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小鹿の血液の生臭さを我慢して警戒していたが、魔物らしい生き物が姿を現す事は無かった。
グレイとプリシゥアにはまだ余裕が有るが、長時間の緊張に慣れていないそれ以外のメンバーは疲れが顔に現れていた。
「思い通りに行かないのは当然でしょう。相手にも知恵が有りますからね。――さて、野営の準備を始めるか。君達は先に行っててください。剣で斬った枝や草を目印に進めば丁度良い空き地が有ります。俺は地面に溜まった血の処理をしてから向かいます。薪とか、焚火に使えそうな物が有ったら拾うのも忘れずに」
エディは、待っている時間を利用してキャンプに適した空間を見付けていた。
この場所もキャンプに適してはいるが、血の匂いで野生動物が近付いて来ているので、初心者の女子供にはちょっと危険なのだ。
「まだ早いのでは? 太陽の位置は良く分かりませんが、今は午後のお茶の時間くらいですわ」
樹冠を見上げるレイ。
太陽は見えないが、ほのかな空腹を感じているので、おやつの時間である事には間違いない。
「お茶の時間とは優雅な言い方ですね。確かにちょっと早いけど、森の中ではそうそう都合良く野営出来る場所は見付からないからね。獲物の位置が分からない討伐クエストは無理に動かない方が良い」
「ここは経験者に従いましょう。では、僕達は先に行きます」
「一人で大丈夫っスか?」
プリシゥアの心配に笑顔を返すエディ。
「大丈夫。何か有ったら大声を出すから、その時はよろしく。そっちも何か有ったら大声を」
「了解っス」
ゲストをこの場に残し、移動するパーティーメンバー。
シダ植物が持つ湿気や突然飛び出して来る虫に苦労しながら進むと、良い感じに開けた場所に移動した。
芝生の様な背の低い草が円形に生えているだけの、テントを張る為に作られた様な場所だった。
勿論、たまたまそうなる様に木が生えた天然の空き地なので、石や枯れ枝を取り除かなければならない。
全員でテントを張れそうな場所に有るゴミを空き地の隅に追いやり、取り残しが無い事を確かめる様に草を踏み締める。
「これで良し、と。カレン。テントを組み立てましょう」
「はーい。こんな場所でテントを組むのは初めてだから、ちょっと緊張しちゃうな」
「街道脇ならキャンプに適した平らな地面はどこにでも有りますからね」
テルラとカレンはリュックを下し、野営の道具を広げた。
それ以外のメンバーは、作業の邪魔にならない様に距離を取る。
「では、いつもの手筈通り、わたくしとプリシゥアは周囲を警戒しつつ、焚火の用意をしましょう。グレイにはテルラ達の手伝いをお願いしましょうか」
「分かった」
レイとプリシゥアはスコップで穴を掘り、即席の竈を作った。
ただの焚火ならこんな事はしないのだが、草が邪魔なのでこうして土を出さないと火が点けられない。
森の中なので、草木への延焼に気を付けると言う意味も有る。
そうこうしていると、少々手間取ったが、大小ふたつのテントが立った。
焚火の準備も出来たが、まだ火は点けていない。
小鹿の肉はエディが持っているからだ。
「おお、なかなか良いテントじゃないですか。普通、ハンターになる若い奴は訳有りの文無しなんだけど、君達は違うんですね」
大きな身体で草木を掻き分け、エディが現れた。
「ええ。僕達の目的は不老不死の魔物を退治する事ですから、国や教会から援助を受けているんです。エディさんは、死なない魔物の噂を聞いた事はありませんか?」
「ありませんね。不老不死の生き物が居たらそれこそ大騒ぎになると思いますけど、そんな話は全然聞いた事が無い」
「そうですか……」
肩を落としたテルラから視線を外したエディは、火の点いていない焚火を見た。
「薪の補充は?」
「そちらに。大半は生木なので、火付きは良くないと思いますけど」
レイが指差す方向に木の枝や枯れ葉が集められていた。
「良し良し。じゃ、ちょっと早いが夕飯の準備に取り掛かりましょう。明日は朝一番に行動を始めるから、今はゆっくり休んでください」
「じゃ、俺が火を点けよう」
グレイが銃の掃除に使った油紙に少量の火薬で火を点け、竈の中の木の下に押し込んだ。
油のお陰で火力が強かったので、一発で火が付いた。
「先程捌いたお肉を焼くんですよね? なら、これを使ってください」
テルラはリュックを探り、人数分の食器を出した。
念の為に余分に持っているので、エディの分も有る。
「鉄串も用意してあるんですか。凄いな」
「釣った魚に刺す用ですけどね」
エディは鉄串に鹿肉を刺し、焚火の近くに立てて焙った。
熱を受けて美味しそうに色を変えて行く人数分の肉。
調理には時間が掛かる為、調理担当のエディとプリシゥア以外はテント内で寝床の準備をする事にした。
「君達と旅が出来たら楽しいだろうなぁと思うが、もう許可証は返してしまったからなぁ。残念だ」
肉が焦げない様に気を付けながら、エディはしみじみと独りごちた。
「エディさんは奥さんが妊娠したから勇者になったんっスよね? なら、子育てが一段落したらまたハンターに戻れば良いじゃないっスか」
「気楽に言ってくれるねぇ。君達みたいな若いハンターは珍しいけど、同じ様に年を食ったハンターも珍しいんですよ。魔物と戦うのは体力勝負ですからね。子供が独り立ちする頃には、俺の体力はもうハンター稼業に耐えられませんよ」
「そうなんスか」
プリシゥアは、薪を火にくべながら火加減を見た。
鹿肉が良い匂いがし始めた頃、テントの中の準備を終えたテルラが焚火の前に来た。
「エディさん。テントなんですが、大きい方が女子用、小さい方が男子用なんです。間違えないでくださいね」
「分かった。と言いたいけど、雨が降らない限りは、俺は外で寝ます。火の番をしないといけませんからね。君達にも順番に火の番をして貰いたいから、夜中に起きる順番を決めて置いてください」
「それは決めてあります。僕とプリシゥアとグレイが最初に起きて、三,四時間でレイとカレンと交代します」
「なるほど。年少組の方を多くしているのか。じゃ、3対3って事で、俺も交代傭員として最初に寝させて貰うか」
「分かりました」
「さて、焼けたな。仕上げに塩コショウを掛けて、もう一炙り、と。これで良し。熱いから気を付けて食べて。夜食も用意するから、そっちは食べないでくださいよ」
「はい。では、いただきます」
「いただきます」
段々と薄暗くなって行く森の中で、ハンター達は焼き立ての肉に噛り付いた。
採れたての肉は、お店で買える肉とは違い、新鮮な血の匂いがした。