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さればこそ無敵のルーメン  作者: 宗園やや
第三話
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「この魔法溜まり、踏んでも大丈夫ですの?」


隊列の先頭に居るレイは、このまま進んでも良い物かと戸惑っている。

地面が虹色に輝いているのは始めて見るので、さすがに気持ち悪い。


「純度が高い結晶じゃないのなら触っても害は無いと言う話ですけど、確かに心配ですね。試しに僕が踏んでみましょうか」


「テルラが踏む必要はありませんわ。こう言うのは護衛であるプリシゥアの役目ですわ」


「私っスか? 別に良いっすけど」


「いえ、レイとプリシゥアは戦闘要員なので、体調を崩す行為は出来るだけ避けましょう。僕がやります」


「もう……分かりましたわ。わたくしが踏みますわ。みなさんは隊列を維持してくださいませ」


ヤケになったレイは、大股で一歩前に進み出た。

虹色の土を踏んだ右足に視線を落とし、数秒息を飲む。


「……大丈夫ですわ。何にも起きませんわ」


「何で残念そうな声になってるんスか? 何か起こった方が良かったんスか?」


「ま、まさか。では、進みましょう」


何かを誤魔化す様に早口で言ったレイに続き、魔法溜まりの影響で一面カラフルになっている坂道を慎重に下って行く。

間も無く虹色の水晶が生えている横穴を発見した。


「ここ……でしょうか」


先頭のレイが恐る恐る洞窟を覗く。

水晶が日光を反射していて眩しいが、奥の方は当然ながら暗い。


「依頼者がこの水晶を採取している時に色々と落としたのなら納得が行きます。ですので、きっとここでしょう」


テルラの言葉を聞きながら黒コートの下から長銃を取り出すグレイ。


「なら、最初からそう言えば良かったのだ。地図だけ書いて、ここに何が有るのかを言わなかった理由が気になる」


「それは学校のチャイムが鳴って戻らないといけなかったからだよ。単純に説明する時間が無かっただけ」


カレンも洞窟の中を覗く。

軽く見た感じでは、入り口付近に落とし物は無い。


「どうするっスか? 依頼者を怪しむならここで引き返すのも有りっスけど。って言うか、入ったら一区切り付くまで帰れないっスけど」


プリシゥアは周囲を見渡しながら言う。

高さ数メートル程度の崖下は草地。

上を見ると岩壁と青空。

こんなに立派な水晶が有るのだから採取に来る人が居ても当然なのに、どちらにも人影は無い。


「報酬は落とした財布の中身なので行かなければならないでしょう。カレン、松明の用意を。僕も用意します」


「はい」


テルラとカレンはリュックから松明と火打石を取り出した。

それを使って明かりを確保しようとしていたら、洞窟の奥で牛の雄叫びみたいな音がした。


「何ですの!?」


背筋も凍る音に思わず剣を抜いて構えるレイ。

普段はノンキなプリシゥアも即座に反応して拳を構えている。


「どう考えても魔物っスね。その教師がこっそりと牛を飼っているなら違うっスが」


「岩と水晶しかない洞窟で牛が飼える訳ないだろう」


グレイはコートの前を開け、長銃を表に出す。


「洞窟内で銃を撃つとかなりうるさいから、なるべく撃たないぞ。だが、どうしても撃たなきゃならない場合は『ショット』と言うから、耳を塞ぐなり気合い入れて我慢するなりしてくれ。言わずに撃った時は勘弁してくれ」


