ここで良い。今は事前の確認だから簡単に済ませる」


「そうですか」


「俺達が作る物はともかく、レイとカレンが作る料理は単純に身体に悪い。奴等はお嬢様で金銭感覚がおかしいから、節約しないで物を買って来るし。だから改善の必要が有る」


「否定は出来ませんね」


「お前に相談してもそうやって仲間に気を遣うから、だから外の人間に相談したんだ。そうしたら、一人の老婆を紹介された。名前はゾエ・モレル。老婆と言っても孫が居るってだけで、ヨボヨボって訳じゃないけどな」


「はい」


「で、その婆さんに朝食で困ってる事を改めて相談したら、その婆さんが毎朝朝食を作ってくれると言う話になった。子育てを経験してるから、料理には人並みの自信が有るらしい」


「え? 他人にそんな事をお願いするのは厚かましいのでは?」


「共用部分の掃除はトキミがしてるし、他人に家事を任せても良いかと思って、即座に断ったりはしなかった。俺の一存では決められないからって言って、返事を保留して貰っている。リーダーが許可するなら、今晩全員が揃ったら、全員にこの事を訊こうと思っている。どうだろうか」


「なるほど。しかしモレルさんはなぜ僕達のお世話を引き受けてくれるんでしょうか」


「モレルさんにも事情が有るらしいが、まだ聞いてない。話を聞くだけ聞いておいて断るのもなんだからな。全員が賛成したら、明日、テルラがリーダーとしてモレルさんの話を聞いて欲しいんだ」


