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夜明けと共にプリシゥアが作った朝食は、干し肉の塩スープだった。
旅の途中で食べていた食事と同じだった。
「保存食って言っても無限に持つ訳じゃないっスからね。新しい保存食を仕入れておいたっスから、今日みたいに時間に余裕が無くて私の当番の日は、古い物から消費して行くっス」
「クエストから帰って来た次の日は俺が朝食当番だから、逆に工夫してみようか。と言っても、内地じゃ海産物は無いだろうしなぁ。調味料も見た事が無いのが沢山売ってるし、料理ってのは結構難易度が高いな」
「川魚はどうっスか?」
「泥臭さの取り方が分からん。まぁ、魚屋がやってたら、その店の人に訊くさ。――よし、ごちそうさん」
食事を終えたグレイは、台所に行って皿を洗った。
次に食器を洗いに来たのはプリシゥア。
他の三人は育ちが良いせいか、食べるスピードが遅い。
「俺は先に玄関に行ってる」
「分かったっス」
玄関に行ったグレイは、黒コートの前を全開にして長銃の具合を確かめた。
メンテは毎日やっているが、動作確認にやり過ぎは無い。
「お待たせ」
ハンター装束に着替えた仲間達が来た。
「では行こうか」
「はい。確認の為に、進みながらおさらいをしましょう」
大きなリュックを背負っているテルラは、玄関から出てからそう言った。
玄関の鍵を閉め、朝日の中を役所に向かいながらクエスト内容を確認する。
この街を悩ませている毛むくじゃらの魔物は、現在は商隊しか襲わない。
何度も街から遠ざけている内に、大きな商隊は食料品を多く運んでいる事を学んでしまい、それを狙っているらしい。
テルラ達がこの街に近付いても襲われなかったのはそれが理由だ。
同様に運んでいる商品が少ない個人の商人も襲わないが、そう言う人は布や日用品の様な持ち運びし易い物しか扱っていないから、不足している物資は回復しない。
テルラ達がクエストを受けた途端に再度魔物退治に出発する事になったのは、それだけ物資不足が深刻だと言う事なのだ。
「役所に着くと、商隊役の人達が待っています」
テルラの言う通り、多くのリヤカーが役所前に停まっていた。
その周りに武器を持った若者が数十人も居る。
「お前達が新しく来たハンターか?」
怖そうなおじさんが話し掛けて来た。
「はい。僕がリーダーのテルラです。よろしく」
おじさんと握手をするテルラ。
「女子供ばっかりだが、大丈夫なのか?」
おじさんは浮かない表情をしている。
テルラ達のパーティー構成を知らないと言う事は、役所からは何の情報も行っていないらしい。
この不手際にはこちらも不安になったが、これだけの人数を二日連続で動かすのは大変だろうから、そこは気にしない事にした。
「大丈夫だと思います。僕達はまだまだ経験は浅いですが、魔物に勝てる秘策を用意していますから」
「ううむ、しかしなぁ……」
おじさんの周りに居る若者達も渋い顔をしている。
「まぁ、俺達みたいな女子供が退治出来る相手なら、こんなに急ぐほど困ったりしないだろうからな。気持ちは分かる」
グレイがダルそうに言う。
仕事じゃなかったら相手にしないところだが、お金が掛かっているので色々と口を出さなければならない。
「俺達が信用出来ないなら、また今度でも良いぞ。なぁ、カレン?」
「うん。私達はこの街に着いたばっかりだしね。せめて今日一日くらいはゆっくりしたかったよ」
それに続くテルラ。
「どちらにせよ、僕達は件の魔物を退治します。僕達にとっては今日出発も明日出発も同じですから、ここでの判断はそちらにお任せします」
「ううむ……」
おじさんは数人の若者と小声で相談した。
話し合いは二言三言で終わり、おじさん達はテルラに向かい直った。
「分かった。魔物退治は決行する。こちら側の行動スケジュールは役所から聞いているよな?」
「はい。――基本的に僕達もみなさんの後に付いて行きますが、場合によっては勝手に別行動を取ります。その時でもその情報に従って常にみなさんを見ていますので、いつも通りにやってください」
「よろしく頼む。無理はするなよ。怪我人が滅多に出ないからこそ、こうして魔物退治に行けるんだからな」
おじさんはリヤカーの群れ方に戻って行った。
リヤカーには、この村で採れた農作物が載っている。
これを近隣の村に売って外貨を得ている。
街から出る分も勿論襲われるが、魔物は一匹しか居ないので、一台を囮にすれば他のリヤカーは通過出来る。
外貨を得ても、帰りに他の街の作物を買って帰る事は出来ない。
囮には不良の野菜を使っているから損は無いが、他の街で買った物は全て良品なので、それを奪われると赤字になるからだ。
解決策は、魔物に襲われない程度の食料を一人一人に分散して持ち帰る事。
魔物退治に同行する護衛の人数が多く、昼間、街に人が居ないのはこれが原因だ。
こんな手間を掛けてでも物資を持ち帰らなければ、街は干上がってしまうのだ。
ただ、手間が掛かりすぎて、結局は物資不足が解決していない。
大聖堂が申請していた新築の住居が用意出来なかったのもこれが原因だ。
大工もこの魔物退治に参加しているから。
「事情を知らなければ、きっと誰もが思うでしょうね。こんなに困っていて、こんなに大人数で商隊役が勤まるのなら、どうして魔物を退治しないのかと」
銀の鎧にラベンダー色のロングスカート姿のレイが独り言の様に呟く。
「相手は一匹なら、大勢で囲めば退治出来るんじゃないかと思うっスね。普通は」
戦闘用の脛当てと籠手を装備しているプリシゥアも呟く。
最初、彼等は魔物を退治しようとした。
身体が大きく力が強いが、動きはとても鈍いから、ちゃんと経験を積んだハンターなら容易く退治出来ただろう。
だが、無理だった。
剣で斬りつけても、弓で射っても、竹槍を仕込んだ落とし穴に落としても、数日もすれば魔物は驚異の回復力で復活するのだ。
そのせいで勇者は逃げ、ハンターも寄り付かなくなった。
「その魔物は、不死です。つまり、僕達の目的である48の魔物の一匹である可能性が有ります」
改めて言ったテルラは、全員の顔を見渡した。
「このクエストを成功させなければ、僕達にもこの世界にも今後は有りません。絶対に成功させましょう」
「分かりましたわ」
「頑張るっス!」
「緊張するなぁ」
「作戦通りに動くだけだ」