「分かりました。では、進みましょう」


1、2、2の隊列で洞窟に入る一行。

松明を持っているのは中心に居るテルラとカレンなので、奥の方まで明かりが届かない。


「足元に気を付けてくださいよ、レイ。落とし物を探すのは僕とカレンに任せて、戦闘員の三人は魔物に注意してください」


「はい」


洞窟内にも虹色の水晶は生えており、松明の頼りない光を増幅している。

足元も荒れていない事もあり、歩く事自体は難しくない。


「ちょっとお待ちになって。誰か居ます」


レイが剣の柄を掴み直す。

確かに前方に松明の明かりが有る。


「人間だな。プリシゥアは後ろを見てくれ。俺は物陰の伏兵に気を付ける」


銃口を正体不明の明かりに向けるグレイ。


「後ろには何も居ないっス」


一行は慎重に歩みを進め、ゆっくりと明かりに近付く。


「血の匂いがするな。獣か魔物を殺したんだろうか?」


銃を構えているので鼻を抓めないグレイが言う。

鼻が曲がりそうな悪臭なので、片手で剣を構え、もう片方の手で鼻を抓んでいるレイは帰りたくなった。

王宮で不自由無く暮らして来た王女が嗅いで良い臭いではない。

しかし、その考えを口にする前に声を掛けられた。


「おやおや。レインボー姫ではありませんか。またお会いしましたね」


明かりの発生源は見知った顔だった。


「ハイタッチ王子? どうしてこんなところに?」


レイが剣の切っ先を下すと、王子の護衛二人も戦闘態勢を解いた。

男の方は剣を持っているから剣士で、女の方は杖を持っているから魔法使いだろう。


「あの女の人が持っている杖が光ってる。松明の光じゃなかったんだ。魔法ってこんな事も出来るんだね。便利だなぁ」


結構な光量が有る魔法の光を見詰めているカレンが呟く。

その声を無視してレイの質問に応える王子。


「個人的に行っている魔法溜まりの調査ですよ。ここは僕の期待に応えてくれなかったので、次の場所に行きたいと思ます」


「こ、これは……」


言葉を失うテルラ。

そこには、牛の頭を持った巨人の死骸が横たわっていた。

地面の血のりがジワリジワリと広がっているので、倒されてからさほどの時間は経っていない様だ。


「この魔物はハイタッチ王子が倒されたのですか? ――ん? これは、魔法陣?」


剣を鞘に戻したレイは、血のりの下に奇妙な図形が有る事に気が付いた。

地面に膝を突き、地面に顔を近付ける。


「おい。そっちには人間の死体が有るぞ」


グレイの銃口が指す先に倒れている人間が居た。

明かりが少ないのでハッキリとは見えないが、その人間の下にも奇妙な図形が有る。


「あ、あれは……!」


カレンは隊列を崩し、死体に駆け寄る。


「この服、このメガネ。まさか、私に依頼をしてくれた人?」


松明を死体の顔に近付けるカレン。

死体なので薄気味悪い形相になっているが、この銀縁メガネはあの人の物に見える。


「どうして? まさか、私達が依頼を受けてくれるとは思わなかったから、自分で来ちゃったの?」


「待ってください、カレン。警戒を解かないでください。他の三人も戦闘態勢を」


レイは立ち上がり、指の輪を作っているテルラの言葉に従って剣の柄に手を掛ける。

場の空気が緊迫したので、相手方の護衛も静かに武器に手を添えた。


「どう言う事ですの? ハイタッチ王子がここで何をしていたのかお分かりですの? あからさまに怪しい状況ですけど」


「にわかには信じられませんが、彼等は良くない物を召喚しようとしています。その魔物は生贄ですね」


「ほう。少年、なぜ分かった?」


王子が興味深そうに訊く。

松明を持っているテルラはレイの斜め後ろに移動した。

影が敵や足元を隠さない様に気を付ける。


「なぜ分かったかは秘密ですが、大聖堂関係者として、悪魔召喚は見過ごせません。カレン、彼等の攻撃力を奪ってください。そしてレイとプリシゥアで拘束を。グレイは銃で牽制を」