「僕が行くとなると、護衛のプリシゥアも一緒に行く事になると思いますが、構わないでしょうか」


「良いんじゃないか? 二人も三人も同じだろう。全員で行っても嫌な顔はされないと思うぞ」


「では、今晩、みんなをリビングに集めましょう」


「頼む。――レイとカレンはまた遊び歩いてるのか」


「はい。二人共料理の修行と言っていますが、遊び歩くのが楽しいのでしょう。箱入りでしたからね」


「テルラもお坊ちゃんじゃないのか? 出歩かないのか?」


「出歩いてますよ。ただ、一日中外に居るほどの用事が無いだけで」


「ふぅん。まぁ、そう言う訳だ。俺が責任をもって話を進めるから、何か有ったらよろしく頼む」


「はい」


時間が経って夕方になると、レイとカレンが揃って帰って来た。

玄関に陣取って服のほつれを直していたグレイがそんな二人に声を掛ける。


「二人で遊んでたのか?」


「いえ、そこで偶然会っただけですわ」


「たまたま帰る時間が同じだっただけだよ」


「そうか。そんな事より話が有る。テルラ達にも声を掛けるから、リビングに行ってくれ」


リビングに仲間達を集合させたグレイは、朝食に不満が有るので、それを解決する策を見付けた事を話した。

すると、レイとカレンはふたつ返事で了承した。

事前にテルラから話を聞いていたので様子を窺っていたプリシゥアが「早起きしての料理が面倒臭かったんスね」と呟いたが、誰も反応しなかった。


「反対者は居ないと言う事で良いですね」


テルラが確認すると、グレイを除く全員が頷いた。


「分かりました。では、グレイ。話を進めてください」


「了解だ。テルラも同行頼むぞ」


翌日。

昼過ぎにテルラとグレイとプリシゥアの三人がモレル邸にお邪魔した。

新し目で汚れの無い、普通の平屋一戸建てだった。


「初めまして。僕がリーダーのテルラです。こちらは仲間のプリシゥアです。グレイはもうご存知ですよね」


「まぁまぁいらっしゃい。どうぞ中へ。今お茶を淹れますね」


出迎えてくれたゾエ・モレルは、老婆と言うより優しそうなおばさんだった。

目尻に皺は有るが、白髪は無く腰も曲がっていない。


「お構いなく」


リビングに通された三人はクッキーをご馳走になった。


「これ、手作りっスか? 凄く美味しいっスね」


「ありがとう。今日来るって事だったから、頑張ってみたの。誰かに食べて貰えるのなんて久しぶりだから嬉しいわ」


ゾエ・モレルもソファーに座ったので、リーダーのテルラが切り出す。


「まずはお礼を。グレイの相談を受けてくださってありがとうございます。貴女が僕達の朝食を作って頂けるとのお話でしたが、どう言う事でしょうか」


「貴方達が倒した緑の魔物。勿論覚えていらっしゃいますよね?」


「はい。僕達にとって、重要な意味を持つ討伐でしたので」


「私の息子が、あの魔物に挑んで殺されたんです。勇敢な子で、街の為に戦ったの。その犠牲が有ったから、それ以上犠牲を出さない様にと商隊の真似事を始めたんです」


「息子さんは勇者だったんですか?」


「いいえ、普通の子よ。正義感の強い、良い子だったわ。だから、あの魔物を倒してくれた事がとても嬉しかったんです。敵討ちをしてくれてありがとうって。その恩返しが出来たら良いなって考えていたところに、グレイちゃんが相談してくれた。これだって思ったのわ」


「そうでしたか」


「この家、広いでしょう? あの子が結婚した時にあの子が建てて、孫達と一緒に暮らす予定だったの。でもあの子が亡くなって、この街に物資が無くなったら、嫁は孫を連れてこの街を出て行ってしまった。だからヒマなの」


「魔物も居なくなって物資も潤って来たっスから、孫達も帰って来るんじゃないっスか? 私達のご飯を作ってる場合じゃなくなるんじゃないっスか?」


一人でクッキーをボリボリと食べていたプリシゥアがのほほんと言うと、老婦人は寂しそうに笑んだ。

色々な物を諦めている表情に見えて、テルラは何とかしたいと思って居住まいを正した。


「かも知れないけど、どちらにせよ恩返しをしたいの。きっと嫁も孫達も理解してくれるわ」


「どうだろう、テルラ。受けてみてはどうだろうか」


グレイの言葉に頷くテルラ。


「事情は分かりました。確認ですが、食費はこちらで用意しますが、お給金は出せませんよ。この街には大きなクエストが無いので、僕達は貧乏なんです。魔物退治の仕事が無いのは良い事なんですけど」


「お金なんかいらないわ。恩返しですもの。恩が有る人が困っていて、私はそれを助ける事が出来る。そんな素晴らしい事は無いわ」


「素晴らしいお心がけです。貴女の行いはきっと貴女に幸福を齎す事でしょう」


「あらやだ。そんな大袈裟な。私がやりたいからやるだけですわ」


「それも女神様の教えのひとつですから。では、朝食作りをお願いしましょうか。早速明日からでも」


「分かりました。――嬉しいわ。アヤさんに相談して良かった。あの子は素晴らしい占い師ね」


手を合わせて喜ぶ老婦人の言葉に反応するグレイ。


「占い師? それはまさか、宿屋の近くで営業している女の人か?」


「そうよ。グレイちゃんの相談を聞いて、私の悩みを思い出してくれたみたいなの。それで色々と動いてくれたの」


「なるほど。占いの結果に従っただけなのに都合良く話が進むと思ったら、そう言う仕組みだったのか。占い師って商売はなかなか大変だな。儲けが少ないのに良くやるわ」


グレイは納得する。


「では、モレルさん。僕達の家は分かりますか?」


「私の事はゾエとお呼びになって。役所近くの豪邸でしょう? 知っているわ」


「朝起きたら僕が玄関の鍵を開けておきましょう。朝食なので、特に注文が無ければ軽めで良いです。用意していただくのは5人分。予算はこれ以下でお願いします」


テルラは1000クラゥ札をテーブルに置いた。


「お金なんか良いのに」


「そう言う訳には参りません。僕達は自立していますので、金銭では甘えられません」


「確かに仰る通りですけど……」


ゾエが納得していなさそうな顔をしたので、プリシゥアがアイデアを出した。


「じゃ、このクッキーをたまに作って欲しいっス。美味しくて気に入ったっスから、三時のおやつにしたいっス。余裕が有ったらで良いっスから」


「あら、そう? じゃ、そうするわね」


「何かご不明な点が有れば、パーティーのリーダーである僕に質問してください」


「じゃ、早速質問しましょう。お釣りはどうしたら?」


「台所に置いてください。裸で置くのはちょっと問題でしょうから、引き出しの中に。この後、お釣り用の財布を買いましょう」


「買うほどの事ではないわ。使っていない財布を私が用意しましょう」


「そうですか? なら、そこはお言葉に甘えましょう。よろしくお願いします」


話が纏まったので、テルラ達は頭を下げ合ってから解散した。

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