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さればこそ無敵のルーメン  作者: 宗園やや
第四話
30/277

3

立派な体格の勇者を一時的に参加させたテルラパーティーは、依頼主の農家を訪ねた。

広大な農地が有るこの地域は、宿屋や教会が有る街の中心街からかなり離れた所に有る。

なので、街が運営している回遊馬車を利用しての移動となった。


「すいません。魔物退治に来ました。お話を伺っても宜しいでしょうか」


年長の勇者が農家の玄関ドアを叩くと、すぐに白髪交じりの老人が出て来た。


「おお、勇者さんか。貴方が来てくださったのなら一安心だ。ん? 後ろの子供達は?」


「彼等が依頼を受けたハンターです。俺は手伝いです。何せ相手は魔物ですからね。女の子が居るので心配で」


「なるほど。魔物数匹程度じゃ駆け出しのハンターしか受けてくれなかったと言う訳ですね」


「まぁ、そんなところです。で、魔物の巣はどこですか?」


「まずはこちらに」


老人は、家の脇に有る畑に入った。

テルラ達はそれに続く。

隣りの家屋が豆粒くらいに見える、かなり広い畑だ。

そんな畑に沿って5分ほど歩いた所で老人は立ち止まる。


「ご覧ください」


そこは葉物野菜の畑で、緑の葉っぱがお行儀良く並んでいた。

収穫待ちの状態なのか、瑞々しくて美味しそうな球体が太陽の光を浴びている。


「この、端っこの方が魔物にやられたんだ」


老人が指差す方を見るテルラ達。

本来なら野菜が植えられているはずの畝が平らになっている。

荒らされた直後に片付けた様だ。

証拠を残すと言う考えは無かったらしい。


「みっつ食われてるから、多分3匹だと思うんですよ。で、そこにサル避けの罠を仕掛けたらもう来なくなった。奴等、見ただけで罠を見分けられるくらい賢いんですな」


老人は畑と農道の境目を指差す。

そちらには鉄柵が設置されていた。

その柵の一部分はあからさまに登り易そうに改造されており、針金のわっかが仕掛けられていた。

それを踏んだら足に引っかかり、逆さ釣りになる仕組みの罠だ。


「ほう。と言う事は、サルより賢いのか」


「ですな。だから普通の動物じゃないって思った訳です」


「しかし、魔物がキャベツをねぇ。人前に出て来る魔物は凶暴な肉食だけだと思っていましたが。草食の魔物が畑の野菜を狙うなんて初耳だ」


勇者が首を傾げると、老人も肩を竦めた。


「よっぽど飢えてたんでしょうな。一旦飢えを凌げば、向こうの森で巣を作る余裕が生まれる。巣を作って落ち着けば、きっと数を増やそうとする。そうなる前に退治してください」


「分かりました。魔物の巣はその森で合っていますかな?」


「他の家には被害は無い。って事は、近くの森に潜んでいるか、もうどこかに行ったか、でしょう。まだ近くに居るかどうかは俺達では確かめられん。下手に刺激して攻撃されたら太刀打ち出来ませんからな」


「確かに」


頷いた勇者は、テルラ達に向き直った。


「場合によっては森の中で数日キャンプを張りますが、問題は有りますか?」


「テント張りの練習はしましたが、実践は初めてです。でもまぁ、ちゃんと準備はしてあるので大丈夫でしょう」


代表してテルラが応え、それに続いてカレンが背負っている大きなリュックを勇者に向ける。


「人数分の保存食も用意してるよ。遭難しても、計画的に節約すれば一週間は生きて行けます」


「ならこのまま進んでも大丈夫か。では、森に向かって出発しよう」


「野営をするなら、うちの作物も持って行ってください。調味料も少し分けよう」


「ありがとうございます」


一旦農家の方に戻った一行は、柵の外に出て農道を歩く。

基本陣形は普段と一緒だが、ゲストが居るので先頭をレイと勇者の2人が務めている。

そして森に入り、魔物の巣を探す。

獣道が有るので、剣で草を掃わなくても歩き易い。

まだまだ民家の近所だからか、鳥や虫以外の動物は見当たらない。


「なぁ、海賊娘。君は大ネズミに詳しい様だったが、どんな所に巣を作るか分からないかな?」


勇者に訊かれたグレイは、黒コートの下で拳銃を握りながら応える。

魔物を警戒しているのも勿論だが、人となりを知らない大人の男性も警戒している。

人気の無い森の中で勇者が悪人に変化する可能性も十分に考えられるから。


「そこまでは知らない。大ネズミは光が苦手だとか、身長が1メートル前後だとか言う事くらいだ。雑食だから肉も野菜も食う。革靴も食うし、壁や服に歯型を付けたりする。何が言いたいのかと言うと、どこに巣を作るか見当も付かないって事だ。だから厄介なんだな。ああ、後、肌の色が緑色だったり灰色だったりする。人間で言う地域差の人種みたいなのも有る様だ」