しかしテルラの隣で松明を掲げているカレンは小声で困惑する。


「テルラ、忘れたの? 私の潜在能力は太陽の光が無いと使えないんだよ? あの女の人が使っている魔法の明かりを利用すれば行けるかもだけど、敵には近付けないよ」


「あ……」


テルラが呆然とすると、王子は薄く笑った。


「おやおや、取って置きが使えない雰囲気ですね。なら、目撃者を消す事にしましょうか。王女と聖職者が生贄なら悪魔召喚も成功しそうだ」


護衛の二人が戦闘態勢を取ったので、こちらの三人も武器を構えた。


「あ。チャンスかも」


向こう側の魔法使いが呪文の詠唱に入ったので、その身体が淡く光り出した。

それに呼応し、周囲の魔力結晶も光り出した。

杖の光と合わさって結構な光量になったので、カレンは一か八かで額にダブルピースを当てた。


「発動して! 第三の目ッ!」


魔法使いが使った女神魔法の光をカレンのおでこが反射し、眩い光が洞窟内を照らす。


「!?」


「これで怪我人は出なくなりましたよ。さ、捕まえましょう!」


カレンは胸を張ったが、プリシゥアは肩を落とした。


「それは良いっスけど、こっちも戦えなくなったっスよ。力が入らないっス」


一応敵を狙って光線を放ったのだが、暗い洞窟内なので仲間にも光が当たってしまい、潜在能力の効果が全員に現れてしまった様だ。

相手方の護衛も戸惑う。


「お、王子。これはまずいですよ。ここはひとまず退散しましょう」


屈強な男がハイタッチに耳打ちする。

攻撃力が高そうな大剣を持っているが、切っ先が下がっている。

攻撃力が奪われた今ではその重量が仇になっている様だ。


「むぅ。――さすがレインボー姫。おかしな技を使う護衛をお雇いだ。この場は一旦引きましょう。しかし、次に邪魔をしたらタダでは済みませんよ」


「お待ちなさい!」


奥の方に逃げる王子達を追い掛けようとしたレイの腕をグレイが掴む。


「待て。深追いはするな」


「しかし……」


レイは渋ったが、カレンも同意する。


「攻撃力は奪えたけど、太陽の光じゃないからどれだけの時間効果が有るか分からないの。だから、追うのは危険かも。それに、私達の目的はあの人達じゃないし」


「そ、そうですわね」


王子達が見えなくなってから剣を鞘に戻すレイ。

現場が安全になったのを確認してから、テルラが遺体の状態を確認する。


「カレンがこの人から依頼を受けたのは、昨日の昼過ぎでしたよね?」


「そうよ」


カレンも遺体の近くに移動する。

しかし死体を見慣れていないので、それほど寄る事は出来ない。


「僕は教会の祭事に参加するので、ご遺体の状態を、ある程度は判別出来ます。この遺体は死後硬直が解けていますので、最低でも死後二日は経っています。この洞窟内は暗くて涼しいので、もっと経っているかも」


「え? と言う事は、昨日会った人とは別人?」


「それか、幽霊か」


グレイがからかう様な声色で言う。


「ゆ、幽霊? そんなバカな」


カレンは笑うが、グレイは真面目に言う。


「海には幽霊船の噂が山ほど有るし、見た奴も多い。俺は経験が浅いので見た事は無いが、幽霊は信じているぞ。きっとここで殺されたこいつが、自分を見付けて欲しいから化けて出たんだ」


「ま、まさか。ねぇ、みんなはどう思う?」


応えるのはテルラ。


「大聖堂にも幽霊の噂が山ほど有りますが、見た事は有りません。なので、僕は中立です」


「わたくしも中立ですわ。王家の墓を荒らす墓泥棒が過去の王に呪い殺されたと言う話が有りますが、どうにも眉唾ですし」


魔物が現れる可能性が残っているので、戦闘要員のレイが周囲を探りながら言う。


「別人かどうかは、ロケットを探してみれば分かるんじゃないっスか?」


プリシゥアの言葉に頷くカレン。


「そうね。――じゃ、失礼して」


カレンは松明を遺体の首筋に近付ける。

すると細い鎖が輝いたので、遺体を触るのは気持ち悪いから、小指の爪を引っ掛けて引っ張り出した。


「……ロケット、有るわ」


「なら、それと指輪と財布を貰って帰ろう。それで依頼終了だ」


グレイがさも当然の様に言ったので、カレンは驚いて海賊帽を被っている少女の顔を見た。


「遺体から財布を奪うの!?」


「それがそいつの望みなんだから、そうするべきだ。抵抗を感じるのは理解出来るが、そいつが化けて出たのを信じるならそうするべきだ。ロケットと指輪を家族に届けてやれ」


「家族に……。あ、家族はこの人が亡くなってる事をご存じなのかな」


「知らないと思いますわ。知っていたら、こんなところに二日以上も放置しないでしょうし。――どうします? テルラ」


レイに判断を求められたテルラは、遺体を見詰めて10秒ほど考えた後、仲間達全員の顔を見渡した。


「疑問点が多いので、ここはこのままにして一旦街に帰りましょう。そして、役場にこの場の調査を依頼しましょう」

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