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今後について話し合いながら砂漠から引き返したテルラ達は、無人の隠れ里の光景に唖然とした。
最初にこの村に入った時も無人だったが、それでも人の気配が有った。
しかし、今は大きな亀の魔物が歩いているだけで、生活の匂いが全く無い。
「ど、どうして誰も居ないんでしょうか」
テルラが呟いている横で、ルーメンが口笛を吹いた。
すると、優男の英雄が近くの屋根から飛び降りた。
「おかえり、ルーメン。奴隷狩りだ」
大きな溜息を吐くルーメン。
「はぁー。外の人を入れると、やっぱりそうなりますかぁー。カゲロウは?」
「村長ン家」
「分かりました。キャンはフレッシを連れて向こうに。フレッシ、お疲れ様。また後で」
頷いた優男の英雄は、テルラ達を順に一瞥した後、水の魔法使いと共に歩いて行った。
「テルラくん達は私の家に行きましょう」
「それは構いませんが、奴隷狩りとは? もしかして……いや、しかし……」
周囲を見渡すテルラ。
不穏な空気なのに、建物に被害は見えない。
「詳しい話はカゲロウに聞きましょう」
素っ気無くそう言ったルーメンは砂漠帰りの疲れた足で自宅に向かった。
門番や守衛が居なくなっている平屋に入る。
中にメイドも居ない。
「カゲロウ!」
「こっちよー」
ルーメンが叫ぶと、怪しいお守りが掛かっているドアの向こうから返事が有った。
その部屋に入ると、松葉杖を抱えた片足の魔法使いが椅子に座っていた。
床に描かれている魔法陣はそのまま放置されている。
「奴隷狩りに襲われたって聞きました。グラシラドからの客の記憶は確かに消しましたか?」
真剣なルーメンに訊かれたカゲロウは、真剣に頷いた。
「間違い無く消しました。イーが誰かにつけられていた様子も無い。そのイーが背景を探っていますから、正解はその内。でも――」
「十中八九グラシラドの差し金、ですね。残りの1はグレイちゃん」
納得し合っている二人の間に入るテルラ。
「一瞬僕もそう思いましたが、しかし、ミマルンが奴隷狩りに手を貸すとは思えません」
「私も彼女が何かをしたとは思えませんね。ミマルン様はグラシラド王家の中では立場が弱かったらしいですし。勿論、1と言いはしましたが、グレイちゃんが何かしたとも思っていません。グレイちゃんが手引きしたとするなら手際が良過ぎますから」
「奴隷狩りってのは、捕まえる方も捕まる方も大勢の人間が関わるから、絶対に大人数になります。奴隷になりたいと志願しているなら話は別だけど、一人二人だけ売っても儲けは全然無いからね。だから、伝手の無い人が小遣い稼ぎに奴隷狩り、ってのはまずないの」
補足したカゲロウに頷くルーメン。
「詳しくはイーの報告待ちになりますが、大方君達の後をつけていたグラシラドの別部隊が居たんでしょう。他の国が関わっている可能性もゼロではありませんし」
もう一度大きな溜息を吐いたルーメンは、近くのテーブルに手を掛けて体重を預けた。
「やはりこの世界はダメだ」
「ならどうするの?」
カゲロウに訊かれたルーメンは、床に残っている魔法陣を見詰めて考える。
「……すぐに答えを出すのは無理ですね。砂漠帰りで疲れているので、冷静な判断が出来そうも有りません。ああ、そうだ、大事な事を聞かなければ。この村に居た人々に被害は?」
聞かれたカゲロウは、質問に答える前にテルラ達に顔を向けた。
「実は、ルーメン様はこの事態を予想していたの。緊急時に村民をリビラーナ国内に逃がす方法を用意していたのよ。設置型の一度切りの大魔法だったけど、問題無く作動しました。被害はゼロ。だから安心して旅の疲れを癒して頂戴」
そう言った後、松葉杖を使って立ち上がるカゲロウ。
「使用人とか警護の人とかも残らず全員リビラーナ国内に行っちゃったから、食事や洗濯は自分でやってね」