「光が苦手、か。なら、洞窟か、巨大な木のうろに巣を作るでしょうね」


「そんなところだろうな」


グレイが適当に同意したら、勇者が腕を水平に上げて行軍を止めさせた。


「ちょっと待てください。獲物です」


その視線の先には鹿の群れが居る。


「風向きは……丁度風下だな。よし」


自分の荷物からボウガンを取り出した勇者は、慣れた手付きでそれを構えた。

そして瞬く間に一匹の小鹿の脳天を貫いた。


「おみごと!」


カレンはその腕前を称賛したが、テルラは顔を顰めて女神に祈った。


「残酷な……。どうして小鹿を殺したんですか? 食料は十分に有ると先程確認したと言うのに」


「野営を前提にしたクエストの場合は、新鮮な食料を得られるチャンスが有るなら得た方が良いんですよ。移動を主にするハンターなら肝に銘じた方が良い。食はクエストクリアより優先するべきです。命が掛かった時だけですよ、食を後回しにするのは」


「説教臭いな。心配して付いて来たと言っても、そんなに親切にしなくても良いんだぞ」


グレイが皮肉を言うと、勇者か薄く笑んだ。


「可愛い女性の前で張り切るのは男のサガですから、多少の事は見逃してください。さ、血抜きをしましょう。手早くしないと肉が不味くなります」


脳天から血を流している小鹿に勇者が近付くと、仲間の死に戸惑って立ち止まっていた鹿の群れは森の奥に逃げて行った。

親らしい鹿が1回だけ振り向いたが、そのまま群れと一緒に逃げて行った。


「血の匂いに釣られて魔物が出て来るかも知れません。わざと血溜まりをそのままにしますから、周囲に注意してください。魔物が来なくても、野生動物は来るだろうからね」


「分かりました。レイ、プリシゥア、グレイ。勇者様を中心に三角形の形で囲んでください。その形で外側を警戒。僕とカレンは中心で全体を見ます」


少女達は、リーダーの指示に従って行動した。

その中心で、勇者のナイフで首を落とされた小鹿が木に吊るされた。

その状態で内臓も取り除かれたので、血の匂いが酷い。


「手慣れていますね、勇者様」


「俺の名前はエディだ。――そう言えば名乗っていなかったな」


「そうですね。僕はテルラです」


「カレンだよ」


「レイですわ」


「プリシゥアっス」


「グレイだ。食えそうな動物が来たら、そいつも仕留めるか?」


周囲を警戒しながら名乗る仲間達。


「よろしく。余計な殺生をすると森の女神様が怒るから、襲われない限りは放置しましょう。――ハハッ、こう言う感じ、懐かしいな。俺も元々はハンターをしていたんですよ。だがアイツが身籠ったから、勇者となって腰を落ち着けたんです」


「それで狩りに慣れてるんですね」


「ああ。君達もその内に動物を捌くだろうから、今回の事はしっかり覚えておいた方が良いですよ」


「と言う事は、エディさんはあの村の生まれではないんですの?」


解体の手際をチラチラと見ていたレイの質問に、鹿の皮を剥ぎながら応える勇者。


「はい。運良く勇者が少ない街がすぐに見付かり、移住の許可もアッサリと降りたので、即決しました」


「なるほど。そう言う事情でハンターから勇者になる場合も有るんですか。しかし、もしもわたくしがテルラの子供を身籠ったりしても、地方の村に腰を落ち着ける事は出来ないんでしょうね。お父様が許しませんから。――いや、隣国に行ってしまえば、あるいは……」


「身重の妻を持っている俺が言うのもなんですけど、なるべくならそう言う事態にならない方が良いですよ。パーティの人間関係が最悪になりますから」


「レイの妄言は気にしないで欲しいっス。これは病気みたいなもんっスから」


プリシゥアは、待ち合わせをしているかの様な気楽な姿勢で森の木々を見詰めている。

僧兵見習いの修行の中で動物の解体を習っているので、今更勇者の手際を見る必要は無い。


「そ、そうですか……。まぁ、鹿肉は血の元になるから、女の子は食べた方が良いらしいですよ。妻への土産も作っておくか」


小鹿の身体が持ち運べるサイズまで分解されるまで血の匂いを我慢したが、野生動物が近付いて来ただけで、魔物が寄って来る事は無かった。

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